音が鳴る方へ

椿英-syun_ei-

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プロローグ:悟という人

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 本屋からの帰り道、厚みのある紙袋を抱えたまま、自宅近くにあるコンビニに立ち寄った。作業の合間に食べるお菓子を買うためだ。
 駅前のスーパーやお菓子専門店等も近所にはあるが、俺はあえてここで買い物をすることにしている。この店はなぜかポップアップがやたら多い。しかも、一つ一つ味見をしたことが分かる丁寧な文章が並んでいる。俺はこの手書きのポップを見るのを楽しみにしていた。多分、同じようなことを感じている人が多いのか、ポップのあるお菓子はいつも品薄だった。
 店内に人がいなかったので、お目当ての商品を手に取りレジに向かう。レジにはいつも同じ女の子が立っている。名札に「朝比奈」と書いていて、それ以上のことは知らない。夕方から夜の早い時間にしかいなくて、深夜帯では見たことがないから、高校生か大学一、二年生ぐらいだと思っている。ショートヘアーにヘアピンで前髪を止めていて、小柄な体躯からは想像できないほど通る声をしている。彼女はいつも俺を見かけると声をかけてくれた。
 尚、俺にはあだ名がある。不本意だが、簡潔で的を射たあだ名だ。彼女がそのあだ名を口にする。
「いらっしゃいませー。あっ、新作の人、こんばんは。」
「こんばんは。」
 俺が苦笑いをしている間、アイスクリームを見て、朝比奈さんが一瞬だけパッケージ鑑賞を始める。
「モンブラン!いいですよね。そういえば、冬と言えば栗ってイメージですけど、なんで冬に栗なんですかね。」
「さぁ。旬なんじゃないか?ほら、秋に木から落ちるから、その後が食べ頃とか。」
「あぁ、なるほど。」
 毎回リクエストしているから、何も言わずとも、袋とスプーンを用意してくれる。ふと、俺が脇に抱えた茶色い紙袋を見て、彼女は言った。
「どうしたんですか?その封筒。なんか凶悪な分厚さですけど。」
「あぁ、これ。雑誌とか色々買ったから。」
「本当にたくさん本買いますよね。今回は何を買ったんですか。」
 お札を渡して、お釣りをもらう。
「いやぁ、まぁ、レジャーとか、おでかけスポットみたいなの調べようかと思って。」
「ふーん。じゃあ、今度連れてってください。」
 嘘ではない範囲で話を濁していると、斜め45度から予想していないジャブが飛んでくる。だが、朝比奈さんの「連れてってください」は、「あ、新作の人」と同じぐらい定型化されていたので、俺も定型分で返す。
「まぁ、気が向いたらね。」
「えー、残念。」
 差し出された袋を手に取り、コンビニを後にする。背後から「ありがとうございましたー。」と元気の良い声が追いかけてきた。

 家に着いて、ソファに座る。アイスを食べながら撮り溜めていたドラマを見ていると、スマホに通知が届いた。勇からだ。
「今朝話してた仕事、正式に受注しました。これ、詳細だからよろしく。」
 朝とは打って変わって、あっさりとした連絡だった。あれだけ心配していたのに、結局は杞憂だったということだろう。だが、彼が疑い深いおかげで助かった場面はたくさんあったので、大変に助かっている。「それはそれとして、」と勇のテキストが続いた。
「作業長引きそうだから10時からでもいいか?」
 少し考えて「いいよ。せっかく受注したし、今のうちに作業進めとくわ。」と返信する。
 よろしくのスタンプで会話が終わり、改めて受注内容を確認する。
「猫の鳴き声かぁ。」
 タブレットから自分の持っている音声のライブラリを確認する。「猫」というタグをつけた音源を一個ずつタップしてみたが、どれもなんとなく物足りなかった。
「なんか微妙だなぁ。」
 時計を見ると、まもなく8時。どうぜ猫をテーマにした楽曲を作るなら、本物の鳴き声を新しく収録したいような気がしてきた。餌を買いに行って、ご近所で捜索したら野良の一匹でも捕まるんじゃなかろうか。ダンスミュージックは自分的には苦手ジャンルでもあるし、早めに着手して悪いことはないだろう。
 先ほど脱いだ上着類をもう一度着込み、外に飛び出す。
 またコンビニに行くのはなんだか気まずいので、少し歩くが、ホームセンターの方へと向かう。野良の猫とお近づきになるには何がいいだろうか。やはりベタにチュールでも買おうか。煮干しというのも悪くない。柔らかいものと固いもの、どちらが好きなんだろうか。すでに猫になったような気持ちで、街を眺めて歩く。
 日当たりのいい場所、排熱で常に暖かい場所、茂みの奥、餌をくれそうな通行人が通る道や、飛び移ってみたい屋根の隙間。
 冬はどうやって越えるのだろう?と思っていたが、見渡してみると、暖かく過ごせそうな場所は随所にあった。案外、野生でも生きていけるものなのかもしれない。
 手早く買い物を済ませ、来た道を戻っていく。途中、川沿いへと曲がる道があり、猫が隠れられそうな茂みがまばらにあったので、そっちの方向へ捜索してみることにした。
 「猫ちゃーん、どこにいますかー?」
 流石に大声を出すのは気が引けたので、控えめなトーンで呼びかけた。すると、生垣の下を潜る生き物の尻尾を見た気がした。急いで覗き込んでみると、外側に突き出した柱と柱の隙間に猫が寛いでいた。
 俺は手に下げていたビニール袋からチュールを取り出し、ゆっくりと先端をちぎった。しゃがみながら、少しだけ出したペーストを猫の方にそーっと突き出す。また、空いてる方の手で、カバンからハンディレコーダーを取り出した。
 両膝をつくと、荒い砂利が少し痛かったが、気にせずに姿勢を低くする。
「ママぁ。あの人、何やってるの?」
「しっ。あんまり見ないであげなさい。」
 と、心遣いなのか、不審者に対する警戒心なのか、微妙に分からない親子の会話が聞こえてくる。いや、でも、猫もこちらに関心を向けてくれている。あと少し、もう少しできっと・・・。
「何やってるんですか?」
「へ?」
 聞き覚えのある声に、俺は思わず体を起こす。そこにいたのは、コンビニ店員の朝比奈さんだった。狼狽すぎて声を出せずにいると、朝比奈さんが質問を重ねる。
「ここで何やってるんですか?」
「ちょっと、猫に餌をあげようかなって。」
「そんなスタンガンみたいなの持ってですか?」
「スタンガン?」
 手に持っていたチュールはいつの間にか落としていて、それを器用に猫が持ち去っていた。なので、俺の手に握られているのはハンディレコーダだけだった。見方によってはハンディレコーダはスタンガンに見えるかもしれない。
「本当に、餌あげてたんですか?」
 文字通り、超ドン引きした様子で、朝比奈さんが後ずさる。こんなにも自分の仕事を薄らと濁してきたことを後悔した日はなかった。自語りをするおっさんになりたくなかったのに、自語りをしなかったせいで不審者になる日がくるとは思わなかった。今にも叫び出しそうなのか、むしろ息が止まりそうなのか分からなくなりながらも、声を捻り出す。
「違う!一からちゃんと説明させて!これは全然怪しいものじゃなくて。」
 いや、もうめちゃくちゃ怪しい滑り出し。自分の発言の全部がドツボだった。
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