私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

48 監禁③ 甘さ

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 私がマルグリットにかける言葉を見つける前にマルグリットが話題を変えるように私に話しかけてきた。

 「……あの、そのドレスなのですが、この場所ではドレスでは過ごしにくいですから、こちらの服に着替えていただけますか?」

 マルグリットはそう言って、篭から折り畳まれた服を取り出した。
 
 私が誘拐された時に着ていた服ではない。町に住んでいる平民が出掛ける時に着るような普通のワンピースだ。色は焦げ茶でとても地味で年輩の女性が着るようなデザインをしている。

 ここに閉じ込めるのに加えて私が音を上げるように仕向けるための嫌がらせのつもりかもしれない。

 私としては締め付けが強くて動きにくく着心地の悪い悪趣味なドレスを脱げるなら、自分に似合わない地味な平民用の服に着替えることは嫌がらせではなく嬉しい配慮だ。

 私は喜びを隠してマルグリットにドレスを脱ぐのを手伝ってもらい大人しく用意されている服に着替える。
 しかし、着替えながら、ふと思い浮かんだ考えをマルグリットに尋ねてみた。

 「……もしかして、リース男爵夫人が私からドレスを回収してくるように命じてきたの?」

 「──い、いいえ!そのようなことは決してありません!?これは、その、ただ、このような場所ではドレスが汚れてしまうので……、いえ、ドレスではこのような場所に相応しくないということで……、え~と、もっと過ごしやすい服装をとの奥さまからのご配慮です!」

 マルグリットはしどろもどろになりながら、何とか無難な言葉を捻り出した。

 でも、その様子から私の言葉が図星だったことが察せられる。

 私は呆れてしまった。
 これは私への嫌がらせではなく、単なるブリジットの欲深さとケチ臭さからの浅はかな思惑でしかなかった。
 ブリジットの器の小ささと心の狭さをまざまざと思い知った。

 こんな場所に人を閉じ込めておいて、考えることは相手に押し付けて着させたドレスのことだけ。
 自分が得することと自分が損しないことしか考えず、相手が得することは許せない。
 どれだけケチなんだ!

 私はほとほとリース男爵夫妻に愛想が尽きた。
 いや、元々産みの親に対して愛想という程の好意も愛情も持っていなかった。
 持っていたのは仄かな期待、都合のいい幻想、根拠のない希望だった。
 心のどこかで産みの親の産んだ子に対する愛情を信じていた。愛情があると信じたかった。

 私はとても甘い夢を見ていた。それは自分の甘さと弱さが見せていた自分にとって甘い夢。私はその夢に知らずに囚われて溺れていた。

 産みの親が自分たちがしたことを後悔して反省して私に謝罪して償いをするという自分にとって都合のいい未来をどこかで期待していた。

 でも、やっと現実を思い知った。

 自分が甘かった。弱かった。愚かだった。
 現実を見ていなかった。

 体験して実感することでやっと現実を直視することができた。

 私が馬鹿だった。現状認識が甘すぎた。

 自分の甘さのせいで、生みの親に対して毅然とした態度で拒絶しなかったことで、こんな目に遭うことになった。
 私は今まさに自分の甘さの報いを受けている。

 私は生みの親に対して毅然とした態度を取ることができなかった。
 はっきりと拒絶することができずに甘い対応をしていた。

 自分から生みの親をはっきりと切り捨てることができなかった。したくなかった。
 完全に望みを捨てたくなかった。希望を失いたくなかった。
 そんな自分自身への甘さが今の事態を引き起こした。
 これは自分の甘さが招いた事態。

 自分の平穏な生活を脅かす存在、障害物、邪魔者、敵は排除しなければいけない。
 私はリース男爵夫妻を積極的に排除するべきだった。
 自分で決めて、決心して、決断して、敵と認識して認定して排除するべきだった。
 それなのにあまりにも消極的すぎた。
 甘かった。怠惰だった。怠慢だった。迂闊だった。
 相手を甘く見過ぎていた。リース男爵夫妻を舐めていた。

 そんな自分を許していた。
 相手は生みの親だから仕方ない、と自分の甘さをどこかで言い訳して正当化していた。

 親という名称の相手が絶対的な味方であるという保証はどこにもない。

 自分に危害を加える者、自分から奪う者、自分を虐げる者、自分を傷つける者、自分を苦しめる者、自分を搾取する者。
 これらは全て自分の敵だ。
 「敵」という存在だ。
 客観的に「敵」というカテゴリーに分類される。
 「敵」以外の何ものでもない。
 「敵」と認識し、正しく対処しなければならない。
 対処しなければ自分に危険が及ぶ可能性が高い相手。
 自分の身を敵から守るのは当然であり、敵を放置するのは怠慢でしかない。

 それなのになぜか「親」「家族」「兄弟姉妹」「子」という血の繋がりがある関係性を示す人間に対しては誤認が働く。
 正しく現状を認識できなくなる。
 相手を「敵」と認めることができず、適切な対処ができなくなる。
 その結果、奪われ続ける、虐げられ続ける、傷つけられ続ける、苦しめられ続ける、搾取され続ける。
 抵抗できず、対抗できずに敵に対して無防備なまま無抵抗でやりたい放題にされる。

