65 / 92
#64、 シスコン再び
しおりを挟む聖礼拝堂の外に出てそれぞれにブロンズファルコンの羽根がいきわたるのを待っているとき、ふと視線を感じて振り返る。
(見られてる……? 独身の修道士かしら)
慌ててブルームーンラビットのケープを目深にかぶった。
いつもの呪文を唱えてみんなでブルーノ城に戻る。
(そうだ、セレンディアスはもう帰ってきているかしら)
そそくさと景朴の離宮に戻ろうとすると、ブランシュが呼び止める。
「待て、ナナエ。預かりものがあるから、俺の執務室によっていけ」
「なんですか?」
執務室に着くや否や、ブランシュがくいっと指で示した。
部屋の一角に、物入用の箱が五つほど重なっていた。
中には、贈り物の小箱や手紙が詰まっている。
「婚約者候補たちからのお前への贈り物だ。
一応、ライスの一件もあったのでな、怪しげな魔法や危険物質がないか調べておいた。
これらは問題ないので、持ち帰ってよい」
「え……? こ、こんなに、ですか?」
「これは序の口だ。倉庫にまだ箱が山積みだ。
しかも、今日は組曲の感想をしたためた手紙がわんさかきている。
処理しきれんから今は受け取り拒否にして突っ返しているところだ」
「こ、困りましたわ……。
わたしには正直誰が誰なのかわかりませんし、わたしにも処理しきれません。
それに景朴の離宮にこんなにたくさんのものを置いておける場所があるかどうか……」
「そのあたりのことはクレア様を頼れ。
そういうことは俺なんかよりはるかにうまくやるだろう」
「は、はあ……。でも、どうやって持ちかえれば……。あ、エアリアルポケットに入れていけばいいんですわね」
「おい、お前のエアリアルポケットではなく、ラリッサとメローナのを使え。
お前は余計な魔力を使わんでいい」
「大丈夫ですわ。このブレスレットはセレンディアスの魔力と直接つながっていますの。
わたしの魔力切れを起こさないだけでなく、セレンディアスの魔力をわたしの意思で使わせてもらうこともできますの」
「な……、お前たち、そこまで深い関係だったのか?」
「深い……はあ、まあ、セレンディアスの好意でそうさせてもらっているのですわ」
ブランシュがつかつかと側にやってくると、注意深く奈々江の左腕を見つめた。
「むう……」
「あの……?」
「お前と結婚する者は、お前だけでなくセレンディアスをも制御できる者でなくてはならんようだな。
だが、この国にそれだけの器を持つ者がどれだけいようか」
「制御……。なんだか、あまり感じのいい言葉ではありませんわね」
「ナナエ、いっそのこと、俺の三番目の妻になるか?」
「は?」
突然なにをいいだすのだろう。
奈々江だけでなく、ラリッサとメローナも口を開けてぽかんとしている。
「俺とお前は従兄妹同士だ。ライスのときと同じだがお前をいったん別の家に養子に出せば、婚姻には何ら問題がない。
俺もお前さえよければ、お前を妻に頂くことはやぶさかできない」
「……はあ? なにをおっしゃっているんですか?」
意味がわからない。
突然すぎるブランシュの意見に、全くついて行けない。
(これまでずっといい兄だったブランシュが、どうして急に候補に?
どういう発想でそうなったわけ?
そもそもブランシュはイエローゲージだし、本人にはすでにふたりも婚約者がいるのに)
ぽかん顔から困惑に変わった奈々江を見て、ブランシュがやや気遅れがちにいう。
「じ、実はライスとも相談したのだ。案外とそれが一番いいのではないかとな。
俺はお前が妹として可愛いし、側に置いておきたいと思っている。
実際問題、お前は結ばれない相手を思っているし、新しい婚約者探しにも乗り気ではない」
(てことは、一応は覚えていたのね、グレナンデスのことを……)
「しかも、お前の魔力を発展させるためにはセレンディアスの力が必要不可欠であり、ナナエからセレンディアスへの信頼も深い。
となると、ナナエ本人を守っていくだけでなく、同時に国の是非を左右するほどの魔力を持っているセレンディアスをうまく制御できなければならない。
今のところセレンディアスはナナエには従順だが、時折ナナエに対して従者以上の振る舞いを見せる節がある。
並みの胆力の男では、セレンディアスの魔力に太刀打ちできん」
(それでブランシュが、って?)
「その点、俺ならばセレンディアスを引き揚げてやった恩もあるし、次期王位継承者としての権威もある。
さらにナナエの夫ということにもなれば、よりセレンディアスを制御しやすくなるだろう」
(そんな理由で……。
ブランシュ、わたしの気持ちはとことん無視なんだね)
ブランシュがいい終わると、奈々江の暗く曇った表情に気づいて、口早に付け足す。
「け、結婚したからといって、急に関係が変わるわけではないのだぞ。
俺だとてお前のことはこれからも妹として大切にしたいと思っているし、無理やり夫婦になる必要もない。
ただ、表だっては夫婦としての形を取り、お前の魔力がこの国のものとして永続することが示せればいいのだ。
だから、お前が好きに恋人を作ることも俺は容認するつもりだぞ。
セレンディアスを将来的にお前の愛人にしてもよいのだ」
(ブランシュ……。この人、本当になにいってるの……?
それに、ライスもライスだよ……。
こんな話を、わたしのいないところでふたりで相談しあっていたわけ?
恩を着せたいわけじゃないけど、ふたりのことを思って仲を取り持ってきたのに、わたしのことはこんなふうに裏切るの?
ふたりにとって、わたしってなんなの?
わたしの気持ちは、どうでもいいの……?
わかりあえたと思っていたのって、結局わたしだけってこと?)
頭の中が急激に冷えてくる。
その冷たさが表情にまで落ちてきて、胸の中まで凍っていく。
奈々江の表情の変化に、ブランシュが気づいてぎくりとした。
「ナ、ナナエ……。どうした……?」
「……」
「わ、悪い話ではないと思うのだ。結婚すればクレア様とユーディリア様のことからも解放されるしだな……」
「……」
「と、とかく女性は身を固めねば自由もないわけであってだな……」
「……」
「べ、別にセレンディアスでなくてもいいのだぞ、ホレイシオでもいいし、その他に恋人は何人作ってもいい。むろん、子も作っても構わない。お前の魔力を引き継いだ子孫がこの国に増えるのは歓迎すべきことだからな……」
「……」
「ナ、ナナエ、頼む、なにかいってくれ……」
「……」
「う……、頼む……」
「……」
ブランシュが追い詰められていくようにどんどん顔色を悪くしていく。
奈々江は人生で初めてというくらいに、人のことを蔑んだ冷たい瞳で見据えた。
「……豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ、ですわ……」
「え? とうふ……? 死……?」
プイっと奈々江は踵を返してさっさと出口に向かう。
ブランシュが慌てて追いかけてくる。
「ま、待て、ナナエ!」
「もう口もききたくありません!」
「とうふ……!? とうふとは何だっ!?」
「豆をつぶして煮て、漉してにがりで固めて押しかためたものですわっ!」
「ちょっと待ってくれ! その、とうふとやらで俺に頭をぶつけて死ねと、そういうことか!?」
「そうですわ!」
「い、いや、待ってくれ、ナナエ!」
「ついてこないで!」
「……ナ、ナナエ……」
悲壮な顔つきでブランシュが届かぬ手を伸ばす。
奈々江は侍女らを引き連れて足早に去っていった。
後に残ったのは、強い衝撃のままに言葉を失って呆然と立ち尽くすブランシュだった。
しばらくして、エベレストがそっと主の肩を叩いた。
「殿下……」
「エベレスト……、し……、死ねといわれた……」
「はい……」
「ナナエに嫌われた……」
「はい……」
「どうすればいい……」
「……」
「……どうすればよいのだ、エベレスト……!」
「……誠意をお見せするほかないのではないでしょうか……」
「誠意とは……、とうふの角に頭をぶつけて死ぬことか……?」
「死んでどうするのですか」
「ではどうするのだ」
「……」
「俺はどうすればいいのだ……?」
「……」
ひさびさに見るブランシュの行き過ぎたシスコンっぷりに、かける言葉を失うエベレストだった。
*お知らせ-1* 便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。
*お知らせ-2* 丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる



