5 / 6
僕の鎖骨にマタタビって書いてあるから抱きつくのもしょうがないよね
しおりを挟む河童の形をしたそれは、重力に従い揺るかな曲線を描いて、古い家屋の古びた床へ頭の先からダイブした。木の継ぎ目がメキメキと剥がれる音と共に床が沈み込み、よく見れば全身緑色という実に気色悪い肌色の男が見事に床に刺さって頭を下に屹立して見せた。
僕はこの家で何度か見た光景に辟易しながら、鉄板を振るった右手に残る熱と振動に手を払った。こんなに暴力的なことはできればしたくないが、僕の人生の中ではなぜかこんなシチュエーションが何度かある。それと同時に背中の辺りで得体の知れない虫のようなものが這うのを感じた。
「まったく・・・・・・忌々しい」
そもそもこの家は超がつくほど古いし、一般的に言われている耐久年数などとうに超えているが、だからといって家や家具のいたるところに穴が空いているというのはおかしな話である。なぜそんなことになっているのかといえば、僕とコイツらとの間に起きた出来事の結果だといえるだろう。僕が鉄板を振る手に躊躇がないのは、そういった事情もある。
ガガガ、と硬質の肌と木の破片が擦れる音と共に河童の男が床から頭を引っこ抜いた。
「ア、アキ・・・・・・痛い、だろうが」
「えぇ?」
「お前な、これ暴行罪っていうんだぞ」
「人間相手ならな」
「俺もれっきとした人間の戸籍を持ってるんだぞ!!ちゃんと訴えられるんだからな!!」
「なら、捕まってもしょうがない。ただ僕は文字だけの情報に踊らされなかったのだから後悔はない」
「開き直るんじゃねえっ!」
「その前にお前は強制わいせつ罪だからな。僕はお前のようにインチキで人間なんじゃなく、れっきとした女だ。その身体に触れて無傷なわけあるまい」
「女?それにどんな価値があるんだ、俺はただお前の身体に刻まれた呪言に吸い寄せられてるだけだ! むしろこっちが被害者だ!!」
「自制しろ。くずが」
時が経つにつれ、男の身体は緑色から徐々に人間の肌色へと戻ってゆく。頭頂の河童を象徴するようなお皿で押さえつけたように跳ねた髪も重力のまま下に引かれ、そしてハゲへ・・・・・・
「ハゲ」
「な、なんだ、悪口か?」
「ううん、気晴らし」
「口が悪いな、先代はそんなに非常じゃなかったぞ!!」
僕は地面に落ちていた鉄板を持ち上げた。
「う、うわぁああ、自分ばっかり本当のこと言って損をしないなんてずるいぞ!」
「ずるくない」
ただ目の前の河童だった男は、先ほど痛い目にあった鉄板を前にしても、口の端からは緑がかかった体液——(よだれなのだが)をこぼしていた。
「お、おまえの鎖骨あたりから、今も、マタタビの匂いが・・・・・・」
「ふん。お前ごときのためにつけたんじゃない。これは僕が猫と戯れるためにつけてるんだ。近づいたら、殴る」
それが嘘ではないことをこの河童はわかっているのだろう、まるで薬のキレたジャンキーのような目をしているにも関わらず、地に頭を伏せた。
「なんで、こいつにこんな力が・・・・・・」
「悪いか。あいにく僕は悪魔の子なんでね。これくらいの力は——持っているさ」
心臓がドクンと跳ねる。しかし、僕はそれをひとつの深呼吸で押し込めた。
河童男もそれ以上言葉は言わなかった。
「はぁ・・・・・・なんか疲れた」
僕は鎖骨に手を当てると、肌の下から黒い模様が浮かび上がり、それを二本の指でつまみ上げた。そしてそれをそのまま家の壁に投げつけた。投げつけられた壁には薄くその模様が張り付いた。
「あぁ!!」
それを見た河童男がすぐにその模様に張り付く。
「マタタビ~ッ!!」
「くそッ、神はなぜ猫とこの妖怪の好物を同じにしたんだ。今からでもいいから宇宙を創り直してほしい」
壁に張り付いた男は、しばらくそのまま頬をなすりつけていたが、壁から模様が消えるとまるで三日ぶりの夕食を没収されたかのような悲しい顔をして見せた。
「そんな顔するな。あんなのしょせんその場限りのごまかしなのだから」
河童男は息をひとつ吐いて気持ちを切り替えると、こちらを見つめた。
「ごまかしじゃないさ。あれは本物だよ。お前の術は本物だ」
そして今度は違う意味で息を吐いて、死者を労るよりもずっと暗い顔で僕の方を見つめた。
「お前は本当に呪われてるんだ。だからお前は家族も何もかもを失って、この家に縛り付けられてる」
「・・・・・・わかってるよ」
河童男はこの話になるといつも僕を哀れむ目で見つめる。そしてまるで決まっているかのように首を振りながら、歩き立ち去るのだ。
「またくるよ」
「・・・・・・ああ」
ギシギシと、人ならざる重さを床の軋みで感じさせながら、河童男は部屋を出ていった。
僕は今どれくらいのエネルギーを使ったのか、考えながらそのままベッドへと身を投げた。今度は、邪魔をする者がいないまどろみ。身体の奥に刻まれた呪言は、きっと満足しただろう。そして、そのまま僕は眠りへと落ちたいった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる