【完】左手だけの婚約者~Hanamun Life~一緒にワープした婚約者は、左手だけなのに最強です!?

国府知里

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37、分布地図と光と

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 翌朝、マッカリに起こされて、わたしは重い瞼を開けた。
 うわ、頭痛い……。
 マッカリが心配そうに洗顔を勧めてくれる。

「あの、ひどく目が腫れていらっしゃいますが……大丈夫ですか?」
「うん……、昨日、日本にいる友達のことを思いだしたらちょっと神経質になっちゃって……。うあ、ひどい顔……」

 洗面器の水面に映った自分の顔にため息が出た。
 あんなふうに泣きながら寝たらこうなるよね……。

「お食事はこちらにお運びしましょうか?」
「あ……、うん、ありがとう……」

 クランに一通りのことは教わっていたのか、マッカリはクランが気遣ってくれるのと変わらないくらいの対応をしてくれる。
 はあ、昨日あんなに偉そうにいろいろいってたのに、今日はこれだもんなあ……。
 わたしって、本当に頼りにならないんだもん……。
 自分でも自分に呆れるよ……。

 マッカリが食事を運んでくれたけど、あまり食べる気にもなれず少し手を付けて終わりにした。
 お膳を取りに来たマッカリが心配そうに見てきたけど、わたしは作り笑いをして、今日はひとりにして欲しいと告げた。
 なんか、あんまりしゃべる気分もないよ……。

 旬さんがさらさらと指で宙をなでた。

「日本に帰る方法を探そう」
「うん……」
「イスウエンに行ってみよう」
「そうだね……」

 わかってるよ。
 大丈夫。
 二、三日すれば、元気も出てくると思うから。
 わたしは窓から外を眺めて過ごした。
 窓の外には青々と茂る木々と、その間に滝が見える。
 あの滝まで、どれくらいだろう。
 わたしはまだ一度もいったことがない。
 行ったことがないのは、多分行ってみたいと思わなかったからだということに気がついた。
 突然のように、わたしはどこにも行きたくないんだ、と気がついた。
 日本に帰る以外は。

 わあ、やだ……。
 また涙が……。
 昨日あんなに泣いたのに。
 まだ気持ちが整理つかないなんて。

 旬さんがわたしの肩を抱くようにしてさすってくれる。
 この手があるから、わたしは境界のはざまを落ちないでいられるんだと心底思う。
 もし旬さんの手がなかったら、わたしはもう本当に生きていない。
 生きる意味も生きる強さも、きっと持てない。

 旬さんの手に頭を擦りよせた。
 今日はずっとこうしていよう。
 わたしのコップに水がたまるまで、ただ静かにしていよう……。

 ふと気づいたとき、わたしは夢の中にいるとに気がついた。
 明晰夢というやつだ。
 こんなことめったにないのに。
 
 わたしはユーファオーの樹の前に立っていた。
 夢の中では、樹と樹の周りはきらきらと光る粒子がきらめいていて、たぶん、浮はこんな感じなんだろうなと思った。
 樹に触れると、今まで感じたことのない流れのようなものを感じた。
 つながっている、という感覚だ。
 これが、ユーファオーの樹の浮、なのだろうか……。
 あんなに見て見たかった、感じて見たかった、不思議な力の源。
 でも、わたしは樹を見上げてこういっていた。

「……日本に帰して」

 夢の中なら帰れるかと思ったけれど、ユーファオーの樹はなにも変わらなかった。

「日本に帰りたい、日本に返して…!」

 幹に取りすがるようにして叫んだ。
 いつもは枝やらつぼみやらを落としてくるのに、どうやら夢の中ではなにもないらしい。
 力が抜けて、そこに座り込んでしまった。

 いつだかコルグさんがいっていたけど、浮者は戻れないというのは、やっぱり本当なのだうか。
 出ようとすると、地球でもない、ハナムンでもない別の世界に行ってしまうだろう、といっていた。
 浮って一体なんなの……?
 どうしてわたしと旬さんがこの世界に運ばれたの?
 しかも旬さんは、左手だけ……。

「あれ、旬さん?」

 いつもいるはずの肩、周りを見わたした。
 旬さんが、いない。
 わたしは夢の中ということも忘れて、パニックになった。

「うそっ、やだ、旬さん、旬さん!」

 ありえない、絶対無理。
 旬さんがいないなんて、わたしには絶対に無理。
 やだ、やだ、どこにいるの……!?

