私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

8 答えの出ない問い② 孤独

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 勿論、ジュリアーナの瞳が自分の瞳と同じだと知ったときに安堵して歓喜したのは、ジュリアーナが私の母親だと思ったからではない。


 この世で独りではなかったという事実に安堵した。
 無意識にずっと私を苛んでいた孤独と不安と恐怖から解放されて歓喜した。

 自分と同じ人がいるという事実に安心した。
 そして、何とも言えない喜びに包まれた。
 やっとこの世で独りぼっちかもしれないと言う不安から解消されたことが嬉しくて仕方なかったからだ。


 思い出した記憶の中で、孤児院にいるときに私は時々突然強い不安と孤独に襲われていた。

 自分一人だけ世界から孤立しているかのように感じ、世界に独りぼっちで取り残されているような恐怖に苛まれていた。
 真っ暗闇の中に一人で放置されているかのようなどうしようもない不安に駆られることもあった。

 この世界にたった一人しか存在していない生き物、他の人とは異なる別の種族、同じ仲間がこの世に存在していない絶滅危惧種の最後の1頭のような絶望的な気分に陥ることがあった。
 
 
 私が育った孤児院のある地域の住民の多くは赤茶色の髪で黄土色の瞳をしている。多少、髪が赤みがかっていたり、歳を取って白髪になった老人はいたが、黒髪で青い瞳の人間は孤児院にも村にも誰もいなかった。
 私は孤児院周辺の地域ではただ一人の黒髪で青い瞳の人間だった。

 「どうしてルリエラは僕たちとちがうの?」

 幼い子どもが自分や周囲と異なる私という存在を不思議に思うことに大した理由はなかった。
 問いを発した孤児院の男の子はただ純粋になぜ違うのかと私に尋ねただけ。
 悪意や思惑などは一切なく、ただの疑問を口にしただけだった。

 その時は前世の彼女の記憶を知る前のことだから、私もその問いの答えを知らなかった。
 私自身は自分自身を見ることができないから周囲との違いにはまだそれほど違和感を感じていなかった。
 自分が周りの人と違うということをそれほど気にはしていなかった。

 だから、私は近くにいる答えを知っていると思われる大人に素直に尋ねた。

 「なぜ私はみんなと髪の色と瞳の色がちがうの?」

 いつも通りにすぐに答えが返ってくると信じていたが、尋ねられたシスターは返答に窮した。

 当然のことだ。
 髪や瞳の色は親からの遺伝によるものだという知識はこの世界にも存在している。
 当然の知識であり、常識であり、それを教えることに何ら問題はない、はずだった。

 でも、親の話は基本的に孤児院ではタブーになっていた。
 特に私の親のことは完全に禁句になっていた。
 私に親について聞かれると困るからだ。

 もし、この問いに普通に「髪や瞳の色は親からの遺伝ですよ」と答えると、当然私に私の親について尋ねられることになる。

 「黒い髪はお父さん?お母さん?青い瞳はお母さん?お父さん?お父さんもお母さんもどっちも黒い髪に青い瞳だったの?」

 そんなことを純粋に無邪気に聞かれてしまう未来が予想される。
 答えが返ってこないとは露ほどにも疑いを抱かず、興味津々で期待に胸を一杯に膨らませて返答を待つ私の相手をすることになる。
 しかし、その問いに答えられる人は孤児院には誰もいない。

 私の無邪気で純粋な疑問に残酷な現実を突き付けて、期待を粉々に砕いてしまうことを忍びないと感じるシスター達は答えをはぐらかした。

 「さあ、どうしてでしょうね?」
 笑顔で知らないふりをして疑問で返す。

 「みんな髪の色も瞳の色も少しずつ違っていて、全く同じ人はいません。だから、ルリエラの髪の色や瞳の色が違うのもそういうものなんです」
 みんな違うからルリエラが違うのも何の問題もなく当然のことだと力業で返す。

 私や子どもたちは疑問が疑問のまま消えていったり、そういうものだと無理矢理納得させられたりしていった。
 そうして子どもたちも大人の空気を読んで徐々にその問いを口に出さなくなっていった。

