20 / 92
#19、 わたしのお兄様
しおりを挟むブランシュが大げさなまでに歯を食いしばる。
どうやら気持ちを隠せない質なのか。
これで王族とは、ゲームの夢の中だとはいえこっちが不安になってくる。
でも、親愛ゲージマックスのブランシュならば、奈々江のいうことを聞いてくれるはずだ。
「わ……、わかった……。
非礼を詫びよう、ラリッサ、メローナ」
「恐れ入ります」
「恐れ入ります」
ブランシュが正式な謝罪の礼をした。
ラリッサとメローナの顔に安堵が浮かぶ。
改めて人払いしたあと、奈々江は太陽のエレスチャルのことを口にすることにした。
ブランシュは目を丸くして仰天していたが、チュートリアル時の説明してくれたラリッサとメローナはさほど驚くこともなく受け止めた。
「し、しかし、ナナエ、体は大丈夫なのか?
最高級の魔法アイテムとはいえ、そのような得体の知れない物を飲み込んだとあっては……」
「体調の変化、というのは特には。
でも、アキュラス王弟殿下をはじめ多くの皆さんが、太陽のエレスチャルのせいで思いもよらぬことをしでかしてしまうのです。
わたしもよく知りもしない男性から強引にいい寄られるのはもう勘弁して欲しいですし、そのせいでエレンデュラ王国とグランディア王国の絆に亀裂が入るようなことは起こしたくありません」
「確かに……」
ブランシュはさっきまでの自分を思い出して、少し冷静な思考を取り戻したようだ。
ラリッサとメローナが頭を垂れた。
「わたくしたちがもっと気を付けていれば、このようなことにならなかったはずですのに……。
誠に申し訳ありません」
「わたくしがベッドサイドにキュリオット師団長の贈り物のお菓子を置いたりしなければ……。
ナナエ姫様、本当に申し訳ありません」
「ふたりのせいじゃないわ。
わたしがあまりに不注意だったの。
とにかく今は、体から太陽のエレスチャルを取り出すことを一番に考えたいの」
「だとしたら、どのように取り出すかだ。
体のことなら医者か、魔法アイテムのことなら魔導士に相談してみるか。
この国最高の医者は誰だ、ラリッサ」
「王立医師団のオズベルト様です」
「でも、ナナエ姫様はオズベルト様のことがお好きではありません。
できれば女性の方に見て頂いたほうが良いと思います」
「なるほどな、メローナ、良い助言だ」
「恐れ入ります」
続いてラリッサが提言した。
「この国最高の魔導士でしたら、カロンディアス様です。
我が国で最も魔術に秀でたオーギュスト家の中でも、歴代稀に見る秀才だといわれています」
「ほう、魔力量はいかほどか?」
「魔力量では弟のセレンディアス様のほうがはるかに大きいのですが、セレンディアス様は魔法の才に恵まれなかったらしいと聞いております。あまり人付き合いも好きではないそうで、人前にもめったには姿を表しませんが、魔獣兵部で魔獣使いとしてその腕を振るっておられます。
カロンディアス様の魔力量を上回る方ですと……、そうですね、すぐ思いつくのは第二皇太子のシュトラス殿下でしょうか」
「ほう、シュトラス皇太子殿下」
そのとき、ぱっと奈々江の顔がひらめいた。
「シュトラス皇太子殿下に相談できないでしょうか?」
「しかし、シュトラス皇太子殿下はいまだ青年の義を終えてもいない子どもだろう?」
「でも、シュトラス皇太子殿下は、体の中に聖水のエレスチャルを持っているんです」
「なに!」
メローナが奈々江に代わって補足する。
「シュトラス皇太子殿下を身ごもっておられたミシュラディナン王妃陛下がご体調を崩された折、司教から天啓の聖水を飲むように勧められたのです。
それで、シュトラス皇太子殿下は生まれたときからその体の中に聖水のエレスチャルをお持ちなのです。
そのおかげで、シュトラス皇太子殿下は人の心がお読みになれるのです」
「読心の術を使うとは聞いていたが、そのような所以だったのか。
しかし、そのように特別な力と大きな魔力量を持っているとなると、簡単に協力などしてもらえるかどうか」
ブランシュの慎重な言葉に、奈々江は半分しかなかったシュトラスのラブゲージを思い出した。
確かに、他の全員のようにラブゲージマックスではないシュトラスが、簡単によしわかったと相談に乗ってくれるのか。
初対面の時はほんの少し時間を共にしただけで、さっさと帰ってしまったところをみると、かなり淡泊そうな人物なのかもしれない。
ゲーム上は隠れ攻略キャラといえ、兄が熱烈に愛し、伯父が魔法をかけてまで奪おうとした相手に、好き好んで関わろうとなどしてくれるのだろうか。
「それに、もし相談に乗っていただけたとしても、体の中にある太陽のエレスチャルを取り出したいというのは、いささか不敬に当たる可能性が……。
その方法が明らかになれば、シュトラス皇太子殿下の聖水のエレスチャルを取り出すこともできることになってしまいます……」
「なるほど、ラリッサのいう通りだ。
これは簡単に相談できる内容ではない。
うーむ、となると……。
やはり一度国に帰り、我が国の医師か魔導士に相談してみるのがよいかもしれん。