「旬さん、旬さん!」

 わたしは自分の叫び声で目が覚めた。
 目の前に、ゼンジさんとマッカリがいた。
 わたしの頬は涙で濡れていた。
 旬さんがすぐわたしの目の前に文字を書いた。

「大丈夫か? ひどい熱で、気を失っていたんだぞ」
「熱……?」
「美波浮者、とにかくベッドにお移り下さい」

 二人の手を借りて、ベッドに横たわった。
 確かに体がだるくて、頭も痛いし、妙にふわふわする。

「今薬を煎じてきますから。マッカリ、美波浮者の様子を見ていてくれ」
「わかりました」

 ゼンジさんが駆け出すように出て行き、マッカリが濡らした布をわたしの額に当てた。

「驚きました。ゼンジの元に旬浮者から浮信が行ったようです。それを聞いて、わたしも慌ててこちらへ参りました。そうしたら、美波浮者が窓辺で倒れていらして……。本当に、肝が冷えましたわ……」
「ごめんね、マッカリ……」
「わたしが甘かったのですわ。美波浮者は些細なことで体調を崩すからとクランには口を酸っぱくしていわれていたのに……。またクランに嫌味をいわれる口実を与えてしまいましたわ」
「……クランにはわたしから話すから……」
「余計なことを申しましたわ。ご心配なさらずに、今はお休みください」

 そのあと、ゼンジさんが煎じてくれた薬湯を飲み、わたしはいつものように眠気に誘われるがまま眠りに落ちた。

 その翌朝、幸いにもわたしは熱もだるさも抜けて目が覚めた。
 ゼンジさんの日々の研究さまさまだ。
 朝なのに、クランがいたことにも驚いた。

「やっぱりわたしでなくてはだめですね! マッカリでは当てになりません」
「あら、わたしだって同じ失敗は二度と繰り返さないわよ」
「ふたりとも、ごめんね。でも、朝からバチバチするのはやめてね……。……でも、どうしてクランまで?」

 クランがバッジを指した。

「わたしにも浮信が来たのです。驚きました! 美波がユーファオーの樹と話している姿が見えたのです」
「えっ、わたしの姿って……、それ、わたしの見ていた夢……?」
「はい、きっとそうだと思いました」
「わたしがクランに浮信を送ったっていうこと?」

 旬さんがすいっと前に出て、指を滑らせた。

「いいや、そうじゃない。正確には、美波の状態を知るために、俺が美波を通してクランとゼンジに浮信を送ったんだ」
「どういうこと……?」

 旬さんが少し長くなると前置きした後、せっせと黒い文字をつづった。

「美波もみなもはっきりわかってはいなかったと思うが、つぼみをつかった浮信と、俺のテレパシーは別物だ。俺はこちらの世界を浮流でしか感知できない。だから、浮流の通っていないものはまったく見えないも同じだ。色も形もわからない。ただ、音は比較的はっきり聞こえる。だから、俺の浮信は主に音声をやり取りするものなんだ。
 一方のつぼみの浮信は美波がつぼみを手渡した者とつながることのできる道具だ。つまり、美波を通しているおかげで、受け手は美波の見ているもの、聞いているもの、感じているものを受け取ることができる。みなは俺が見ているものを受け取ったと感じただろうが、そうではない。俺の浮の力を使って、美波の見聞きしているものを浮信しているというのが正しい」
「そ、そうだったの?」
「ああ、いろいろ試した結果、その使い方が最も正しいらしい。俺の思考や声を無理やり乗せることもできるが、同じ回線に二つの情報が乗ると通信精度が落ちる。だから、俺が美波の力を借りて話をするときには、美波の協力が必要だ」
「わ、わたしもちゃんと浮があったんだね……」
「ああ、わずかだが、ちゃんと浮が通っている。ユーファオーの樹は美波がハナムンの人たちと浮でつながれるように、つぼみをたくしたのかもな」
「そっかあ、びっくりだよ……」
「美波が倒れている間、俺には美波の外観的な浮や状態しかわからなかった。介抱するにも左手だけでは難しい。だから、美波に今なにが起こっているのかを、美波を通してクランとゼンジに知らせたんだ。それで、ゼンジが異変に気付いて、ここへ駆けつけてきてくれたというわけだ」

