私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

20 提案③ 報告書 前半

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 私は黙々と必至になって分厚い報告書を読み進めた。
 
 読み進めるに連れて、私の手は小刻みに震え出す。

 それは、叫び出したくなったり、泣きたくなったり、叩きつけたくなったり、破り捨てたくなったり、放り出したくなったりする激しい衝動を抑えて込んでいるからだ。

 何度も途中で読むのを止めて、目の前の南部辺境伯に報告書のより詳しい内容を尋ねたり、真偽を問いただしたくなったが、私はこの報告書の中身を全て知ることを優先した。

 私は自分の中に生じる色々なものに耐えて、多くのものを抑えて、報告書の文字を必死に追うことに集中する。

 内容について深く考えることは後回しにして、まずは報告書に書かれている内容を全部把握しなければならない。

 それでも感情が揺れ動くことは抑えられず、表情を取り繕うことができずに私は一人で百面相しながら報告書を読んだ。

 傍から見れば変な人間に見えるに違いない。
 でも、そんなことを気にする余裕はない。

 無駄口を叩かず、余計なことは考えずに読むことだけに集中して自分にできる最速で報告書を読んだ。
 それでも、全てを読み終えるまでに完全にカップのお茶が冷めてしまうほどの時間がかかってしまった。

 報告書を読め終えて、報告書をテーブルに戻し、冷めた紅茶を一口だけ飲み心を落ち着かせる。

 この報告書には私が知りたかったことの約半分くらいのことが書かれていた。

 ジュリアーナとマルコシアスの婚約破棄についても記載があった。

 私が想像していた通り、マルコシアスがブリジットと恋仲になり、マルコシアスから婚約破棄をしていた。

 しかし、婚約破棄の経緯が想像以上に酷かった。

 貴族が通う学院で知り合ったマルコシアスとブリジットは互いに一目惚れして周囲に隠れて愛を育んでいた。
 そして、卒業パーティーの時、マルコシアスはブリジットをパートナーに選んで卒業パーティーに出席し、そのパーティーでジュリアーナに婚約破棄を突きつけた。

 婚約破棄の理由は「運命の相手と出会ったから」

 マルコシアスはブリジットが自分の運命の相手であり、運命に逆らうことはできないからジュリアーナとの婚約は破棄して運命の相手であるブリジットと結婚する、と公衆の面前で堂々とブリジットを抱きしめながら宣言した。
 侯爵家のマルコシアスの友達である上位貴族の子弟は二人の純愛を応援し、彼等の協力などもあり、周囲にはこの婚約破棄が好意的に受け止められたまま卒業パーティーは終わった。

 この時にマルコシアスに協力した貴族の子弟の名前も全て報告書には並べられており、その中には王族や北部辺境伯の名もある。

 しかし、劇的な婚約破棄騒動は卒業パーティーの余興としては大成功だったが、その後には厳しい現実が待っていた。

 当然、その場で正式な婚約破棄などできるはずがない。
 後日、南部辺境伯家と侯爵家の両家の当主による話し合いが行われ、侯爵家は婚約破棄による契約不履行の多額の違約金と名誉毀損による多額の慰謝料を支払うことになる。

 マルコシアスは希望通りにブリジットと結婚できたが、結婚生活は希望通りにはいかなかった。

 この婚約破棄に大激怒したのはマルコシアスの祖母でジュリアーナの大叔母のマグダレーナだった。
 マグダレーナは自分の実家に泥を塗り、自分によく似ていて実の孫同然に可愛がっていたジュリアーナを裏切ったマルコシアスを許さなかった。

 侯爵家でも最古参であるマグダレーナの発言力は強く、マルコシアスは侯爵家から勘当され、ブリジットの家であるリース男爵家に入婿として入れられて実家から完全に縁を切られる。
 
 リース男爵家は貴族ではあるが、所領は持っておらず、上位貴族に仕えるだけの雇われの下位貴族でしかない。
 騎士学校を卒業した騎士であればまだ高収入が見込めたが、学院を卒業しただけの最低限の知識しか持たないどこにでもいるような文官でしかないマルコシアスの仕事による給与だけの収入では、平民並みの貧しい生活を送ることになった。

 ブリジットの方は侯爵家という上位貴族の男を捕まえたのに、これまでの貴族としては最底辺の貧しい生活から抜け出せなかったことに不満を抱えた。
 使用人一人雇えず、自分自身が家事育児をしなければならない。
 家でパーティーを開くことも、パーティーに参加することもできないほどに経済的に余裕の無い暮らし。

