152 / 261
第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!
23 助言
しおりを挟む
本日は雲一つ無い晴天で爽やかな風が吹き抜ける清々しい日だ。
蹲っている私にも優しく日が当たり気持ちの良い空気に包まれている。
しかし、私の心はこの外の天気や空気とは全くの正反対でどんよりと一面が厚く黒い雲に覆われて暴風と大雨が降り荒れている大荒れの状態だ。
あまりにも対照的すぎてこの空や天気や空気が憎らしいと八つ当たりのように思いながら訳もなく苦笑いが込み上げてきそうになる。
蹲って顔を膝に埋めてそんなことをしていると、急に自分の上に影がかかった。
雲が出てきたのかと思い、顔を上げると、目の前にアヤタが立っていて叫び声をあげそうになるほどに驚いてしまった。
音もなく気配も感じさせずに目の前に人が忽然と現れたら驚いて当たり前だが、それ以上にこの場所に人が来たことに驚いた。
ここは学園の一番高い塔の屋根の上だ。飛行術の使えない普通の人はここに簡単には登って来れない。
並外れた運動神経と筋肉と度胸とロッククライミングの技術が必要。
アヤタは理術が使えないからそれらを使ってここまで来たことになる。
私の隠れ場所をアヤタが知っていたことにも驚いた。
いつどこで見られていたのか不思議で、自分の秘密の場所がばれていたことがちょっと悔しい。
でも、知っていてくれたことが嬉しいとも感じられて、私は照れ隠しでそっぽを向いた。
アヤタが私がここにいることを知っているのも、アヤタがここに来たことも不思議ではあるが、それは今すぐ解明したいほどのことではない。
私が今一番知りたいことはアヤタのことではない。
私はそっぽを向いてアヤタと目を合わせることなく気不味さを隠すために不機嫌そうな態度で唐突に口を開いた。
「……ライラは?」
消え入りそうな小さな声でアヤタに私が今最も知りたいことを素っ気無く尋ねる。
「……泣いてました」
アヤタも素っ気なく簡潔に質問にだけ的確に答えた。
私は罪悪感からまた顔を埋めた。
ライラを泣かせることを望んだことはない。
ライラを傷つけたり苦しめたり悲しませたりなんてしたくなかった。
それなのに、八つ当たりで自分がやりたくなかったことを相手にしてしまった。
一刻も早く戻ってライラに謝らなければならない。
でも、怖くて動けない。立ち上がれない。
泣くほど傷付けてしまったのだから、ライラに謝っても許してくれないかもしれないと思うと私も泣きたくなってくる。
自分の不甲斐なさや勇気のなさや愚かさや弱さを嘆きたくなる。
自己憐憫に浸って現実逃避をしたくなってくる自分の醜さに益々自分のことが嫌になってきた。
一人で勝手に自己嫌悪を深めている私の前にアヤタが屈んで優しく声を掛けてきた。
「ライラが泣いていた理由は貴女を傷付けてしまったからです。ライラが貴女に謝りたいと言って泣きはらした顔のままで貴女を探して部屋の外に出ようとしたので止めました。代わりにわたしが連れてくると言ってここに来たので帰りましょう」
そう言ってアヤタは私に手を差し伸べた。座り込んでいる私に届くように屈んでくれている。
私は顔を上げてアヤタの顔を見る。
呆れた顔や迷惑そうな顔ではなく、手のかかる妹の面倒を見ている面倒見の良い兄のような優しい顔をしている。
次に目の前に差し出されたアヤタの手を見る。
昔はこの手にドキドキして落ち着かなかったり緊張したりしていたが、今は安堵の方が強い。見慣れて繋ぎ慣れた安心できる大きな手。
私は無言でその手を取り、その手を支えにして立ち上がった。
そのままその手を離さずに繋いだままアヤタを引っ張り塔の屋上から空へと浮かび上がり、水平方向へ移動していつもの研究室に繋がっている屋上へと着地した。
あのままアヤタを塔の上に置き去りにしていたら、アヤタは命綱なしの命懸けの崖下りではなく壁下りをしなければならない。そんな危険なことはさせられない。
でも、癇癪を起こして逃げ出した子どものようなことをして迎えに来てもらったという今の状況への気不味さと気恥ずかしさからアヤタに何も言わず目も合わせずに無理矢理連れてきてしまった。
理術による飛行にはアヤタはもう慣れているので、特に抵抗も動揺も無かった。
私はいつもの屋上に足が着くとすぐにアヤタの手を離した。
