私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

32 全肯定

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 最初に感じたライラの怒りと悲しみは私が自分で自分を傷つけていることに怒り、自分がつけた傷で苦しんでいる私を見て悲しんでいたことによるものだったみたいだ。
 そして、瞳に宿した強い意志は私が私を傷つけることを止めさせようという決意だったようだ。

 ライラは私のために怒り、悲しんでくれていた。
 ライラは私のために私の間違いを指摘し、否定し、悟らせて私を変えようとしてくれた。
 私がこれ以上自分自身を傷つけて苦しまないようにするために。

 そんなライラの真摯な言葉が私の胸に届いた。
 「あなたは間違っている。あなたは悪くない」という否定の言葉が私の胸に刺さった。

 私は私自身が「自分は悪い」と思い込んでいただけだった。自分がそう思い込んでいたかっただけと気づいてしまった。自己否定することで自己満足しているに過ぎなかった。

 一度は「親を知らない私でいい」と自分を受け入れたのに、それでも親を知りたい気持ちと会いたい気持ちが消せない、変えられない女々しい自分が情けなかった。
 親を知りたい気持ちと会いたい気持ちを持ちながらも、その気持ちのまま素直に探す純粋さも勇気も見つけた後の覚悟も会った後の責任もまだ持てなくて動けない弱い自分が恥ずかしかった。

 そんな自分が格好悪くて嫌だった。

 時間が経てば親を知りたい気持ちと会いたい気持ちもいつか薄れて消えて無くなるかもしれないと心のどこかで期待するだけで何もしなかった。

 親に会うのは危険。
 傷つけられるかもしれない。
 利用されるかもしれない。
 纏わりつかれるかもしれない。
 迷惑をかけられるかもしれない。
 困ったことになるかもしれない。

 自分の都合よく何もなく終わるとは純粋に思い込めなかった。

 親のことを知ることは生きるために必要なことではない。
 夢や誓いを叶えるために必要なことでもない。寧ろその妨げになること。

 自分にとって余計なことでしかない。
 自分にとって何の利益も無い。
 必要性は無くて、ただの好奇心だけしかない。
 自分から危険に首を突っ込むのは愚かなこと。

 そう頭では分かっていてもどうしても自分の気持ちを消すことも変えることもできなかった。

 そんな自分の愚かさにほとほと嫌気がさしていた。

 身の破滅の危険があるのに、好奇心を殺せない自分は本当に愚か者だ。

 馬鹿なことを望んでいるくせに、その望みのままに動く純粋さも、その望みを叶えようとする勇気も無い。何かを背負う覚悟ができなかった。

 何かが起こることに怯えて怖気づいてしまっている臆病者。
 
 そんな自分が嫌で自分で自分を否定していた。
 そんな自分を認めたくなくて、受け入れられなかった。

 でも、ライラがそんな否定する私を否定して、ありのままの私を認めて受け入れてくれた。
 だから、私も私を認めることができる。格好悪い自分を受け入れることができる。
 自分の弱さを受け入れることができた。
 自分を責めなくてもいいのだと許すことができた。
 自分は悪くないと肯定することができた。

 今なら分かる。
 私が恐れていたことは親や周囲に迷惑をかけたり、自分の大切なものを失うことではない。
 それは言い訳だった。
 それで自分から目を逸らしていた。

 自分を否定して、間違っていると責めることで自分は弱くないと誤魔化していた。
 自分自身の弱さを受け入れたくなくて、自分を拒絶していた。
 自分を責めることで弱い自分を変えようとしていた。
 自分を責めることで強くなろうとしていた。

 でも、それはただ自分の弱さから逃げていただけだった。

 私は強くなりたかった。恰好良い自分になりたかった。理想の自分になりたかった。

 両親のことなんて全く気にしない、親になんて囚われない、知りたいとも会いたいとも思わない、そんな達観して大人びた、もっと自由な自分になりたかった。
 両親を知りたいことを素直に受け止めて、向き合う勇気と覚悟を持って、正々堂々と姑息なことは考えずに探してさっさと会って、どんな親であっても動じない、受け止められる強い自分になりたかった。
 そうはなれない自分が恥ずかしかった。
 理想とかけ離れている弱い自分が嫌だった。

 向き合いたくないのは自分自身の弱さだった。

 それが罪悪感となり、自分を責めていた。
 そのせいで産みの親に会うことを必要以上に怯えて怖がっていた。自分の気持ちに蓋をしていた。

 自分を受け入れてもらって、自分を受け入れた今なら分かる。自信が持てる。

 私は間違っていない。無責任でも愚かでも醜くも無い。
 私は何も悪くない。ただ弱くて自分の理想とはほど遠い自分なだけ。それが私だ。
 


 だから、もう遠慮はしない。
 これまでは自分の罪悪感によって殊更に執拗に過剰に親へ気を遣っていたが、もうそんな必要はない。
 ライラにもそこまで気にしなくていいと太鼓判を押してもらった。
 親に迷惑を掛けることを怖がっていたのではなく、自分の弱さに怯えていただけだった。
 もう怯えていないから、親への配慮に関しては最低限でいいという気持ちになれた。

