私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

32 相談②

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 まずは南部辺境伯の望みの確認だ。

 相談とは、望みがあるのに、それを叶えることが自分一人ではできずに悩んでいて、その望みを叶えるために他人に協力を求めて話をすることだ。
 望みが無く、単に現状に不安や不満を感じていて、ただその不安や不満を吐露して楽になりたいだけならば、それは単なる愚痴を一方的に吐き出しているだけで相談ではない。

 もし、万が一、南部辺境伯がただ愚痴を吐き出したいだけなら、申し訳ないが私は付き合えない。

 自分の大切な人の愚痴を聞き流せるほど私は大人ではない。

 でも、流石にそれは違うだろう。
 南部辺境伯がわざわざ愚痴を聞いてもらうためだけに領地への帰り際の忙しい中で養子の研究室でお茶を飲みながらお喋りに興じる、そんな暇な人には見えない。
 
 ただ愚痴を聞いてもらいたいだけならもっと気心知れた親しい友人のところへ行くはずだ。

 南部辺境伯にそのような友人がいるかは知らないが、いると信じたい。

 南部辺境伯がわざわざ私に話をしようとしたのは、私を自分の味方にできると踏んだからだろう。

 南部辺境伯はジュリアーナとの先日のやり取りを見ていた私が内心で南部辺境伯に同情していたことに気づいていた可能性が高い。

 あの時私は二人の冷たく熱い静かで激しい言葉の応酬を息を潜めて置物と化して我関せずと黙って眺めていた。
 一切の感情を表には出さず、必死に空気と一体化しようとしていたが、正面に座っている南部辺境伯には隠せていなかったかもしれない。
 下手くそな演技で表面だけを取り繕っているだけの私の内心など海千山千の老練の南部辺境伯にははっきりと透けて見えていたに違いない。

 それに、私が南部辺境伯を「恨んではいない」と言ったから、自分の味方になってくれるという期待を抱いたのだろう。

 南部辺境伯のジュリアーナへの気持ちを知っていて、南部辺境伯のことを恨んでいない私が、南部辺境伯の行為に理解を示し、南部辺境伯の行為の正当性を認めて、南部辺境伯に同情を示しているならば、自分の味方になってくれると期待してしまっても仕方が無い。

 確かに、ジュリアーナの南部辺境伯への態度は敵意と悪意に満ちていた。相手をわざと傷つけて不快にさせようと、露骨に相手の感情を逆撫でして煽るような物言いをしていた。
 相手への憎悪と嫌悪の感情を一切隠さずに、相手にわざと自分の感情を見せつけるかのようにあからさまに表情や声音に出していた。

 中立的な立場からジュリアーナの南部辺境伯への態度を見ると、あまりにもジュリアーナの態度は非常識で感情的で失礼だと言える。
 何も知らない人間であれば、即座にジュリアーナの態度が悪いと咎めて改善を要求してしまうだろう。

 ジュリアーナの事情を知っていて、南部辺境伯側の事情を知らなくても、南部辺境伯に同情してしまうくらいにジュリアーナの態度は度を越していた。

 だから、南部辺境伯の事情を知り、同情心まで抱いている私ならジュリアーナの肩を持たずに自分の味方になって、ジュリアーナの態度を諌めて自分との関係改善の手助けをしてくれると期待したのだろう。

 それに、会話の中で南部辺境伯は自分が許されて当然だという想いを抱いていた様子があった。

 「自分はジュリアーナを守るために最善の手段を用いただけで自分は悪くない」「自分は間違ったことはしていないのだから許されて当然だ」「ジュリアーナの酷い態度は許されないものだ」

 そんな甘えた傲慢な思考が見え隠れしていた。

 それでも自分からジュリアーナには何も言わず、平常心を保ち、平静を装っていたのはやはりジュリアーナへの負い目があったからだろう。南部辺境伯はただ黙ってジュリアーナの態度に耐えていた。

 その負い目から自分からは動くことができなかった南部辺境伯は、私を利用して膠着した現状を打破してみようとしたのだろう。

 しかし、私はその期待も傲慢な思考も早々に粉々に砕いてしまった。

 南部辺境伯のジュリアーナへの愚痴のような発言に過剰反応した私が南部辺境伯を思い切り突き放し、いや、投げ飛ばしてしまった。

 私としてもジュリアーナと南部辺境伯の仲が険悪であるよりも良好であってくれる方が助かる。
 今の状況では私が用事で南部辺境伯と二人きりで会うことすらジュリアーナに気を遣ってしまう。
 養子縁組をしたのだから、これから南部辺境伯との付き合いもしていく必要がある。
 最低限、緊急事態で必要があって南部辺境伯と直接連絡を取るときにジュリアーナが不安にならないくらいまで2人の関係を修復したい。

