私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

87 裏側② 取引

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 私の叫びに応えるようにジュリアーナは伏せるようにして逸らしていた視線を戻し、真っ直ぐに私と目を合わせた。

 「もちろん全て説明するわ。わたくしが知っていることは全部話すわね。まず、お父様…ひとまずこの説明中は南部辺境伯で統一しましょう。南部辺境伯が北部辺境伯の弟と手を組んだ理由なのだけど、ルリエラは南部と北部の関係性についてどれくらい知っているかしら?」

 「‥‥あまり詳しくは知りません。私は西部の田舎の村で育ったので、この国の北部と南部の関係を実際に目の当たりにすることはこれまでありませんでした。だから、人伝に聞いた話だけでしか知らないのですが、北部と南部は仲が悪いということくらいしか知りません」

 ジュリアーナは私の無知と無関心を責めることも呆れることも無く受け入れて説明を続けてくれる。

 「北部と南部が仲が悪いのは公然の事実よ。色々な理由があるのだけれど、理由の一つに経済格差があるの。南部は海上貿易によって外国との取引で豊かになったけれど、北部は険しい山に遮られて外国との取引はできない。それだけでなく、東部と西部とは地理的にも南部との繋がりがあり、経済的な交流があるから南部の富が東部と西部にも流入しているけれど、北部は地理的に中央に遮られていて南部との直接的な取引が一切無いから恩恵を北部だけが受けられなかった。そのため、北部は南部を妬み、一方的に敵視するようになったのよ」

 私はジュリアーナの説明に疑問を抱いて質問を挟んだ。

 「‥‥地域による経済格差、ですか?でも、それだけで北部の人が南部の人を敵視するようになりますか?同じ地域であっても村や町で経済的な格差は存在します。豊かな村があれば貧しい村だってあります。それでも村人はわざわざ自分よりも豊かな相手を妬んで敵視して暮らしてはいません。自分達の今の生活を守り維持していくことだけで精一杯だからです。それなりに自分の暮らしに折り合いをつけて満足しています。それができない人間は町へ出て行きます。それなのに、自分が見たことも行ったこともない地域との経済格差で相手を妬んで敵視するなんて不思議です。そもそも自分が見たことも行ったこともない地域との経済格差なんて普通は知ることも無いし、実感することもできないはずです」

 ジュリアーナは話の腰を折る私の質問に気分を害することもなく同意するように頷いてくれた。

 「少し簡略化し過ぎたわね。多くの平民は貴女のように同じ国であっても自分が住んでいる地域以外の場所のことなど知らないわ。北部でもそのような感情を抱いていたのは最初は一部の貴族だけだった。でも、その貴族たちが天涯教団の教えを北部全域に広めるようになって北部の貴族だけでなく民の考え方まで変わってしまったの」

 ジュリアーナは説明が長くなると前置きして詳しく教えてくれた。

 天涯教団は最初から北部の人間が南部を敵として認識するために意図的に作られた教団だった。

 数十年前に北部辺境伯が山の上の小さな村で語り継がれていた「神様は高い空の向こうの更に上の天にいらっしゃる。この高い山の上で暮らしている我々は最も神様に近い場所で生きている特別な人間だ。だから、神様に恥じない立派な行いをして、立派な人間にならなければいけない」という教訓のような物語を利用して、南部から富を巻き上げる方法を考えた。

 そうして「生前になるべく天に近い所に住み、天に近い食べ物を食べていたら、死後に天界に行ける」という安易な考えのご都合主義の身勝手な教えを掲げる天涯教団を作り上げ、自分達北部を持ち上げて神聖化し、南部を貶めて穢れているという教えを国中に拡めていった。

 「神様はこの空の彼方の天界にいる。この世界は下界であり、下界は穢れている。穢れが多いと死後に天界に行けない。穢れを少なくするために、地上よりもより高いところに住み、地上よりも高い場所になる食べ物を食べて身を清めなければならない」という教えを元にして、地上よりもさらに低い水中は穢れが溜まっていて、魚介類は穢れており食べると穢れてしまう、海の近くは穢れていると貶めた。その教えはまるで男尊女卑ならぬ北尊南卑、山尊海卑のようであり、海に接する南部の貴族や南部辺境伯に喧嘩を売っているとしか思えない内容だ。だから、南部や東部や西部では天涯教は全く信仰されていない。北部では自分達は選ばれた人間という自負心を植え付けられて一方的に南部を見下すようになった。そのように信じ込んでいる北部の人達は南部との経済格差なんて意識はしていない。ただ天蓋教団の教えを信じて鵜呑みにして南部を見下しているだけ。

