虚飾と懸想と真情と

至北 巧

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37 安逸

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 翌朝。
 大我は湯飲みに煎茶をいれ、縁側に向かう。
 南方はすでにカーテンを開け放った縁側に座り、庭をながめて煎茶をすすっていた。
 初冬の朝は日がさしても肌寒い、いつのまに上着が必要な季節になったのだろう。
 南方は寒がる様子もなく、微笑んだ。

「おはよう」

「おはよ」

 昨日意思が疎通したのち、冷めてしまった夕飯を普段通りにとって、普段通りに就寝した。
 日をまたいでみると、南方が自分を好いてくれていることに実感がわかない。
 大我は縁側のレースのカーテンをすべて閉め切って、南方の左手に密着するように腰を下ろした。

「どうしたの?」

「ねぇ。これからはさ、好きだからギュってしてくれるんだよね」

 南方は小さく吹き出してから、こたえてくれた。

「そうだね」

「キスしても、怒らないんだよね」

「怒らないよ」

 言われて即座に大我は南方を見つめ、少し様子を見てから口づけた。
 唇を離すと、南方の表情に照れているのかと聞きそうになったが、我慢した。
 怒られなかったことが嬉しい。
 別の大事なことも、この機会に聞いておこう。

「みなちゃんさ、俺のこと抱いてくれたりとか、するのかな」

 さすがに南方は、照れた上に困った顔をして考え込んだ。
 しかし問いを流さず、返事をしてくれた。

「それは、きみのほうがおとなな気がして、ちょっと気後れするんだけど」

「俺、おとなに見える?」

 意地悪をするように南方の顔をのぞき込むと、南方は首をかしげ冗談めかしてほほ笑んだ。

「見えない、かな」

「じゃあちょうどいいね」

 抱いてもらえるよう説得する必要もない、今の状態で満足だ。
 かたわらに置いた湯飲みに手を伸ばし一服すると、南方も同様に口にした。
 その姿が、また好きだと思う。

「みなちゃん、縁側でお茶のんでるの似合うよね」

「年寄りくさいでしょう」

「ううん。見てるこっちも落ち着くし、俺もこういうの、好きだよ」

 また一口煎茶をすすり、湯飲みを床に置く。
 南方も湯飲みを置いて、静かに言った。

「そうだね。好きなの、わかるな」

「意外だって、言わないんだ」

「うん、白石のこと、わかってきたから」

 理解してもらえている。
 自分の中の自信のない部分も、南方は受け入れてくれている。
 愛されたい気持ちも愛したい気持ちも、南方によって満たされる。

「施設に面接させて下さいって、今日電話してみるね」

 なんのために生きているのか見失った気でいたが、今は目先の課題に全力を尽くすことが、最善だと思う。

「そう。背伸びしないで、今の自分を出せばいいからね。面接は難しいことを言うよりも、本当の気持ちを話したほうが伝わるから」

 先を案じる必要はきっとない。
 今まで通り尽力すればよいのだ。
 間違っていれば、南方が教えてくれる。
 疲弊していきづまることもきっとない、南方の存在自体が自分のやすらぎ。
 南方を愛してよかった。
 生まれてはじめて、心の底から安堵したのではないだろうか。

 朝食の準備をしようと立ち上がり、レースのカーテンをあける。
 南方も湯飲みを二つ手にして立ち上がると、おだやかな表情でこちらを見てから台所へと足を向ける。
 その背中を追うと、わずかに涙がにじんだ。

 長らく自分につきまとっていた解消できない漠然とした不安。

 そのすべてが身体の内から立ち消えていると、自覚した。



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