 親や家族や友人などは「敵」ではない。「敵」にはならない。「敵」のはずがない。「敵」になることはあり得ない。
 そういう固定観念に縛られている。そういう希望的観測に縋ってしまう。
 それに認識を阻害される。
 正しく現実を直視できない。認められない。認めたくない。受け入れられない。

 現実を認めて受け入れるくらいなら、自分を騙す。

 「敵」の定義は自分に害を与えようとする存在。自分に危害を加える、傷つける、苦しめる、奪う者。
 そこに例外は存在しない。

 自分に害を与える存在であっても、それが「家族」「親」「兄弟」「親友」であれば「敵」には該当しない、というそんな例外は無い。
 相手の肩書、自分との関係が何であれ、自分に危害を加えるものは「敵」だ。

 相手の肩書や名称や関係性は単なる見た目、外側、外見、名目上のもので、それは実体や現実を示してはいない。
 肩書だけでは相手を「敵」ではないという証明にはならない。保障はしてくれない。

 誰であっても、過去に何があっても、血が繋がっていても、愛していても、好きでも、信じたくても、自分に危害を加える存在は「敵」に分類される。
 「敵」の判断は危害を加えるか加えないかという判断基準しかない。

 勝手に例外を設けて、除外認定して、無意識に「敵」ではないと思い込むと、「敵」にただ好き勝手されるだけ。
 それでは敵から自分の身を守れない。

 それなのに、私は産みの親を敵と認識したくなかった。
 積極的に自分から生みの親を排除、攻撃したくなかった。
 そんな自分自身への甘さが自分を今の苦境に追い込んだ。

 どうしても無意識に避けていた。逃げていた。
 産みの親に対して遠慮していた。配慮していた。期待していた。望んでいた。夢見ていた。

 甘い甘い夢。愛し愛されるという夢。

 頭では相手は有害な存在で、百害あって一利なしの存在だと分かっていた。
 それでも心は割り切れていなかった。
 だから、どこか中途半端な対応に終始していた。

 リース男爵夫妻がやったことは許されることではない。
 それを責めもせず、怒りもせず、何もしなかった。

 何もしたくなかった。
 産みの親を切り捨てるような非道な人間になりたくなかったから。
 産みの親を積極的に攻撃して破滅させるような非情な人間になりたくなかったから。

 一欠片でも、希望を残しておきたかった。
 夢を見ていたかった。

 でも、それはやっと絶対に叶わない夢だと理解できた。
 一欠片の希望ももうすでに存在していないのだと思い知った。
 最初からそんな未来は絶対にありえないのだとやっと受け入れることができた。

 彼らは自分の行いを反省しない。後悔しない。謝罪しない。
 自分たちは間違っていない、正しいと信じている。
 自分たちのためなら他人をどれだけ犠牲にして踏みにじっても許されると思っている。
 自分たちが幸せなら他人などどうなっても構わない、いや、他人のことなど一切考えていない。
 他人の思いも、考えも、苦しみも、痛みも、自分たちとは無関係で無関心。
 自分たちのことだけしか考えられない。
 いや、自分のことしか考えていない。
 自分だけが可愛く、自分だけを愛している。
 今は互いに利用し合っているだけ。
 いざとなれば相手を見捨てるだろう。簡単に切り捨てるに違いない。
 自分が一番大事だから。
 他人のことなどどうでもいいから。
 自分さえ助かれば、自分さえ幸せなら、他人も幸せだと考える人間だから。自分に都合よく全てを自己解釈していく人間。
 彼等の中に他者への愛情は存在していない。自分への愛しかない。自分のことしか愛していない。自分のことしか大事にできない。

 本当にどうしようもない。

 そんな人間に期待するほうが馬鹿だった。
 私は馬鹿だった。
 相手が持っていないものを相手に求めても手に入ることなどない。
 馬鹿だからここまでされないと実現不可能ということが分からなかった。

 自分に甘かった。
 その甘さをやっと捨てることができる。
 彼らに対して非情な人間になれる。
 元から情など一切無いのだから、一切の情け容赦せずに全力で排除する。
 私自身のために。
 自分を守るために。自分の幸せのために。自分の望みのために。自分の大切なもののために。自分の守りたいもののために。自分の夢のために。

 完全に私の中から彼らは排除できた。駆除できた。消し去れた。
 私はこんな目に遭うまでそれができなかった。
 こんな目に遭ってやっとそうすることができた。

 最悪で最低な経験であり、最大の危機ではあるが、私は自分の中にあった甘さをやっと捨てることができた。

 やっと生みの親を完全に見捨てることができる。諦めることができる。切り捨てられる。排除できる。
 もう心は痛まない。苦しくない。

 相手を敵と認識できた。
 排除すべき障害物だと認定した。

 後は全力で排除すればいいだけだ。

 吹っ切れた私はじめじめとした地下の物置部屋に閉じ込められているのにとても清々しい気分になれた。


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