私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

23 助言

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 本日は雲一つ無い晴天で爽やかな風が吹き抜ける清々しい日だ。
 蹲っている私にも優しく日が当たり気持ちの良い空気に包まれている。
 しかし、私の心はこの外の天気や空気とは全くの正反対でどんよりと一面が厚く黒い雲に覆われて暴風と大雨が降り荒れている大荒れの状態だ。

 あまりにも対照的すぎてこの空や天気や空気が憎らしいと八つ当たりのように思いながら訳もなく苦笑いが込み上げてきそうになる。

 蹲って顔を膝に埋めてそんなことをしていると、急に自分の上に影がかかった。
 雲が出てきたのかと思い、顔を上げると、目の前にアヤタが立っていて叫び声をあげそうになるほどに驚いてしまった。

 音もなく気配も感じさせずに目の前に人が忽然と現れたら驚いて当たり前だが、それ以上にこの場所に人が来たことに驚いた。

 ここは学園の一番高い塔の屋根の上だ。飛行術の使えない普通の人はここに簡単には登って来れない。
 並外れた運動神経と筋肉と度胸とロッククライミングの技術が必要。

 アヤタは理術が使えないからそれらを使ってここまで来たことになる。

 私の隠れ場所をアヤタが知っていたことにも驚いた。
 いつどこで見られていたのか不思議で、自分の秘密の場所がばれていたことがちょっと悔しい。
 でも、知っていてくれたことが嬉しいとも感じられて、私は照れ隠しでそっぽを向いた。

 アヤタが私がここにいることを知っているのも、アヤタがここに来たことも不思議ではあるが、それは今すぐ解明したいほどのことではない。

 私が今一番知りたいことはアヤタのことではない。
 私はそっぽを向いてアヤタと目を合わせることなく気不味さを隠すために不機嫌そうな態度で唐突に口を開いた。 

 「……ライラは?」

 消え入りそうな小さな声でアヤタに私が今最も知りたいことを素っ気無く尋ねる。

 「……泣いてました」
 
 アヤタも素っ気なく簡潔に質問にだけ的確に答えた。

 私は罪悪感からまた顔を埋めた。
 

 ライラを泣かせることを望んだことはない。
 ライラを傷つけたり苦しめたり悲しませたりなんてしたくなかった。

 それなのに、八つ当たりで自分がやりたくなかったことを相手にしてしまった。

 一刻も早く戻ってライラに謝らなければならない。
 
 でも、怖くて動けない。立ち上がれない。

 泣くほど傷付けてしまったのだから、ライラに謝っても許してくれないかもしれないと思うと私も泣きたくなってくる。

 自分の不甲斐なさや勇気のなさや愚かさや弱さを嘆きたくなる。
 自己憐憫に浸って現実逃避をしたくなってくる自分の醜さに益々自分のことが嫌になってきた。

 一人で勝手に自己嫌悪を深めている私の前にアヤタが屈んで優しく声を掛けてきた。

 「ライラが泣いていた理由は貴女を傷付けてしまったからです。ライラが貴女に謝りたいと言って泣きはらした顔のままで貴女を探して部屋の外に出ようとしたので止めました。代わりにわたしが連れてくると言ってここに来たので帰りましょう」

 そう言ってアヤタは私に手を差し伸べた。座り込んでいる私に届くように屈んでくれている。

 私は顔を上げてアヤタの顔を見る。

 呆れた顔や迷惑そうな顔ではなく、手のかかる妹の面倒を見ている面倒見の良い兄のような優しい顔をしている。

 次に目の前に差し出されたアヤタの手を見る。

 昔はこの手にドキドキして落ち着かなかったり緊張したりしていたが、今は安堵の方が強い。見慣れて繋ぎ慣れた安心できる大きな手。
  
 私は無言でその手を取り、その手を支えにして立ち上がった。
 そのままその手を離さずに繋いだままアヤタを引っ張り塔の屋上から空へと浮かび上がり、水平方向へ移動していつもの研究室に繋がっている屋上へと着地した。

 あのままアヤタを塔の上に置き去りにしていたら、アヤタは命綱なしの命懸けの崖下りではなく壁下りをしなければならない。そんな危険なことはさせられない。
 でも、癇癪を起こして逃げ出した子どものようなことをして迎えに来てもらったという今の状況への気不味さと気恥ずかしさからアヤタに何も言わず目も合わせずに無理矢理連れてきてしまった。

 理術による飛行にはアヤタはもう慣れているので、特に抵抗も動揺も無かった。

 私はいつもの屋上に足が着くとすぐにアヤタの手を離した。

 そのままライラが待っている研究室に戻ろうとしてアヤタに背を向ける。
 その背中にアヤタから声が掛けられた。

 「……ルリエラ理術師、差し出がましいことを申し上げますが、ライラのことを許してあげてもらえないでしょうか?確かにライラは使用人としてあるまじきことをしましたが、それは貴女を思ってのことです。どうか寛大な処置をお願いします」

 アヤタは私の態度から私がライラへの怒りから不機嫌にしていると勘違いしてしまったようだ。
 
 私は振り返りアヤタの誤解を解くために気不味さと気恥ずかしさを隠してアヤタと目を合わせる。

 「大丈夫、そこはちゃんと分かっているから。ライラに罰を与えるつもりは無いわ。寧ろ私のほうが謝らないといけない。ライラに甘えて感情的になってライラへ八つ当たりしてしまったから」

 そう正直に答えるとアヤタは見るからに安堵して表情を和らげた。
 
 「これは単なるお節介ですが、お二人は一度腹を割ってじっくり話し合った方がいいと思います。とても根本的な部分ですれ違いが起こっているように見えるので」

 「……すれ違い?それってどういうこと?」

 「わたしが言えることは『当事者同士では分からないことでも、そばで見ていた第三者からは見えるものもある』ということだけです。今回の件は親や家族に関することですが、そこに二人の認識の違いのようなものが感じられました。だからその認識の違いを埋めるためにもまずは二人でじっくり話し合うことをお勧めします」
 
 「………分かった、ありがとう」

 私よりもライラのことや私自身のことを理解されているみたいでちょっと納得がいかない気分になったが、アヤタの心からの助言だ。ありがたく受け取ろう。

 それにアヤタの言葉に思い当たる節もあった。

 私はアヤタの助言を頭で考えながらライラの待つ自分の研究室へとゆっくり歩いて戻って行った。
 


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