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僕は生きてちゃダメと河童は言った
しおりを挟む決してふかふかとは言いがたいが、家に用意されていたベッドには穴だらけながらもマットレスが敷かれており、僕の枯れ木のような身体が折れないよう、ちゃんと僕の身を受け止めてくれる。
思いのほか埃が舞わないのは、それなりにシーツや毛布を洗濯しているからに他ならない。僕は雨の日に傘を持って出かけない女ではあるが、なにも不潔に生きているわけではない。
家がボロボロなのも、木造建築の寿命が長くとも80年と言われるのを考えたら当然のことであり、手入れをしていないということではないのだ。
ただし、手入れにも限界があり、僕は新しいもの買ったり、壊れたものを修理することができないため、自然と僕の周りには壊れたものが溢れてゆくだけなのである。
それでも、僕が新しいことを始めないのは、もう既に僕自身が壊れてしまっているからで、周囲に壊れたものが増えたとしても、まるで仲間のように感じてしまうのかもしれない。直すとか、新しくする、とか僕には似合わないのだ。
「はぁ・・・・・・」
それでも新しい毎日はやってくるし、僕は中学生から高校生になった。
身体は丸みを帯び始め、胸は小さな膨らみを作り始めている。それを触る自分も不思議だし、その変化を目を丸くして見つめてくる世の中はあまりにも歪に見えた。
一人称は僕だが、どこにでもいる女であり、羽化する前のサナギでもなんでもない。それとも女は全世界、男から捕食される生き物だとでもいうのだろうか。だとしたら、僕はもう外には出たくない。
そんなことを考えていたら、すぐ足下から人の手触りが上ってきた。
「ん・・・・・・」
「帰ってたんだね」
「今、帰ってきた」
「ただいまって言った? 俺には聞こえなかったよ」
「言ってない。言う必要もない。この家には誰も住んでないのだから」
「住んでるよ。俺がいる」
「あなたは、住んでないじゃん。僕の身体を触りにこの家に忍び込んでるだけでしょ・・・・・・」
そう言ってる間に、男の手は僕の太もも、股、腰と徐々に持ち上がってゆく。そして浮いた裾の間から素肌へと手を滑り込ましてくる。
「アキちゃん、また傘持っていかなかったの?」
「そうだけど」
「ダメだよ。風邪引くよ」
そういいながら、男の手は徐々に身体を上り、胸の近くをなぞりながら、やがて首へとたどり着いた。
「・・・・・・風邪ひくよじゃないじゃん」
次の瞬間、僕は服をまくり上げられ、そして男の両手によって首を締め付けられた。
「——ッ」
喉を締め付けられれば当然息は苦しくなる。脳内に回る酸素の量も制限され、元々活発ではなかった僕の頭はもっと回らなくなる。
「ダメだよ、アキちゃん。君、生きてちゃダメだよ」
「・・・・・・・・・・・・やめ、て」
僕はそのまま身体を持ち上げられる。自分の体重も加わることでより頭はパニック状態になった。
「おろ、して」
かろうじてそれだけ言うが、男は僕を下ろす様子もなく、血走った目で僕を見て舌をチロリと出している。
「ダメダメ。契約したじゃない。君の身体はもう俺らのものなんだから」
男はそう言って笑う。よく見ると男の頭頂部はげ上がっており、こめかみ辺りから生えた髪は四方八方へと乱暴に伸びている。目は爬虫類のように鋭く、舌は二十センチはあろうかという長さで、常に外へ露出していた。身体は格闘家のように筋肉が盛り上がり、緑のアロハシャツをはだけさせ、下はベージュのパンツを穿いている。
そして手と足それぞれの指の間には、透明な膜が張っているのが見えた。
「河童のくせに・・・・・・」
「うるせえぇっ!!」
怒鳴り声と共に、僕の身体はベッドの上に投げ飛ばされた。肌着姿の上に僕はシーツを抱き寄せる。
河童と呼ばれた男は、赤く血走った目で僕をにらみつけた。
「おまえがなかなか約束を果たさないから俺はきているんだ。本当ならここでその肉体をバラバラに引きちぎって持って帰ってもいいのだからな」
「・・・・・・バラバラはいや」
「だったら、早くお前の身体に刻まれたその呪言をよこすんだな。そうしないと、俺は、俺らはいつだってお前の身体を触りにくるんだからな————」
「おまえ・・・・・・」
途端、僕は自分の身体が激しい憤りを感じていることに気づいた。スクールバッグの底に鉄板が入っていることをそれとなく思い出す。その気配を察したのか、河童と呼ばれた男も、奇妙な並びをした歯を食いしばって、重心を落として臨戦態勢をとった。そして、
「いい加減にしろーっ!!!」
僕の怒りは爆発した。そして同時にスクールバッグではなく、枕の下にも鉄板が入っていることを思いだし、お尻の後ろから引っ張り出して河童と呼んだものを激しく横から殴打した。
「キェエエエエエッ!!」
河童がとんだ。
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