そのままライラが待っている研究室に戻ろうとしてアヤタに背を向ける。
その背中にアヤタから声が掛けられた。
「……ルリエラ理術師、差し出がましいことを申し上げますが、ライラのことを許してあげてもらえないでしょうか?確かにライラは使用人としてあるまじきことをしましたが、それは貴女を思ってのことです。どうか寛大な処置をお願いします」
アヤタは私の態度から私がライラへの怒りから不機嫌にしていると勘違いしてしまったようだ。
私は振り返りアヤタの誤解を解くために気不味さと気恥ずかしさを隠してアヤタと目を合わせる。
「大丈夫、そこはちゃんと分かっているから。ライラに罰を与えるつもりは無いわ。寧ろ私のほうが謝らないといけない。ライラに甘えて感情的になってライラへ八つ当たりしてしまったから」
そう正直に答えるとアヤタは見るからに安堵して表情を和らげた。
「これは単なるお節介ですが、お二人は一度腹を割ってじっくり話し合った方がいいと思います。とても根本的な部分ですれ違いが起こっているように見えるので」
「……すれ違い?それってどういうこと?」
「わたしが言えることは『当事者同士では分からないことでも、そばで見ていた第三者からは見えるものもある』ということだけです。今回の件は親や家族に関することですが、そこに二人の認識の違いのようなものが感じられました。だからその認識の違いを埋めるためにもまずは二人でじっくり話し合うことをお勧めします」
「………分かった、ありがとう」
私よりもライラのことや私自身のことを理解されているみたいでちょっと納得がいかない気分になったが、アヤタの心からの助言だ。ありがたく受け取ろう。
それにアヤタの言葉に思い当たる節もあった。
私はアヤタの助言を頭で考えながらライラの待つ自分の研究室へとゆっくり歩いて戻って行った。
蹲っている私にも優しく日が当たり気持ちの良い空気に包まれている。
しかし、私の心はこの外の天気や空気とは全くの正反対でどんよりと一面が厚く黒い雲に覆われて暴風と大雨が降り荒れている大荒れの状態だ。
あまりにも対照的すぎてこの空や天気や空気が憎らしいと八つ当たりのように思いながら訳もなく苦笑いが込み上げてきそうになる。
蹲って顔を膝に埋めてそんなことをしていると、急に自分の上に影がかかった。
雲が出てきたのかと思い、顔を上げると、目の前にアヤタが立っていて叫び声をあげそうになるほどに驚いてしまった。
音もなく気配も感じさせずに目の前に人が忽然と現れたら驚いて当たり前だが、それ以上にこの場所に人が来たことに驚いた。
ここは学園の一番高い塔の屋根の上だ。飛行術の使えない普通の人はここに簡単には登って来れない。
並外れた運動神経と筋肉と度胸とロッククライミングの技術が必要。
アヤタは理術が使えないからそれらを使ってここまで来たことになる。
私の隠れ場所をアヤタが知っていたことにも驚いた。
いつどこで見られていたのか不思議で、自分の秘密の場所がばれていたことがちょっと悔しい。
でも、知っていてくれたことが嬉しいとも感じられて、私は照れ隠しでそっぽを向いた。
アヤタが私がここにいることを知っているのも、アヤタがここに来たことも不思議ではあるが、それは今すぐ解明したいほどのことではない。
私が今一番知りたいことはアヤタのことではない。
私はそっぽを向いてアヤタと目を合わせることなく気不味さを隠すために不機嫌そうな態度で唐突に口を開いた。
「……ライラは?」
消え入りそうな小さな声でアヤタに私が今最も知りたいことを素っ気無く尋ねる。
「……泣いてました」
アヤタも素っ気なく簡潔に質問にだけ的確に答えた。
私は罪悪感からまた顔を埋めた。
ライラを泣かせることを望んだことはない。
ライラを傷つけたり苦しめたり悲しませたりなんてしたくなかった。
それなのに、八つ当たりで自分がやりたくなかったことを相手にしてしまった。
一刻も早く戻ってライラに謝らなければならない。
でも、怖くて動けない。立ち上がれない。
泣くほど傷付けてしまったのだから、ライラに謝っても許してくれないかもしれないと思うと私も泣きたくなってくる。
自分の不甲斐なさや勇気のなさや愚かさや弱さを嘆きたくなる。
自己憐憫に浸って現実逃避をしたくなってくる自分の醜さに益々自分のことが嫌になってきた。
一人で勝手に自己嫌悪を深めている私の前にアヤタが屈んで優しく声を掛けてきた。