 だから、南部辺境伯にジュリアーナとの関係改善の意志があり、歩み寄る覚悟があるなら私としては願ってもないことだ。
 
 そのために、私から南部辺境伯に歩み寄り南部辺境伯の心を開いて悩みを相談してもらわなければならない。
 南部辺境伯から「ジュリアーナとの関係を改善したいのだが、どうしたらいいだろうか?」という言質を取りたい。
 そうでないと私が勝手に一人で暴走してお節介をやいていることになってしまう。

 私は意を決して、南部辺境伯のカップが空になったタイミングで私から南部辺境伯へ声を掛けた。
 
 「……あ、あの!南部辺境伯はジュリアーナと仲良くしたいとお望みですか?」

 「………」

 私の直球の質問に南部辺境伯から何の反応も返っては来ない。南部辺境伯は空のカップに視線を落として口を開かないままで微動だにしない。
 
 私と南部辺境伯の間に再び重い沈黙が覆い被さってきた。
 しかし、私はそれを力任せに叩き落す。

 「わざわざ私と養子縁組をされたのだから、南部辺境伯はジュリアーナとの関係改善を望んでいらっしゃるのでしょう?それなら──」

 「──儂はただジュリアーナに幸せでいてほしいだけだ。……儂が娘に対してやったことは確かに許されないことだろう。だから、ジュリアーナのあの態度も仕方が無い。ジュリアーナが許したいのなら許せばいい。許したくないのなら許さなくていい」

 南部辺境伯は私の話をこれ以上聞きたくないとでもいうかのように、私の言葉を無理矢理遮ってきた。

 私の先程の発言のせいで南部辺境伯は心が完全に折れて投げやりになってしまっているようだ。

 しかし、覚悟を決めた私はこれくらいのことで怯んで止まることはない。

 「南部辺境伯のお気持ちはどうなのですか?許されたいとは思わないのですか?関係改善を望まないのですか?」

 南部辺境伯はこちらには視線を向けずに俯いたままだ。
 
 私はさらに無遠慮に南部辺境伯の内面に踏み込む。

 「……もし、南部辺境伯がジュリアーナとの関係を改善したいと望むのなら、私もできる限り協力します」

 私の言葉に南部辺境伯はやっと顔を上げてこちらを見た。

 「ただし、その場合はまず始めに南部辺境伯はジュリアーナにきちんと謝罪してください。全てはそれからです」

 許されたいのなら謝罪するのは当然だ。関係改善が出来るかどうかはその謝罪に対するジュリアーナの反応次第だ。
 しかし、私が突き付けた言葉を聞いた南部辺境伯は私を鋭い視線で睨みつけてきた。

 「……儂が許されたいと望むから、儂自身のためにジュリアーナに許しを請えと言うのか?それは単なる自己満足だろう。そんなものは自分の気持ちをジュリアーナに押し付けているだけで相手の負担になる。
 儂はこれ以上ジュリアーナの負担になりたくない。ジュリアーナに何も押し付けたくない。ジュリアーナに我慢させたくない──」

 南部辺境伯はまるで懺悔するかのように苦しげに言葉を吐き出した。

 「私は南部辺境伯の気持ちが知りたいです。貴方はどうしたいのですか?このままの関係でいいのですか?今の状況を変えたくはないのですか?」

 私は重ねて南部辺境伯に質問した。
 
 南部辺境伯は私のしつこさに観念したのか、どこか諦めたように私の質問に答えた。

 「儂としては変えられるものなら変えたい……。しかし、無理に変えさせようとはしたくない。
 こちらが傷つけておいて、どの面下げて仲良くしたいなどと言える?
 あちらが許す気にならない限りはこちらからは何もしない。
 儂からこれ以上何も強要したくない。あちらが望まぬ限り、こちらから許しを請う気はない」

 南部辺境伯は完全に反省しているようだ。傲慢な思考が完全に消え失せている。
 でも、反省の方向性が間違っている。
 自分からは何もしないで相手任せにすることが相手のためになるとは限らない。
 このままだと逆にジュリアーナと南部辺境伯の関係は改善するどころか悪化してしまうのが目に見える。
 
 自分の不用意な発言のせいで事態は深刻化してしまった。
 ここまで深刻なダメージを南部辺境伯に与えるとは思ってもいなかった。
 私は自分の考え無しの発言を深く反省した。

 私は南部辺境伯の相談に乗ることに完全に失敗してしまった。

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