 クランは驚いたように、でも深くうなづいている。

「そうだったのですね。美波の見ている夢に違いないとは思ったのですが、このつぼみを通して届くのは、旬浮者の力と美波の力と両方が必要なのですね」
「な、なんか、夢を見られるって恥ずかしいね……。わたし、夢の中でもひとりでパニックになってたから……」
 
 クランがぱっとわたしの手を取った。

「いいえ、わたしは見れてよかったです。美波があれほどまでに地球へ帰りたがっていらっしゃったとは、わたしは思いもしませんでした……。美波はいつもわたしたちに優しく温かく接してくださるので、もうすっかりこちらの暮らしに慣れていらっしゃるものと思い込んでいました。若輩なわたしではお心を測りかねていましたこと、本当に申し訳なく思います……」
「そ、そこまでわかっちゃうの……?」

 ひえ~……、恥ずかしいを通り越して、もういたたまれないよ……。
 唐突に、マッカリがクランの上から手を重ねてきた。

「美波浮者、わたしにもつぼみをください」
「マッカリ、あなたね……!」
「わたしもきちんとお仕えしたいの。ここにいる間、そしてあなたのいない間、今日のようなことがあったとき、わたしもあなたと同じように美波浮者のご健康をお守りしたい。クラン、あなたのいいたいことはよくわかるけど、張り合うつもりはないのよ」

 クランが目をぱちぱちとさせてマッカリを見つめている。

「そ……、そこまでいうなら、わたしは……かまわないけど……」

 マッカリがわたしを見つめた。

「美波浮者、お願いします」
「うん、じゃあ、こちらこそよろしくね」

 いつものようにつぼみを旬さんにピンバッジにしてもらって、マッカリの胸に刺した。
 マッカリがバッジに触れながら尋ねた。

「ちなみになのですが、つぼみを持つ者同士での流信は可能なのでしょうか?」

 ゼンジさんが自分のバッジを指しながら、にこっとわらった。

「それは、これからやる勉強会での成果によるだろうね」
 
 それから数日後、勉強会の日程が決まった。
 コルグさんや師父の協力もクランがうまく取り付け、触りの鑑定を受けていないものを優先的に勉強会に参加させる旨も固まった。
 わたしも落ち込んでいた気持ちが少しずつ回復してきた。
 旬さんが、勉強会が終わったら、しばらく寺を空けるつもりだとコルグさんに話しているのを、わたしも納得してうなづいた。

 勉強会を翌日に控えた日、わたしは旬さんと部屋でつぼみをピンバッジに変える作業をしていた。

「美波浮者、ちょっとよろしいでしょうか?」

 珍しく、クランとマッカリがそろって部屋にやってきた。
 ふたりとも、お揃いの炊房着を身に着けている。

「美波浮者、このたれの味見をお願いいたします」
「味見?」

 マッカリがお盆の上の小皿を差し出した。
 受け取って、そのたれを指につけてなめてみると、ハナムンでは味わったことがないけど、日本では味わったことがある、でもちょっと違うような味がした。

「これ、ソース?」
「以前父の供でイスウエンに行った際、コロッケにかかっていたたれがこのような味だったと思うのですが、いかがでしょう?」
「えっ、コロッケ?」

 わたしは思わずマッカリと褐色の液体とを見比べてしまった。

「イスウエンにコロッケがあるの?」
「はい、クランから美波浮者はチョコレートとコロッケとナマハムがお好きだと聞きました。こうみえて、わたしは実は料理が得意なのです。チョコレートもイスウエンでいただきましたが、この寺には材料がございませんでした。ナマハムなるものはわたしも食べたことがありません。それで、以前食べたコロッケを再現して、美波浮者に召し上がっていただこうと思いまして、こうして今たれの試作が完成したところなのです」
「えーっ、すごいね! 確かに、ソースになってるよ! ちょっと醤油の風味が強いけど、でも、野菜の甘さとか酸味とか、うまみとかとろみとか、すごい再現度。マッカリは鋭い味覚の持ち主なんだね!」
「まあっ、お褒め頂けてうれしいですわ!」
「むう……、日本のたれとは、まこと奇妙な味なのですね……」

 クランは食べ慣れてないせいだろうか、納得していなかった様子だ。

「ほらね、美波浮者がいうんだかに間違いないってことがわかったでしょう?」
「悔しいけど認めるわ……。ただ、これはたれでしょ? 主役はコロッケよ!」

 コロッケを作ってくれようとしているのはもちろんうれしいけど、ふたりがそろってなにか作業しているなんて、すごい!
 わたしは自然と顔が緩んでしまった。

「ふたりが一緒に作ってくれたものなら、おいしいに決まってるよ!
 お寺のみんなも、きっとびっくりすると思う!」

 クランとマッカリが急に動きを止めて、わたしを見た。
 ん……?
 なんか変なこといったかな?

「ちょっと、どうするのよ……」
「どうするって……、作るしかないでしょう、人数分を……」
「ソースだけでどれだけの材料を使ってると思ってるのよ!」

 うん……?
 この様子だと、ふたりはわたしの分だけ特別に作ろうとしていたのだろうか。
 確かに、ソースから手作りするとなると、とんでもなくたくさんの材料を使うことになるだろう。
 コロッケだって、じゃがいもだけではなく、玉ねぎ、ひき肉、小麦粉、卵、油。
 パン粉にいたっては、パンから作らなければならないはずだ。
 
 わたしは苦笑して二人を見つめた。

「わたしも手伝おうか?」

 炊房に行くと、檀家さんたちが昼餉の準備を始めるところだった。

「クラン様、マッカリ、そろそろ釜を返してもらってもいいかね?」
「うん、ありがとうね、ミックさん」

 クランとマッカリがソースの入った鍋を引き揚げてきた。
 鍋を見ると、かなりたっぷりのソースが出来上がっていた。
 これだけあれば、十分人数分に足りるのではないだろうか。

「ソースは十分足りるんじゃない? あとはコロッケだね。材料は足りそうなの?」
「じゃがいもは十分あります。玉ねぎも。肉と卵も仕入れをお願いしたので明日には届きます」

 クランがてきぱきと答えた。

「パン粉はどうするの?」
「イスウエンのようにパンがありませんから、クムンにするまえの小麦のクス(ぽん菓子)を砕いて代わりにしようと思います」
「なるほど、マッカリって本当に料理が得意なんだね! 発想がすごいよ!」
「うふふ、お褒めのお言葉光栄ですわ」
「わっ、わたしだって、知ってたらそれくらい考え付いたわよ!」
「まあまあ、クラン、張り合わなくても。クランも材料の手配大変だったでしょ? ただてさえ油やお肉や卵はお寺ではたくさん使わないものなのに」
「は、はい、……人数が人数ですので……」
「どうせなら揚げたてを食べて欲しいし、明日はわたしも手伝うよ」
「えっ、いいのですか……!」
「うん、でも、作り方はわかるんだけど、釜を使ったことがないから温度調整とかがわからないけど」
「それなら、わたしたちでできますわ」

 その日は人数分の材料と計算し、檀家さんたちにもお願いして作り方の手順を周知した。
 クスの下処理を終えて、コロッケ作りは明日を待つことになった。

 その夜、いつものように旬さんと話をする。
 一日の家で一番くつろげる時間だ。

「明日は朝から勉強会とコロッケと準備があるから忙しいよ」
「ふたつも掛け持ちして大丈夫か?」
「檀家さんたちも手を貸してくれることになったし、なによりマッカリが段取りをよく把握してくれてるから、コロッケのほうは初めのところだけお手本を見せれば大丈夫そうだよ」
「マッカリ、意外と役に立つやつだったな」
「……だから、言い方」
「俺は美波を太らせてくれるなら歓迎だ」
「痩せたは痩せたけど、体調はそんなに悪くないんだよ。突然熱が出るのはいつものことだし、もともとインドア派だから日焼け止めはあれだけど、化粧品もないのに、思ったほど肌も荒れたりしてないし」
「それは毎日触ってる俺もわかる。けど、美波がうまそうにご飯をほおばる姿が見たい」
「わたしだって、旬さんと一緒にご飯食べたいよ。また旬さんのインドカレーが食べたい」
「まるとみ屋のコロッケ買い占めて美波のカレーに乗せてやる」
「あはは、それすごいね!」
 
 本当に、当たり前だと思っていた日常が今は懐かしいよ……。
 ……やばい、また気持ちが不安定になっちゃう。
 慌てて話題を変えた。

「そ、それにしても、つぼみの使い方にはびっくりしちゃった」
「美波は夢の中では浮を自覚できるのに、目ざめているとからきしだな。俺が浮信を使いたいときのために、訓練が必要だぞ」
「訓練っていわれても、なにをしたらいいの?」
「美波を通して浮信を送る訓練をしながら、それを見つけるしかない」
「そうはいっても、わたしの考えていることや感じていることまで勝手に浮信されると困るんだけどな」
「大丈夫だ、不特定多数の相手に送っている訳じゃないし、送る相手も内容も選んでる」
「だとしても、わたしにだって人にいいたくないことや見せたくないことだってあるよ」
「例えば?」
「……それは……いろいろ……」
「さきにいっておいてくれ。そうすれば、俺も送らずに済む」
「そっ……、んんん……そんなのいっぱいあるもん、一言でいえないよ」
「それなら、とりあえずこれだけはっていうのは?」

 これだけって、一個だけってこと?
 うーん、一番誰にも知られたくないことっていったら……。
 わたしの中で一番大きな場所を締めている気持ち。
 旬さんのほかには誰にも見せたくない、わたしだけの中で大事にしておきたい、愛しい気持ち。

「旬さんのことが大好きっていう気持ち……」

 旬さんの左手がぴくりと止まった。

「それは明日全員にもれなく送っておこう」
「きゃー、やめてーっ!!」

 そんなの公開処刑じゃん!
 恥ずかしすぎて死ぬよ!
 
 なんとか旬さんから、それはやらないの言質を取った。
 そのあとふたりで笑ってしまった。
 旬さん、笑わせてくれてありがとう。
 心から、大好きだよ。

 翌朝、わたしは朝食後、マッカリとすぐに炊房に向かった。
 炊房ではすでにじゃがいもが蒸し器の中でほくほくに蒸し上がっていた。
 玉ねぎを刻んで炒める組と、肉をひき肉にする組、じゃがいもをつぶす組と分かれて作業をした。
 ゼンジさんと一緒にやってきたクランも合流して、材料を混ぜ合わせて味を調え、成形をした。
 小麦粉、といた卵、下処理をしておいたクス、熱した油。
 準備が整ったので、わたしがコロッケの最終工程までを実演することになった。

「形を整えた生地を、小麦粉、卵、クスの順番でくぐらせます。少し湿らせたお箸を入れて、箸からふつふつ泡が出てくるくらいの温度で、きつね色になるまで揚げたら完成です。あ、必ず冷ましてから揚げてくださいね。爆発しちゃうので」

