私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

22 自己嫌悪

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 私は部屋を飛び出した勢いのまま廊下を走り、階段を駆け上がり、屋上へと転がり出た。
 そこで一旦停止して、理術を行使して浮かび上がり、屋上よりもさらに高い位置にある反対側の屋根の上に突き出た小さな塔の上の平らな屋根へと飛び移った。

 以前、偶々発見したこの場所は並大抵の人間では来ることは出来ない。
 屋根は周囲を腰くらいの高さで囲われているのでその囲いの中へ隠れたらどこからも死角となり誰にも見つけられない。ここには出入り口も無いので誰かが突然来る心配もしなくていい。
 空を飛んで来るか、塔の壁をロッククライミングのようによじ登って来るかしないとたどり着くことができない場所だ。
 普通の人なら発見することもできないこの場所は私の秘密の隠れ家だ。

 本当に一人になりたいときにここに来てぼんやりと空を眺めながら休んでいる。

 でも、今は空を見上げることができない。膝を抱えてそこに顔を埋めて座り込んでいる。

 落ち込んでいる。自己嫌悪に陥っている。

 我慢ができなくて、溜まった鬱憤の捌け口にライラを利用してしまった。

 ライラが私を心から心配してくれていることは頭では分かっている。
 それなのに、本心ではない言葉でライラに攻撃してしまった。
 ライラにこれまで溜まっていた苛立ちをぶつけるために、心にも思っていない言葉を口にしてしまった。
 ただライラに攻撃したくて、傷つけたくて、それでストレス発散してスッキリしたくて、負の感情をぶつけた。

 何も考えられなかった。
 感情的に暴走して暴れてしまった。

 ライラが私のことを不幸で可哀想だと思ってはいないことは分かっている。
 親がいた自分に優越感を抱いて、親のいない私を見下したり貶めたり蔑んだりして言っているのではないことも分かっている。

 ライラはただ純粋に親がいないことを可哀想だと思っているだけ。

 それは、条件反射や生理現象のようなものだから仕方ない。

 自分には当たり前にあるもの、あったものを初めから持っていない相手がいたらそれが自分にとって素晴らしいものであればある程持っていない相手に同情してしまうものだ。

 とても美味しいお菓子で自分の大好物を見たことも食べたともない相手がいたら、反射的に「可哀想」と感じてしまう。
 そして、相手の味覚の好みもお構いなしに「こんな美味しいものを食べたことないなんて可哀想。食べなきゃ損だよ。是非食べて」と勧めるようなもの。

 言われた相手にしてみれば、見たことも食べたこともないお菓子を自分が食べたことがないことを自分で可哀想だなんて思わない。
 見た目も味も知らないのだから、自分が好きかどうかも分からないものに対して食べたいとも思わない。
 相手が何をそんなに熱心に言っているのか理解できないで戸惑うだけ。

 私は前世の彼女の記憶があるから親というものについて知ってはいる。親がいる生活も分かっている。
 当たり前に親がいる子どもが親のいない子に同情する気持ちも前世の彼女の心の動きから理解もしている。
 前世の彼女は両親が揃っていたから、同じ病室の片親の子に同情していた。
 同情したからといって、何かしてあげることはできないから何も言わないだけの分別を彼女は身に付けていた。

 持つ者の持たざる者への無邪気な傲慢さと残酷さは生理現象のようなものだから内側で発生するのは抑えられない。
 それを外に出すか出さないかはその人自身の思慮と分別の問題だ。

 ライラも思慮深くて分別が身に付いている人だが今回ばかりは思慮も分別も捨てて暴走していた。
 
 きっとライラの亡くなった両親はとても良い親だったのだろう。
 子どもに愛情をたっぷり注いで育てていたから、ライラのようなとても善い子に育ったに違いない。
 ライラの見たことのない亡くなった両親には感謝する。

 ライラは私と両親のどちらかを優先しなければならないとき、私よりもきっと両親を選ぶだろう。
 それが肉親の情だから仕方ないと割り切れる。

 それくらい血の繋がり、親というものが大切だと理解している。特別なものだと分かっている。
 前世の彼女の両親への想いを知っているから。

 でも、だからこそライラは幻想に囚われてしまっている。

 今のライラは冷静さを失い、親がいれば、家族がいれば、幸せになれるという現実を無視した楽観的な観測に基づいてしか思考ができていない。

 私の後ろで彼らのことを見ていたのに、完全に目が曇ってしまっている。現実を全く直視できていない。

 幸せとは単純に足し算や掛け算ができるものではない。

 今の幸せな生活はそのままで、何も変わらないままで、両親というさらなる幸せを手に入れられるものだと信じて疑っていない。

 自称私の両親という人たちは百害あって一利なし。疫病神のような厄介な存在になることが明らかだ。

 彼らは私を品定めしていた。
 値踏みしていた。
 そこに肉親の情など欠片も存在していなかった。

 もし、彼らの中に本当の両親がいたとしても、金目当てか何か別の目的があることは間違いない。

 私を利用しようと近付いてきただけでそこには情はない。欲望しかない。

 自分の子に、血の繋がりのある子に会えたのが嬉しかったわけではない。

 彼らの笑顔は見た目が小娘で簡単に騙せそうで、利用できそうで、搾り取れそうだから嬉しかっただけ。
 こちらを骨の髄までしゃぶり尽くそうと舌舐めずりしている顔にしか見えない。

 私にとっては害にしかならない存在。邪魔な存在。消したい存在。関わりたくない存在。血の繋がった実の親でも遠慮したいレベルの有害な存在。

 前世の彼女の両親やライラの両親のような人たちであればライラの望みも叶うかもしれないが、それは最初から無理で実現不可能なことだ。
 私の両親と前世の彼女やライラの両親は違う。決定的な違いがある。それがあるから前提条件からしてライラの望みは絶対に叶わない。

 だから、何も知らない親などよりも今の幸せな生活を守る方が私にとっては大切で重要だ。

 なぜライラはそれを理解してくれないのだろうか?
 なぜそんな簡単なことに気付かないのだろうか?

 私は不幸か?可哀そうか?憐れか?惨めか?そう見えるのか?

 私を知らない人が勝手にそう見るのは構わない。
 でも、これまでずっと一緒にやってきたライラにそう見られるのは耐えられない。

 私のこれまでの努力を知っているのだから、私が今の生活がどれだけ大切に思っているのかを分かっていてほしい。
 私が今とても幸せだということを受け入れてほしい。

 世間一般的な常識や当たり前や普通の有りもしない幻のような「幸せ」というものに惑わされないでほしい。

 現実の私をちゃんと見てほしい

 私が今とても幸せで満ち足りた生活を送っていて、今の生活をとても大切にしているということを分かってほしい。

 孤児院での生活、学園での生活をライラは知っている。共に過ごしたし、共に過ごしている。

 ライラに私とライラが共に過ごしてきた時間を否定しないでほしい

 私はライラといられて幸せだったし、今も幸せだし、これからもこの幸せを大切にしていきたい。

 それなのにそんな私の気持ちを当の本人に否定されているみたいで悲しくなる。
 私といてもライラは幸せではなかったのだろうか?
 私の幸せはライラを犠牲にして成り立っていたものなの?
 私の自己満足でライラには迷惑だったのか?

 だから私に家族を探すように強硬に主張するのだろうか?

 どれだけ考えてもライラが何を考えて、何がしたいのか見当もつかない。

 今の暴走しているライラは変な宗教に嵌った狂信者に見える。

 まるで怪しい壺を買ったら幸せになれると本当に信じ込んでいて、それを善意で他人に勧めているような気味悪さがある。

 善意しかないのがより一層不気味さを増している。

 ライラの知らなかった一面を見せられて、まるで見知らぬ他人になってしまったかのような感覚に襲われた。
 

 頭では早くライラに謝るべきだと分かっているし、心でも早くライラに謝りたいとも思っている。
 でも、ライラのことを理解できない恐怖心とライラが私のことを理解してくれていない悲しみと苛立ちと無力感が重くのしかかりどうしても立ち上がることができない。
 
 私は誰もいない場所で独りぼっちでマイナス思考に囚われて蹲ったまま立ち上がれず、ただ時間だけが過ぎていった。

 
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