 迷惑だと言われたり、拒絶されたらそれはそれで仕方ない。

 子の存在が迷惑だということは子であるこちらが背負うことではない。親であり、迷惑だと考える相手が背負うことだ。
 
 親にわざと迷惑を掛ける気は無いが、親の気持ちや都合まではこちらが気にすることではない。そこまでの配慮をする義務は子にはない。
 
 知らない親のために自分の気持ちを抑えて我慢する義理も無い。

 私はやっぱり自分の親について純粋に興味がある。
 誰か知りたいという好奇心がある。

 無関心でいられたら楽ができたのにと思うけど、関心があるのだから仕方ない。この気持ちを無理矢理消すことはできない。

 この興味関心は悪いことではない。
 だから、自分のこの興味関心を満たすために親を探しても罪にはならない。。

 自分の欲望を認めて、自分の欲望を満たすために自分の産みの親に会ってみよう。自分の負担がなるべく最小限になるようにして。労力や時間や精神的ショックや犠牲や被害が一番少なくて済む時と手段を選ぼう。

 あの自称両親連中の中に本物がいたりするとかなりガッカリだから、期待はあまりしないでおこう。
 どんな親でも関係ない。ただ知りたいだけなのだから。

 

 こうして自分を素直に受け入れると、自分の「知りたい」の中に「知らなければならない」という切迫したもの、義務、責任、必要性、そんなものが混ざっていたことに気づいた。

 私の中に「親について知っていなければいけない。知らないことは可哀想で恥ずかしいこと」という先入観のようなものがあった。

 そういう先入観や価値観に責め立てられ、追い立てられ、追い詰められていた。

 「親について知らなくてもいい」と決断することは、子が親を捨てる決断をするかのようで、私は少し罪悪感に駆られていた。
 自分が親を捨てる、という薄情で酷い人間になったかのような錯覚に襲われていた。
 罪深くて、許されないことをしているかのような良心の呵責を覚えていた。

 自分の親を知りたい、探したい、会いたい、そんなふうに求めない子どもは悪い子だと、薄情者だと、世間から非難を浴びる。責められる。そんな不安があった。

 子が親を求めて、何を犠牲にしても親に対して特別な感情を持つことが正常だと見做される。
 子は親を知りたいと求めるのが普通だと、親の愛情を求めるのが一般的だと、子は親を必要とするものだと、そういう常識が存在する。

 その常識から逸脱することを世間の一般的な人、親がいる人、親を知っている人たちは許さない。

 自分たちは親を知っていて幸せな人間。
 親がいて幸せな人間。
 親がいない、親を知らない人間は可哀想な人間。
 自分たちよりも惨めで憐れで不幸な人間。

 そう無意識に見下している。憐れんでいる。

 私はそんな偏見に一人で勝手に囚われれていた。ライラは私のそんな偏見も壊してくれた。

 産みの親を知らなければいけないという義務は無い。
 知ろうとしなければいけない責任は無い。
 知らなくても、分からなくても、何も悪くは無い。
 知らない自分自身に罪悪感を抱く必要は無い。

 知らないままでいることを選ぶことは何も悪いことでも、無責任でも、責任放棄でもない。

 自分が自由に選んでいいこと。

 純粋に知りたいか知りたくないかだけで決めていい。
 知りたくない、知らなくてもいい、という決断は間違いでも過ちでも、無責任でもない。


 そのようにライラに私を全肯定してもらえて心が軽くなった。
 気持ちが楽になった。
 自分で自分を責めてつけていた傷が無くなった。

 絶対的な根拠や論理的な理論もなく感情論に肯定されたけど、安心した。
 信じることができた。

 自分で自分を信じることができなかったけど、他人ライラに肯定してもらえたら自分を信じることができた。

 自分はおかしくない。間違っていない。悪くない。非はない。愚かではない。醜くない。身勝手ではない。自己中でも我儘でもない。

 自分は普通で当たり前で何も悪くない。

 そう信じることができた。
 安心した。

 やっと私は自分の産みの親を知りたい自分を自己肯定できた。




 黙り込んでしまった私を心配そうに見つめるライラと目が合うと、沢山の複雑な感情で胸がいっぱいになっていた私の心から感情が溢れた。
 私はその溢れた感情をそのまま言葉にする。

 「……ありがとう、ライラ姉ちゃん…」

 そう零した言葉と共に涙が一筋流れた。

 懺悔と後悔の涙ではなく、安堵と喜びの涙だった。


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