「ライラが泣いていた理由は貴女を傷付けてしまったからです。ライラが貴女に謝りたいと言って泣きはらした顔のままで貴女を探して部屋の外に出ようとしたので止めました。代わりにわたしが連れてくると言ってここに来たので帰りましょう」
そう言ってアヤタは私に手を差し伸べた。座り込んでいる私に届くように屈んでくれている。
私は顔を上げてアヤタの顔を見る。
呆れた顔や迷惑そうな顔ではなく、手のかかる妹の面倒を見ている面倒見の良い兄のような優しい顔をしている。
次に目の前に差し出されたアヤタの手を見る。
昔はこの手にドキドキして落ち着かなかったり緊張したりしていたが、今は安堵の方が強い。見慣れて繋ぎ慣れた安心できる大きな手。
私は無言でその手を取り、その手を支えにして立ち上がった。
そのままその手を離さずに繋いだままアヤタを引っ張り塔の屋上から空へと浮かび上がり、水平方向へ移動していつもの研究室に繋がっている屋上へと着地した。
あのままアヤタを塔の上に置き去りにしていたら、アヤタは命綱なしの命懸けの崖下りではなく壁下りをしなければならない。そんな危険なことはさせられない。
でも、癇癪を起こして逃げ出した子どものようなことをして迎えに来てもらったという今の状況への気不味さと気恥ずかしさからアヤタに何も言わず目も合わせずに無理矢理連れてきてしまった。
理術による飛行にはアヤタはもう慣れているので、特に抵抗も動揺も無かった。
私はいつもの屋上に足が着くとすぐにアヤタの手を離した。
そのままライラが待っている研究室に戻ろうとしてアヤタに背を向ける。
その背中にアヤタから声が掛けられた。
「……ルリエラ理術師、差し出がましいことを申し上げますが、ライラのことを許してあげてもらえないでしょうか?確かにライラは使用人としてあるまじきことをしましたが、それは貴女を思ってのことです。どうか寛大な処置をお願いします」
アヤタは私の態度から私がライラへの怒りから不機嫌にしていると勘違いしてしまったようだ。
私は振り返りアヤタの誤解を解くために気不味さと気恥ずかしさを隠してアヤタと目を合わせる。
「大丈夫、そこはちゃんと分かっているから。ライラに罰を与えるつもりは無いわ。寧ろ私のほうが謝らないといけない。ライラに甘えて感情的になってライラへ八つ当たりしてしまったから」
そう正直に答えるとアヤタは見るからに安堵して表情を和らげた。
「これは単なるお節介ですが、お二人は一度腹を割ってじっくり話し合った方がいいと思います。とても根本的な部分ですれ違いが起こっているように見えるので」
「……すれ違い?それってどういうこと?」
「わたしが言えることは『当事者同士では分からないことでも、そばで見ていた第三者からは見えるものもある』ということだけです。今回の件は親や家族に関することですが、そこに二人の認識の違いのようなものが感じられました。だからその認識の違いを埋めるためにもまずは二人でじっくり話し合うことをお勧めします」
「………分かった、ありがとう」
私よりもライラのことや私自身のことを理解されているみたいでちょっと納得がいかない気分になったが、アヤタの心からの助言だ。ありがたく受け取ろう。
それにアヤタの言葉に思い当たる節もあった。
私はアヤタの助言を頭で考えながらライラの待つ自分の研究室へとゆっくり歩いて戻って行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ウォーキング・オブ・ザ・ヒーロー!ウォークゲーマーの僕は今日もゲーム(スキル)の為に異世界を歩く
まったりー
ファンタジー
主人公はウォークゲームを楽しむ高校生、ある時学校の教室で異世界召喚され、クラス全員が異世界に行ってしまいます。
国王様が魔王を倒してくれと頼んできてステータスを確認しますが、主人公はウォーク人という良く分からない職業で、スキルもウォークスキルと記され国王は分からず、いらないと判定します、何が出来るのかと聞かれた主人公は、ポイントで交換できるアイテムを出そうとしますが、交換しようとしたのがパンだった為、またまた要らないと言われてしまい、今度は城からも追い出されます。
主人公は気にせず、ウォークスキルをゲームと同列だと考え異世界で旅をします。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる