雨宿りはしない

白宙

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僕の鎖骨にマタタビって書いてあるから抱きつくのもしょうがないよね

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 河童の形をしたそれは、重力に従い揺るかな曲線を描いて、古い家屋の古びた床へ頭の先からダイブした。木の継ぎ目がメキメキと剥がれる音と共に床が沈み込み、よく見れば全身緑色という実に気色悪い肌色の男が見事に床に刺さって頭を下に屹立して見せた。

 僕はこの家で何度か見た光景に辟易しながら、鉄板を振るった右手に残る熱と振動に手を払った。こんなに暴力的なことはできればしたくないが、僕の人生の中ではなぜかこんなシチュエーションが何度かある。それと同時に背中の辺りで得体の知れない虫のようなものが這うのを感じた。


「まったく・・・・・・忌々しい」


 そもそもこの家は超がつくほど古いし、一般的に言われている耐久年数などとうに超えているが、だからといって家や家具のいたるところに穴が空いているというのはおかしな話である。なぜそんなことになっているのかといえば、僕とコイツらとの間に起きた出来事の結果だといえるだろう。僕が鉄板を振る手に躊躇がないのは、そういった事情もある。

 ガガガ、と硬質の肌と木の破片が擦れる音と共に河童の男が床から頭を引っこ抜いた。


「ア、アキ・・・・・・痛い、だろうが」


「えぇ?」


「お前な、これ暴行罪っていうんだぞ」


「人間相手ならな」


「俺もれっきとした人間の戸籍を持ってるんだぞ!!ちゃんと訴えられるんだからな!!」


「なら、捕まってもしょうがない。ただ僕は文字だけの情報に踊らされなかったのだから後悔はない」


「開き直るんじゃねえっ!」


「その前にお前は強制わいせつ罪だからな。僕はお前のようにインチキで人間なんじゃなく、れっきとした女だ。その身体に触れて無傷なわけあるまい」


「女?それにどんな価値があるんだ、俺はただお前の身体に刻まれた呪言に吸い寄せられてるだけだ! むしろこっちが被害者だ!!」


「自制しろ。くずが」


 時が経つにつれ、男の身体は緑色から徐々に人間の肌色へと戻ってゆく。頭頂の河童を象徴するようなお皿で押さえつけたように跳ねた髪も重力のまま下に引かれ、そしてハゲへ・・・・・・


「ハゲ」


「な、なんだ、悪口か?」


「ううん、気晴らし」


「口が悪いな、先代はそんなに非常じゃなかったぞ!!」


 僕は地面に落ちていた鉄板を持ち上げた。


「う、うわぁああ、自分ばっかり本当のこと言って損をしないなんてずるいぞ!」


「ずるくない」


 ただ目の前の河童だった男は、先ほど痛い目にあった鉄板を前にしても、口の端からは緑がかかった体液——(よだれなのだが)をこぼしていた。


「お、おまえの鎖骨あたりから、今も、マタタビの匂いが・・・・・・」


「ふん。お前ごときのためにつけたんじゃない。これは僕が猫と戯れるためにつけてるんだ。近づいたら、殴る」


 それが嘘ではないことをこの河童はわかっているのだろう、まるで薬のキレたジャンキーのような目をしているにも関わらず、地に頭を伏せた。


「なんで、こいつにこんな力が・・・・・・」


「悪いか。あいにく僕は悪魔の子なんでね。これくらいの力は——持っているさ」


 心臓がドクンと跳ねる。しかし、僕はそれをひとつの深呼吸で押し込めた。

 河童男もそれ以上言葉は言わなかった。


「はぁ・・・・・・なんか疲れた」


 僕は鎖骨に手を当てると、肌の下から黒い模様が浮かび上がり、それを二本の指でつまみ上げた。そしてそれをそのまま家の壁に投げつけた。投げつけられた壁には薄くその模様が張り付いた。


「あぁ!!」


 それを見た河童男がすぐにその模様に張り付く。


「マタタビ~ッ!!」


「くそッ、神はなぜ猫とこの妖怪の好物を同じにしたんだ。今からでもいいから宇宙を創り直してほしい」


 壁に張り付いた男は、しばらくそのまま頬をなすりつけていたが、壁から模様が消えるとまるで三日ぶりの夕食を没収されたかのような悲しい顔をして見せた。


「そんな顔するな。あんなのしょせんその場限りのごまかしなのだから」


 河童男は息をひとつ吐いて気持ちを切り替えると、こちらを見つめた。


「ごまかしじゃないさ。あれは本物だよ。お前の術は本物だ」


 そして今度は違う意味で息を吐いて、死者を労るよりもずっと暗い顔で僕の方を見つめた。


「お前は本当に呪われてるんだ。だからお前は家族も何もかもを失って、この家に縛り付けられてる」


「・・・・・・わかってるよ」


 河童男はこの話になるといつも僕を哀れむ目で見つめる。そしてまるで決まっているかのように首を振りながら、歩き立ち去るのだ。


「またくるよ」


「・・・・・・ああ」


 ギシギシと、人ならざる重さを床の軋みで感じさせながら、河童男は部屋を出ていった。

 僕は今どれくらいのエネルギーを使ったのか、考えながらそのままベッドへと身を投げた。今度は、邪魔をする者がいないまどろみ。身体の奥に刻まれた呪言は、きっと満足しただろう。そして、そのまま僕は眠りへと落ちたいった。
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