 しかし、金さえあれば守れる教義で簡単に穢れを避けて身を清めて天界に行けるという教えが北部の人間だけでなく中央の貴族の一部にも受けて中央貴族にまで天涯教を信仰する人間が出てきた。

 数代前の北部辺境伯の思惑通りに天涯教団が北部を越えて力を持つようになってしまった。

 その事態に国の中央の人間は中央にまで影響を及ぼす力を持つ天涯教団を危険視するようになった。

 その結果、天涯教団を消滅させるか弱体化させることを国が決定し、天涯教団の影響力が強い今の北部辺境伯とその家族を排除して、代わりに天涯教団との繋がりが無い現北部辺境伯の弟を北部辺境伯にすることが決まった。国との取引によってその支援を南部辺境伯がすることも決まった。

 私はその話を聞いて背中に冷や汗をかいてしまった。そんな政治の裏側なんて知りたくなかった。

 「南部辺境伯は中央、新しい北部辺境伯の双方と南部が有利となるような様々な交渉を行い、その取引が成立して最終的に手を貸すことになったそうなの。南部としても今の北部との険悪な仲は見過ごせないから、それが解消されて改善できる機会は逃せなかったようね」

 ジュリアーナは私の目を見て、冷静沈着な様子で私に南部辺境伯の中央と北部との取引について説明をしてくれた。

 私はその説明を聞き終えると、一気にこみ上げてくる感情を必死に抑え込んで口を開いた。

 「……それは最初からその取引のために私のことを利用する目的で養子縁組したということですか?」

 私は一切の表情を消して、感情を込めずにジュリアーナへ尋ねる。

 最初にジュリアーナから忠告はされていた。

 「『南部辺境伯との養子縁組』だけど、メリットは強力な後ろ盾ね。北部辺境伯に正面から対抗できる貴族の養女になるのだから、安全は確実に保証されるわ。…ただし、貴族の柵によって危険な目に遭ったり、貴族相手に道具として利用される危険も生じてしまう。ハイリスクハイリターンの契約であることを忘れないで」

 その通りに道具として利用されてしまった。
 今の北部辺境伯家を潰して、別の人間を北部辺境伯の座に就かせるために南部辺境伯の養女という政治的な道具として使用された。

 最初は私と養子縁組してくれたのはジュリアーナのためだけで私のためではないと思っていた。しかし、私の「ルリエラ」という名前の由来を南部辺境伯から直接教えてもらい、南部辺境伯の照れ隠しのような姿を見て、名付け親である南部辺境伯が少しは私にも情を持ってくれていると思った。

 でも、それらは全て私の勘違いだったのかもしれない。

 ジュリアーナは私が感情を爆発させないように無理をしていることを分かった上で、私の質問に否定も肯定も示さずに淡々と言葉を口にする。

 「南部辺境伯は『違う』と否定していたわ。『そんなつもりは無かった』と。貴女を危険な目に遭わすつもりなど最初から無く、貴女を守るつもりだったらしいけれど、北部辺境伯の弟が勝手に暴走してしまったそうよ。だから、守れなかったのは自分の責任だから貴女に謝りたいと言っていたわ。‥‥それが本心かはわたくしには分からない。けれど、貴女が誘拐されたと知ったときに本気で取り乱して、貴女の救出に全力であたってくれたことだけは事実よ」

 そのジュリアーナの瞳と口調からジュリアーナは南部辺境伯の言い分を信じたことが分かった。
 
 「‥‥それなら私も今は判断を保留しておきます。南部辺境伯と直接話をしてから南部辺境伯が本当のことを言っているか嘘を言っているかを判断します」

 ジュリアーナが信じているから南部辺境伯を信じたい気持ちとジュリアーナの忠告による貴族への警戒心から信じられない気持ちが半々な私は判断を先送りにした。




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