【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

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#8、 ナナエの願望

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 翌朝、遅い朝食を部屋でとりながら、奈々江はふたりのメイドに挟まれていた。

「ナナエ姫様がそこまで思いつめていたとは知りませんでした。
 これからはわたしたちは、もっともっと親身にお仕えいたします」
「メローナのいう通りですわ。
 ナナエ姫様にもっと頼っていただけるよう精進します」

 昨晩の自殺騒ぎは、もう城中にうわさだっているらしい。
 奈々江の部屋には、グランディア国王をはじめ、皇太子やエレンデュラ王国と関わりの深い貴族や商人から、お見舞いがどっさりと送られてきていた。
 部屋のドアの前には、見張りの兵士が立ち、廊下の各所にも同じように見張りが立っているという。

(はあ、もう絶対逃げ出せないよ……)
「ナナエ姫様、お食事が進んでおりませんが、ご加減がすぐれないのでは?」
「ラリッサ、心配かけてごめんね。
 もうお腹いっぱいなの」
「さようでございますか……」
(ラリッサとメローナにしたら、わたしが自殺したとわかったら、自分の命がないのよね……。
 仕方ないとはいえ、ふたりには悪いことをしちゃたな……)
「ナナエ姫様、このあと、王室医団の診察が予定されておりますが、お受けになれますか?」
(王室医団……、となると、今度は王室医師のオズベルトか……)

 もはやため息を隠すことさえできない。
 シナリオでは、奈々江が社交界で毒を盛られ、そこで初めて攻略キャラのオズベルトと出会うことになっている。
 それが今は自殺未遂を犯した奈々江の精神状態を診察するために、オズベルトに白羽の矢がたたったというわけだ。

(正直、このままじゃどうすればいいの……。
 手詰まりだよ……)

 ラリッサとメローナは朝から慎重に、奈々江の前から刃物や紐など、自殺の道具になりそうなものを排除し、カップや鏡なども使い終わったらすかさず片付けてしまう。
 自殺しないように、完全に見張られているのだ。

(いっそ、攻略キャラとハッピーエンドになれればそれに越したことはないんだけど。
 でも、どうやったら、攻略キャラのことを好きになれるの?
 現実で男性を好きになったこともないに)

 そっとふたりのメイドを見た。

「ねえ……。ラリッサ、メローナ」
「はい。ナナエ姫様」
「あなたたちは、好きな人はいるの?」
「わたしたちは、ナナエ姫様を第一に思っております」
「それは、ありがとう……。
 でもそうじゃなくて、意中の男性のこと」

 シナリオでは二人の恋愛話は出てこない。
 CPUに書き込まれていないことは、答えられないかもしれない。

「わたくしは幼いころから許婚が決まっておりますわ。
 お城での出仕を終えたら、故郷に帰って結婚するのです」
「え、そうなの? ラリッサ」
「わたくしはせっかく出仕したのですから、お城で素敵な殿方と出会いたいと思っています。
 どちらかというと、文人より武人のほうが好みですね」
「メローナも、そうなの……」
(驚き……。ゲームの設定にないことまで、キャラが話し出しいる……。
 これってバグっていうより、もしかしたらわたしの夢や願望が反映しているのかな……)

 奈々江は記憶を振り返ってみた。
 思えば、恋愛に興味のなかった奈々江は、友人とこうした異性の話をするという機会さえ、それほどなかった。
 友だちと恋の話をしてみたい、相談してみたい。
 心のどこかでそう思っていたのかもしれない。

「ねえ、ラリッサは許婚のどこを好きになったの?」
「そうですねぇ、家同士が決めたことでしたから、どこというか……。
 でも、昔から付き合いがありましたので、お互いいいところも悪いところもよく知っている仲なので、それが安心するといいますか」
「そうなの。メローナはどんな男性が好き?」
「わたくしはいざというとき家族を守れるような丈夫でたくましい方がいいですね。
 わたくしの家の爵位では資産は知れていますので、頼れるものは丈夫な体と、健やかな精神です」
「ふたりとも、しっかりしているのね……」
「そんなことありませんよ。ラリッサはしっかりしていますけど」
「そうでもありません。自然となるようになっただけですわ」

 奈々江は小さくつぶやいた。

「自然と……なるようになった……」
(現実では、自然に任せていたらそのままなにもなかったけれど……。
 ここでは、ちがうの?
 ここはわたしの夢の中。
 だとしたら、自然となるようになる、そう思っていいの、かな……?
 やれることがない今、そうだと思って試してみるのもいいかもしれない……)
「それはそうと、ナナエ姫様。
 お手紙がいくつか来ておりますが、お読みになりますか?」
「あ、うん……。誰から?」
「皇太子殿下、キュリオット師団長、ロージアス近衛兵長、それからナナエ姫様の信奉者の方から何通か」

 苦笑いを浮かべて手紙の束を受け取った。
 昨日、キュリオットが師団を率いてやってきたときと、トラバットが消えた後、ロージアスが近衛兵を率いて駆け付けてきたとき。
 ともに、そこにも幾人か独身男性がいたために、もれなく奈々江にラブゲージマックスの好意を寄せてしまったのだ。
 信奉者たちの内容はさほど変わりがないように思われたので、グレナンデス皇太子の手紙を開いてみた。

「……あ、心配してくれてるみたい……。自分の妃候補のことだから、当然といえば当然のことか……。
 え……。王立医師団の診察を受けて、心身の状態が芳しくないと判断されれば、……国へ帰っていい?」

 もう一度文面に目を凝らした。
 どうやら、皇太子は国内での襲撃を阻止できなかったこと、奈々江が自殺未遂を起こしたこと、しかもその奈々江を助けたのが盗賊であったことなど、さまざまな不手際のためにエレンデュラ王国に対して委縮しているようだ。 

(確かに、波乱と知略謀略の皇太子妃選びにあって、初っ端からこんなにたくさんの問題が起こったら、皇太子のほうも腰が引けるわよね……。
 でも、国へ帰れるなら、少なくともここよりかは環境的に自殺しやすいかもしれない……!
 だとすれば、オズベルトにわたしが心身虚弱であることを認めさせなければならない。
 簡単にいったら、仮病よね……。
 わたしにそんな演技できるかな……、とりあえず、元気のないふりで通してみよう)

 続いて、キュリオットの手紙には婚約解消の進捗状況が、ロージアスの手紙にはブランシュに君のことを知らせたとの報告が記されていた。
 ひとまず、心身虚弱状態を演じている限り、キュリオットやロージアスに会うこともないだろう。



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