 普通の実家が裕福な高位貴族の子弟であれば、毎月実家から仕送りが送られて生活費の援助が受けられる。
 仕事も実家の繋がりによって収入の高い役職に就いたり、所領を任されたりして高収入を得ることができる。

 しかし、絶縁された侯爵家からの援助は一切無い。金銭の援助も仕事の斡旋や紹介などの援助も無い。

 二人は完全に目論見が外れた厳しい生活を送らなければならなかった。

 そんな生活の中でブリジットは長男を出産後、5年後に長女のマルグリットを出産する。

 報告書にはマルグリットの誘拐の顛末についても記載されていた。

 「……あの、南部辺境伯、ここに書いてあるこの部分の記載は本当に事実なのでしょうか?」

 そこにはリース男爵夫妻が狂言誘拐を計画し、それが失敗したことが記されている。

 リース男爵夫妻は自分達をこんな貧しい暮らしに追いやったマグダレーナのことを逆恨みしており、そのマグダレーナと同じ色の瞳を持つマルグリットのことを生まれてすぐに疎んだ。
 そして、リース男爵夫妻はそんな娘を自分達の役に立たせようと考えた。
 ならず者と結託し、娘を誘拐させて身代金を要求させる。当然、リース男爵家には身代金など用意できるはずがない。リース男爵夫妻はやむを得ず娘のためにと縁を切られた侯爵家を頼る。娘がマグダレーナに似ていることを話して同情を買い、娘を侯爵家に引き渡すことと引き換えに身代金を用意してもらう。その身代金と引き換えに娘を取り戻し、その娘を渡すことで侯爵家との繋がりも復活させることができる。
 当然、身代金は共犯者のならず者と分け合うのでお金も手に入り一石二鳥どころか一石三鳥の素晴らしい計画。

 しかし、娘を誘拐させた後、ならず者から身代金の要求が来ず、ならず者と娘はそのまま行方をくらませてしまう。

 実際は、娘は最初からならず者の手には渡っていなかった。

 両親の計画を知った5才の息子が妹を守るために、ならず者よりも前に拐って、乳母に託していた。

 その乳母がジュリアーナの屋敷までマルグリットを連れて行き、その屋敷の前に置き去りにした。

 この乳母はマルコシアスの乳母の娘で侯爵家で幼い頃から働いていて、当時マルコシアスと婚約していたジュリアーナとも多少の交流があった。
 将来マルコシアスが南部辺境伯家に婿入りする時にはマルコシアスに付いて南部辺境伯家に仕える予定だった。
 そんな予定もあり、マルコシアスの乳兄妹ということで他の使用人よりも親しく接する機会が多く、ジュリアーナにも良くしてもらっていた。
 
 そんな繋がりがあったから長男が生まれた時にマルコシアスがなんとか無理を言ってリース男爵家の乳母として雇うことができた。

 この乳母はリース男爵夫妻の計画を知り、ジュリアーナならこの娘を助けてくれると考えてジュリアーナを頼ろうとした。しかし、土壇場で怖じ気づき、屋敷の前に娘を置き去りにして逃げてしまう。

 なぜジュリアーナなら助けてくれると考えたのかは不思議だが、侯爵家に助けを求めることができなかった事情と心情は察せられる。
 元々侯爵家に仕えていながら、マルコシアスとの情に絆されて侯爵家から絶縁されているリース男爵家の乳母になったのだから侯爵家には頼れないだろう。
 侯爵家から絶縁されているリース男爵家の娘を預けようとしても無関係だと突き返される可能性もある。
 頼れる貴族関係者が他にいなければ藁にもすがる思いでジュリアーナに頼ろうとした気持ちは理解できる。
 それでも、婚約破棄した元婚約者と自分から婚約者を奪った女の娘を快く受け入れてくれるかは賭けだ。
 下手したら自分が誘拐犯にされる危険まであるのだから、土壇場で怖気づいて逃げ出す気持ちも分かる。

 「その報告書は全て事実だ。この乳母とならず者の消息と居場所は把握している。必要ならいつでも確保できる。本人達から話が聞きたいのなら連れてきて話をさせよう」

 「い、いいえ!結構です!!」

 私は首を振りながら南部辺境伯の申し出を辞退する。

 身柄の確保とは一体どうするつもりなのかとても気にはなるが、そこは深く気にしないことにする。

 証人がいるならこの報告書は本当なのだろう。

 誘拐や誘拐未遂の罪に問われる危険があるのにわざわざ嘘の証言をする人はいないはずだ。

 私にここまで手の込んだ嘘の報告書を南部辺境伯が用意する意味も無い。

 私はこれ以上報告書の真偽を問うような愚問を口にするのは止めようと心に決めた。


 

 
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