【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

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#20、 驚異の集中力、再び

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「それで、これからどうするつもりなのだ、ナナエ」
「そうですね……。
 正直なところをいうと、わたしも太陽のエレスチャルのせいで相手の方のことがよくわからないんです。
 一応、グレナンデス皇太子殿下とのことは前向きに考えてはいるんですが、わたしはこういうことに慣れていないので、相手に翻弄されてしまって、自分の気持ちがわからなくなってしまって……。
 このままなるようになるのではと流されてしまってもいいのかもしれないと思う一方で、この人ならと思えるほど相手のことを知りませんから確信も、信頼もしきれないという感じで……」
「身元が確かなのは間違いないのだがな。となると相性の良し悪しと時間の問題か」
「それ以前に、アキュラス王弟殿下から催眠を掛けられたり、オズベルト様からべたべたと触られるのはもうやめて欲しいですし……」
「なにっ、そのような不埒な真似を!?
 オ、オズ、オズベルトォオオ!」
「お……落ち着いてください。
 わたしが自殺未遂を犯した後に一度診察してもらったときのことなので、仕方なかったんです……。
 ……でも正直、オズベルト様とは極力関わりたくないです。
 とにかくそういうことしでかしてしまうのが太陽のエレスチャルの効果なんです。
 誰が相手でもまずはその人となりがわかる程度に、普通に話しができればと思うのですが……」
「ぐおおお、オズベルトォオオ……!
 許すまじ……!」
「お兄様、落ち着いてくださいね……。
 国交に波風立てるようなことはやめてください」
「ぐぬうぅ……、お前がいうならしかたない……。
 では、やはりエレンデュラ王国に帰るか?」
「うーん……。
 少し考えたいので、時間を貰ってもいいですか……?」
「それもそうだな。ラリッサ、メローナ」
「はい、わたくしたちはナナエ姫様の侍女でございます」
「ナナエ姫様をお守りお支えすることがわたくしたちの務めでございます。
 ただ、やはりお待ちの殿方の皆様に納得してお帰り頂くためには、ブランシュ皇太子殿下からお話しいただいた方がよいかと存じます」
「それも仕方あるまい」
「お兄様、ありがとうございます」
「うむ、俺に任せておけ。お前はゆっくりしていろ。
 そうだ、なにか欲しいものはないか?
 気分転換になりそうなものを、エレンデュラ王国からいろいろとを持ってきたぞ」
「いろいろ?」

 ブランシュが部屋の外でにらみ合っていた集団を一蹴したあと、メイドたちに荷物のいくつかを開けさせた。
 中を見ると、そこには小さな小箱や木で作られた駒のようなものなどが入っていた。

「お兄様、これは?」
「お前はゲームが好きだったろう?
 ほら、これなんか特に」

 小箱のひとつを開けると、中から出てきたのは中世風に装飾彫刻を施された木製パズルのだった。
 奈々江はやにわに目を瞬いた。
 まさか、ゲームの中でゲームができるとは。
 こんなのはシナリオの中には出てこない。
 完全に奈々江の趣味趣向が影響しているに違いなかった。

「お兄様……! お兄様が来てくれて今が一番うれしいかもしれません」
「ははは、そうであろう!」
「どうだ、ナナエ! チェスで対戦しないか?」
「いえ、わたしはこのパズルがやりたいです」
「……そ、そうか……」

 箱を手に取ると、集中力はいきなりトップギアに入った。
 さまざまな形をした十五のピースをばらばらにすると、もとの木枠に納まるようにはめ込んでいく。
 納め方には数パターンあって、繰り返し何度も遊べるのだ。

「ナ……、ナナエ……。
 おい、他にもいろいろあるぞ。トランプ、オセロ、ドミノ。
 そうだ、竜騎士団の陣取りテーブルゲームやらないか?
 ふたりで、いや、ラリッサとメローナを入れて四人でできるぞ」
「……」

 もはや奈々江にはなにも聞こえていなかった。
 ただただパズルがあるべきところへ納まっていく、その繰り返し。
 その単純な繰り返しこそが、頭の中をクリアにする。
 これまでなれない恋愛ゲームでもみくちゃになっていた頭が、たった一つの事柄に集中すると、これだ! というなんともいえない爽快感がある。
 ランニングハイのように、ただひたすらに走り続けていられるような感覚。
 指先は目にも止まらぬ速さで、木製のピースをカチカチ鳴らしてあっという間に枠に埋めていく。
 完成すると、それを崩してはまた同じことを繰り返す。
 ひたすら繰り返す。
 まるで嵐が静まり海が凪いでいくように、奈々江の感覚が整っていった。
 もはや、ヨガの達人並みの集中力を誰にも止めることはできなかった。

「すぅ~……、ふぅ~……」
「ナ、ナナエ……、そろそろやめてお茶にでもしないか?」
「……」
「ナナエ姫様……」
「ど、どうしましょう……。
 もう昼食も取らずに四時間以上も続けています。
 ブランシュ皇太子殿下、ナナエ姫様はいつになったらおやめになるのですか?」
「ラリッサ……、俺にもわからん。
 これを持ってきたのは失敗だったかもしれん……」

 これも奈々江の耳には届いていないようだ。
 メローナがふと思い出したように斜め上を見た。

「そういえば、この手のパズルが王立図書館にもいくつか所蔵されていました。
 ナナエ姫様がこんなにパズルが得意なら、きっと図書館のパズルも簡単にできてしまいますね」

 おもむろに奈々江の手がぴたっと止まった。

「メローナ、そのパズルわたしにもやらせてもらえるの?」
「は、はい……」

 聞こえていないと思われた奈々江がいきなり反応したので、ブランシュもふたりのメイドもにわかに驚く。
 しかし、さすがに四時間も待ちぼうけをくらわされた三人の行動は素早かった。
 ブランシュが奈々江の前からささっとパズルを奪い、ラリッサとメローナは、がっしと奈々江の両腕をそれぞれに掴んでいた。

「ひとまず、休憩しましょう、ナナエ姫様」
「ううん、わたし大丈夫。すぐにでもその図書館に行ってみたい」
「いやいやいやいや!」
「と、図書館といっても王立ですので、許可をもらわなければ入れません!」
「だそうだ! ナナエ、とりあえずそれはまた後日にしよう」
「それならしかたないですね……」
「ナナエ姫様、お腹がすきませんか?」
「そういえばすいてるかも」
「すぐお茶を準備いたします」
「ありがとう、ラリッサ。もう午前のお茶の時間なのね」
「……どちらかといえば午後のお茶でございます……」
「えっ、あれ、もうそんな時間!?
 まだ二十分くらいしかたっていないと思ってたのに……」
「……」
「……」
「……」

 ブランシュがパズルをベッドの下にそっと隠すのを見て、ラリッサとメローナが奈々江に気づかれないように静かにうなづいた。
 秘密の共有は信頼を強くするという。
 三人の信頼が強く結束した瞬間だった。

 お茶が入った。
 ソファに腰かけ、テーブルの上に置かれたカップを取る。
 奈々江はまるで体中の酸素を入れ替えたような気分で、紅茶の香りをかいだ。

「なんだか、いつもよりすごくおいしいわ、ラリッサ」
「恐れ入ります」
「ナナエ姫様、こちらのお菓子はブランシュ皇太子殿下がお持ちくださったエレンデュラ王国のものだそうです」
「うん、メローナ、すごくおいしい。
 お兄様、ありがとうございます」
「ははは、お前の喜ぶ顔が見られてよかったぞ」

 お茶と祖国のお菓子は和やかなひと時をもたらした。
 奈々江はこの世界で食べたものの中で今口にしているものが一番おいしいような気がした。
 それはゲーム設定上の祖国の食べなれた味だからということだけなく、単純にパズルゲームに集中したおかげで、さまざまなストレスから解放され、心がリラックスしているからだろう。
 やはり、乙女ゲームの中であろうと、奈々江は奈々江なのだ。

「はあ……、おいしかった……。よしっ、パズルやろっと!」
「ちょっと待て、ナナエ!」
「ナナエ姫様、お代わりはいかがですか!?」
「まだ、こちらのお菓子を召し上がっていらっしゃいませんよ!」
「ううん、もう充分よ。パズルはどこ?」
「あんまり根を詰めすぎると体に良くない!
 そうだ、お兄様と少し出歩かないか?」
「ぜんぜん疲れてませんけど……」
「ぬっ……、そ、そうだ、お、俺がちょっと外の空気を吸いたいのだ。
 確か、グランディア王国でしか見られない紫色のバラがあると聞いたな。
 それが見たい。ナナエ、一緒に見に行こう!」
「ああ、ロイヤルアメジストローズですね。確かにとても美しかったです。
 わかりました、行きましょう。きっとまだきれいに咲いてると思います」
「おお……、そうしよう……!」

 ほっと胸をなでおろしたのはブランシュだけではない。
 ふたりの侍女も強張った笑みで、何度も頭を上下に振っていた。
 外出用のドレスに着替えると、奈々江とブランシュは供の者を引き連れて、庭を散策に出かけた。
 他国の世継ぎである皇太子においそれと軽々しく声を掛けられる者はそういない。
 四方八方から様々に熱烈な視線は感じたが、難なく庭に向かうことができた。

「お兄様が一緒だと、とても心強いです」
「ははは!  そうであろう!」
「お兄様、あちらがグレナンデス皇太子殿下に見せてもらったロイヤルアメジストローズです」
「ははは!  よかろう、よかろう」

 ブランシュは奈々江に頼られて上機嫌だ。
 可愛い妹をエスコートしている自分に悦になっている。
 辺りからは視界に入らないように忍んだ男たちの視線がビシバシと感じられる。
 どうだ、うちの妹は可愛いだろう! といわんばかりのブランシュだった。

「お兄様、バラはあっちですよ」
「これこれ、そう引っ張るでない。バラは逃げたりせんぞ?」
「えっ、引っ張ってないですけど……」
「そうかそうか、お前もまだまだ甘えん坊だなあ!」
「……え、ちょっとなにをいってるのか、よくわからないんですけど……」
「どうしてもお兄様とバラが見たいだなんて、まったくお前は可愛いことをいってくれる!」
「え……」

 そこでようやくブランシュが奈々江ではない誰かに向かって話しているのだと気がついた。

「お兄様……、ひとり芝居するのなら、わたしは帰りますよ」
「ぐぬっ、わっ、わかった!
 もうしない。もうしないから、手は、こーこ!
 お兄様から手を、はーなーすーな!」
「……子どもじゃないんですから……」

 思わずため息が漏れてしまった。
 ブランシュの腕から離した手をもう一度その腕にかけて、ようやく一行はバラのほうへ歩き出した。
 角を曲がったとき、その先に人影が見えた。
 その相手も、すぐに奈々江とブランシュに気づいた。

「シュトラス皇太子殿下……!」



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