 私は前世の彼女の記憶から私の髪と瞳の色がみんなと違うことは親が影響していることを知り、そのせいでシスター達が返答に窮していたことも理解した。

 だから、私も大人たちの空気から察して親についてはずっと何も聞かなかった。
 


 でも、本当はずっと寂しかった。

 私と同じ人が周囲に誰もいないことが不安だった。

 自分はこの世で独りぼっちでいるかのような孤独感と寂寥感に無意識のうちに苛まれていた。

 その孤独と不安にどうにも耐えられなくなって、10歳くらいの頃にシスターマリナに思い余って問い詰めた。

 「私の両親は誰?私はどこで生まれたの?両親は今どこにいるの?私はなぜここにいるの?」

 それまで親のことを正面から尋ねたことはなかった。

 噂で孤児院の前に捨てられていたと小耳に挟んだことがあるだけで、正式に教えられたことも説明されたことも無かった。

 だから、はっきりと尋ねた。

 本当のことが知りたかった。
 答えが欲しかった。
 答えを手に入れたらこの孤独と不安から解放されるかもしれないという期待があった。

 しかし、結果として期待は外れた。

 シスターマリナは適当に誤魔化したりしないで、きちんと真面目に真剣に答えてくれた。

 それで分かったことは「何も分からない」ということだけ。

 生みの親が誰かも、なぜ孤児院の前に捨てられていたのかも、親が今どこにいるのかも分からない。シスターマリナも知らなかった。

 誰も私を孤児院の前に置き去りにした人を見ていなかった。
 村人にも目撃者はいない。
 ここまで私を連れてきた人物が男か女かも分からない。

 玄関前に籠に入っている私が置き去りにされていたのをシスターマリナが朝一に発見した。

 手紙には「この子の名前はルリエラです。どうかルリエラをよろしくおねがいします」とだけしか書かれていなかった。

 身元が分かるものは何も身に着けていなかったし、籠にも何も入っていなかった。

 結局、親のどちらが黒髪だったのか、青い瞳だったのかは知ることができなかった。


 周囲とは違う自分。自分と同じ人がいない不安と孤独。

 世界から孤立しているかのように感じていた。

 だから、気にしないことにした。
 意識しないことにした。
 考えないことにした。

 自分が周りの人とは違うことを。

 親に捨てられたということを。

 親を知らないということを。

 親が不明で誰か分からないということを。

 考えても仕方ないから。
 答えは出ない。
 どうやっても正解を、親を知ることはできない。

 幸いにも、自分と同じ青色である青空を眺めると孤独感が薄れた。
 空を飛ぶことに夢中になっていると不安に押し潰されることはなかった。

 だから自分のことも親のことも考えないことにして、意識しないようにして、封印することができた。


 そうして封印したときに、自分の髪や瞳についても深く考えることを止めてしまった。

 だから、学園で自分と同じ人を探そうとしなかった。
 意識して探せば、黒髪で青い瞳の人間は見つかるだろう。
 学園には色々な地方や国から多くの人が集まっている。

 でも、私はそれをしなかった。無意識のうちに避けていた。自分と同じ人を探したいとは思わなかった。

 黒髪の人間は学園の中でも学園の外の都市でも見かけることはあったが、特に何も感じなかった。
 感じないように、考えないように、無意識でありながら意図的に逃げていた。

 黒髪の人を意識せずに自然に流すことができていたのは、前世の彼女の記憶のお陰かもしれない。
 前世の彼女の世界ではほとんどの人間が黒髪で感覚的に慣れてしまっていた。

 この国でも黒髪はとても珍しいものでもなく、それなりに学園内で見かけることがあり、自然と慣れていき、そういうものだと勝手に納得していた。

 だから、黒髪ではあまり強く心が揺さぶられることがなく、自然にスルーしていた。

 青い瞳の人間も見かけたことがあったかもしれないが、それほど気にはしなかった。

 何も知らない通りすがりの赤の他人と似ているという程度では全く心に響かなかった。簡単に無意識にスルーできていた。

 これほど心揺さぶられて過去に封印したものが甦ってきたというのは、相手がジュリアーナだったからという理由が大きかったようだ。

 ジュリアーナと同じで嬉しいという純粋な喜びの感情がまず最初にあったから、それに伴っていろいろな感情が思い出された。

 そうでなければ他の人と同じように勝手に無意識にスルーしていただろう。

 強制的に無意識に流すことができなかった感情があったから、私は全てを思い出してしまった。

 ジュリアーナと同じということが私をずっと苛んでいた孤独から解放してくれた。

 何も知らない赤の他人ではなく、ジュリアーナと同じということが私に大きな衝撃を与えてくれたみたいだ。

 気にしていないつもりだったけど、無意識に心の奥底ではずっと孤独に苛まれていたようだ。
 だから、気にしたくないと願うさらにその奥で強くその孤独から解放されたいと望んでいた。
 そして、その望みは今日叶った。

 今は自分でも知らなかった心の奥底で長年自分を苛んでいた孤独から解放されて心が温かくて軽い。
 とても幸せな気分でこのまま眠ってしまいたい。

 でも、私の心を苛んで苦しめていたものはまだ残っている。



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