それよりなんだ、こうしてみるとラリッサもメローナもなかなか頼もしいではないか」
「恐れ入ります」
「恐れ入ります」
ブランシュとふたりの侍女の間に温かい視線が取り交わされる。
それにはそれでほっとはしたものの、やはり太陽のエレスチャルを外すとなると障害が多そうだ。
奈々江は兄を見上げた。
「エレンデュラ王国に戻ったとして、太陽のエレスチャルを取り出せるほどの方はいるのですか?」
「いる」
ブランシュが確信をもってはっきりと答えた。
逆に、どうしたわからないか? と視線で投げかけてくる。
「あ……、あの、誰なのですか?」
「お前の幼馴染だ」
「え?」
「ホレイシオだ」
奈々江の脳裏にゲームの情報が呼び起こされる。
攻略キャラ、隠れ攻略キャラのうち、唯一ただひとりのエレンデュラ王国出身のキャラクター。
主人公の幼馴染、エレンデュラ王国の公爵令息、ホレイシオ。
キャラのイラストではブルーグレイの大きなウェーブのかかった髪に、霞がかった宵の空のような眼の色をした優し気な青年だった。
「ホレイシオは今王立魔術師団の魔術研究室長をしている。
それでなくとも、ナナエに関わることだ。
死んでも解決方法を見つけてくれるだろう」
「……まあ、それはつまり……」
侍女のふたりが揃ってぱっと口元に手をやった。
「そうだ。
ナナエが皇太子妃候補に決まる前までは、ナナエに一番近しい相手だったのだ」
「きゃあ、悲恋ですわ!」
「ナナエ姫様!」
突如として盛り上がる侍女たちを横目にブランシュは続ける。
奈々江と目をあわせると、真剣な顔つきになった。
「ナナエ、やはりお前はホレイシオが好きだったのか?」
「え……」
突然聞かれても困る。
設定上は幼馴染とはいえ、奈々江自身は会ったこともないのだ。
しかし、この流れで行くとつまり、エレンデュラ王国に戻れば、ホレイシオルート確定になるということなのだろうか。
なんと答えればいいのだろう。
言葉を探しあぐねていると、ポンと頭の上に温かいものが振ってきた。
「すまん。
父上のように急かせるつもりでいったのではない」
「……お兄様」
「お前の結婚については、父上も俺も急ぎすぎたようだ。
お前にとって最も良い道だと思ったから、グランディア王国の皇太子妃の候補としてお前を送り出した。
だが今になって思えば、もっとお前の気持ちを聞いてやるべきだったと思う。
国外に嫁いで第三皇女として役割を果たすことは大切ではあるが、国内に残ってホレイシオ……でなくとも優秀な人物と一緒になって、エレンデュラ王国を支えていくという道もある。
俺としては、お前がそばに残ってくれたら正直うれしいのだ」
ふっと笑うブランシュを見つめながら、奈々江は兄という存在を疑似体験しているように感じた。
一人っ子の奈々江には、一緒に暮らした従兄弟たちがいる。
彼らも言葉使いが荒かったり、態度に高圧的なところがあったが、このように相手を思いやるというようなやりとりはついぞなかったように思う。
一緒に暮らしてはいたが、衝突を避け深く関わり過ぎないように、なんとかやり過ごしてきたというのが正直な感想だ。
ブランシュとは兄弟としての記憶などひとかけらもない。
だが、癖があるとはいえ自分を身内として大事に思ってくれているということが、その手の平のぬくもりで否応がなく伝わってくる。
夢の中で、ゲームの中で、現実ではないとわかっているとはいえ、それは妙に心地よく、ありがたいことに思えた。
「なんだか……、わたし勇気が少し沸いてきた気がします。
お兄様がいてくれるなら、このゲーム……いえ……、人生の伴侶となる方をちゃんと見定めることができるかもしれません」
「おおっ、そうか!
さすがナナエ、可愛いことをいってくれる!」
「……ひっ、ひいっ!
ほっぺたすりすりはやめてくださいっ!」
ちょっと持ち上げただけで、この盛り上がり様。
いい年の兄妹のスキンシップがほっぺたすりすりというのは普通なのだろうか。
残念ながら、奈々江にはその感覚はない。
奈々江にどん引きアンド全拒否されて、ブランシュは今少し落ち込んでいる。
「お兄様、今度すりすりしたら二度と口を聞きませんから」
「ぐぬ……、わ、わかった……」
少ししょげているブランシュを細い目で見たあと、奈々江は少しおかしくて笑った。
こんな兄ではあるが、まあ、いてもいいのかもしれない。
*お知らせ-1* 便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。
*お知らせ-2* 丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた
夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。
そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。
婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる



