私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

54 選択② 阿鼻叫喚

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 物置部屋から出ることはできたが、私の前後は屈強な男に挟まれているので、このまま走って屋敷の外へ逃げ出すことはできない。
 私は大人しく前を歩いている男の後に付いて行きながら、内心でどこに連れていかれるのかと不安に思いながらもそれを隠して黙々と足を動かす。そうしていると再び先日の応接室にたどり着いた。

 前を歩いている男に扉を開けられて中に入るように目線で促される。
 私は何の抵抗もせずに応接室に足を踏み入れた。

 部屋の中には前回と全く同じようにリース男爵夫妻とヨルデンが座っている。

 彼等は座った状態で私を見下すようにして偉そうに私を見ている。

 私は部屋に入りはしたが、それ以上は進まず、扉の前で立ったまま彼等の視線を真正面から受け止めて、相手の出方を窺う。

 彼等が私を物置部屋から連れ出した目的がまだ分からないから、私からは動かない。

 リース男爵夫妻から思っていたほど緊張感や警戒感や敵意などは感じられない。
 代わりになぜかよく分からない優越感や余裕を漂わせて私を見ている。

 私が扉の前で静止し、黙り込んで、真正面から彼等を見返していると、リース男爵が私に向かって偉そうに口を開いた。

 「マルグリット、きちんと反省できたか?まずは自分が悪かったとそこで僕たちに頭を下げて謝罪しなさい。そして、ブリジットのネックレスをこちらに返して、この用紙に早くサインをするように!」

 この暴力男はいったい何を言っているんだ?

 私はうっかりそう口にしそうになったが、必死に沈黙を維持する。しかし、あまりの驚きに目が見開いて、リース男爵を凝視してしまう。

 その私の反応に何を勘違いしたのか、ブリジットもこの前の醜態を忘れたかのようにわざとらしい笑顔を浮かべて機嫌よく私に声を掛けてくる。

 「あたしはもう怒ってはいないわ、マルグリット!あなたが謝ったら許してあげる。だから、早く謝罪しなさい」
 
 この我儘女はいったい何を言っているんだ?

 私はそう口にしたい衝動に駆られたが、我慢して沈黙を維持する。
 しかし、ブリジットの意味不明な発言に驚きすぎて、口が開いてしまった。

 私は全く反省なんかしていない。
 反省しなければならないことをしていないからだ。
 この人達は私のいったい何を反省させて、何を謝罪させようとしているのだろうか。私の何を許すのだろうか。
 私には親の威光が通用しなくてすみません、とでも謝ればいいのか。私に親の威光が通じなかったことを許すのか。

 リース男爵夫妻は自分たちが圧倒的な強者であり、優位であることを確信している。だから、私に対して強気で余裕ぶった態度で偉そうにすることが出来ている。

 普通の女性なら、あんな薄暗い地下室のような場所に3日も閉じ込められたら精神的に参るだろう。

 不安と恐怖と絶望に襲われ、精神的な苦痛を味わい、心身ともに疲弊していることだろう。

 そして、そこから出してもらえたことによる安堵と喜びから、この理不尽な仕打ちが正当性があるものだと錯覚して、自分が悪かったのだと思いこむ。
 再び閉じ込められることを恐れて、萎縮して相手の言うとおりに行動してしまう。
 そうなるように追い込まれる。

 そのような成功体験があったかのように、私をそのように追い込めたとリース男爵夫妻は確信している。

 しかし、私は全く精神的な苦痛も疲労も感じていない。

 理術を使えば出ようと思えばいつでも出られたから、閉じ込められたことによる不安も恐怖もあまり感じていなかった。
 相手に期待することをやめて、自分と切り離したことにより、絶望もしていない。

 いや、私がリース男爵夫妻を見捨てたり、切り捨てたり、見放したわけではない。そんなことはできない。
 彼等は元から私とは関係が無かった人間。
 彼等は私という人間をこの世に産み落としただけの男と女というだけで、私の父親でも母親でもない。
 父親でも母親でもないただの男と女でしかない人達を私が捨てることも私から離すことも放ることもできない。

 私はただの男と女との間に特別な関係を築こうとしていた。築けると期待していた。
 私は彼等との関係性の構築を諦めただけだ。彼等を捨てたり離したり放ったりはしていない。
 
 私の中にあった甘えや弱さや迷いを捨てただけ。それだけのことしかしていない。それだけで十分だった。

 私の中にもうリース男爵夫妻は存在していない。
 もう彼等の顔色を気にすることも、機嫌を伺うことも、嫌われることを恐れることもない。

 この屋敷からの逃走計画では、あの物置部屋にいる方が都合が良い。

 もう一度あそこに入れてもらおう。

 私は冷静にそう判断して、感情的に暴れることにした。

 もう彼等に気を遣う必要は無い。彼等の目を気にする理由も無い。
 どうでもいい相手に好かれても、嫌われても構わない。どう思われても気にしない。

 私は罵詈雑言を遠慮なしにリース男爵夫妻にぶつけた。
 物置部屋に閉じ込められて乱心したかのように狂ったふりをしてリース男爵夫妻を責め立てる。

 私の狙い通りにリース男爵はすぐに偉そうな仮面を放りだして、怒り心頭で顔を真っ赤にして私を殴ろうとしてきた。

 そのまま黙って殴られてあげる義務も義理も無い。

 私はその拳を避けて、体制を崩したリース男爵に軽く体をぶつける。

 リース男爵はぶつかった衝撃で更に姿勢を崩して耐えきれず扉に突っ込んだ。
 顔面から扉に倒れ込み、鼻をぶつけたのか、鼻血が出ている。
 リース男爵はその場に蹲り、鼻血をどうにかしようと私を無視して必死に鼻を抑えている。

 それを見たリース男爵夫人が甲高い悲鳴をあげて、私に掴みかかろうとしてきた。
 目線が私の胸元のネックレスに集中している。リース男爵夫人はネックレスをまだ諦めていないようだ。

 私は近くにあった花瓶を掴んでリース男爵夫人に向かってパスするように投げる。
 その花瓶をリース男爵夫人は受け止めずに無視して突っ込んできたので、そのまま夫人の胸元に当たり中身がこぼれ出た。
 リース男爵夫人は胸から下が水浸しになってしまった。

 自分のドレスの惨状を見たリース男爵夫人は先程よりも甲高く大きな悲鳴を上げて、リース男爵そっちのけで意味不明な言葉を喚き散らして座り込んで泣き出した。

 応接室は阿鼻叫喚の混乱状態となり、もう私に謝罪させたり、サインをさせるどころではなくなった。

 その惨状から1人蚊帳の外だったヨルデンが指示して、私は早々に部屋から出され、再び物置部屋に無事に戻された。

 目論見通りの結果になったが、あの惨状はちょっとやり過ぎだったかと私は内心で少しだけ反省する。

 言い訳にすぎないが、私に復讐の意図は無く、この物置部屋に戻るために二人を利用しただけだった。
 だから、心の中で二人に軽く謝罪する。
 
 「ごめんね、ちょっとやり過ぎちゃった」

 でも、絶対に口に出して二人に謝罪することはしない。

 こんな謝罪を二人は望んでいないから。
 こんな謝罪では喧嘩を売っているだけになるから。

 私は絶対に二人が望むような謝罪をする気は無い。そのことについて悪いとは思っていないから。

 私はそれでリース男爵夫妻への反省を終えて、逃走計画に頭を切り替えた。

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