 一度、その手順をやって見せると、マッカリはすぐに要領を得た。
 逆に檀家さんたちは油をたくさん使う揚げ物をあまりやったことがないらしく、少しおっかなびっくりだったけど、それもすぐになれていったので、さすがは台所を預かるご婦人方だ。
 一通りの手順をみなが周知したところで、シュワシュワと音を立てて、香ばしい香りを放つコロッケが出来上がった。

「はあ~、なんだかすごくいい匂いだね。どんな味がするんだか今から楽しみだよ、美波浮者」
「楽しみですよね~! ミックさん、ソースは食べる直前にかけますからね」
「美波浮者、次はわたしにやらせてくださいな」
「わ、わたしもやってみます!」
「クラン、まずはマッカリの手順を見て、焦らずに火傷しないようにね」

 後を任せて、わたしは修練場へ向かった。
 お昼が楽しみというだけで、がぜんやる気がわいてくるから、わたしって現金なのだ。
 食べ物の力って本当にすごいね。 
 一端部屋に戻って、つぼみのピンバッヂを取ると、修練場に向かう。
 予定時間の前に続々と僧侶たちが集まって来ていた。
 
 マシンくんがわたしに気づいて案内をしてくれた。

「今日はよろしくお願いいたします。みんな昨日から今日の勉強会が楽しみで仕方なかったんです」
「そうなんだ、わたしたちもがんばるね」
「ありがとうございます。美波浮者と旬浮者はこちらで全体を監督していただきながら、つぼみでご指示頂ければと存じます」

 すでにつぼみによる浮信を経験しているマシンくん、ムラークくん、ゼンジさんがコルグさんや師父たちと何度も打ち合わせを重ねて、今日の勉強会の筋道をつけたらしい。
 その方法としては、一先ず集まったメンバーをまず似ている触りの者同士で組み分けする。
 
 コルグさん組は、旬さんの分類だと毛、綿、麻、荒い紙などの触りのグループで、ハナムンは「粗」と呼ばれている。マシンくん、サンクーくんをはじめ、武闘派のメンバーが多い。粗の触りを持つ人は比率的に最も多く、他の触りを持つ人でも、混合的に持っていたり、後天的に触りの制御によって会得しやすかったりするそうだ。また、文武共に活用に優れることから、使い勝手が良い触りだと認識されているらしい。

 旬さんが触りの区別で次々に名前をいっていく。
 わたしはそれを口頭で簡単に伝えながら、まだ鑑定をしたことがない人の触りについて、印帳にメモしておく。後で聞かれたらすぐに答えてあげられるもんね。

「バンは麻みたいなざっくりした感じだな。糸というより、風の感じだ。ケイラクはマシンと同じで綿の触りだが、形状はコルグさんにかなり近い。術を突き詰めるのは得意だが、応用はあまり利かないタイプだな」

 ときどき細かい説明を付け加えると、触りを鑑定された者たちはいっきに驚きや歓喜を表にする。ハナムンの触りの分類はおおまかに六種類だけど、旬さんの分類はそこに七つの形状を掛けあわせるうえに、旬さんには触りの音も聞こえるから、かなり複雑で詳細な情報になる。

 応用が利かないというのは、基本的な触りと形状がマッチし過ぎているので、その性質の方面に術を伸ばすのは楽だが、違った方向に成長させづらいことをいう意味らしい。
 コルグさんの場合、毛糸のような触りの特質を生かしながら伸ばしていることで、文武に強い親和性や強度が確保される一方で、ターマンさんのように心を操るような流術には全く向かない。
 同じように、水、霧、水玉の触り「露」を持つターマンさんは、やはり液状の流なので、音響や精神波動のような術に方向性を定めて術を極めたぶん、武術的な流術においては基本的なもの以外はほとんど使えないのだそうだ。
 つまり、基本的な触りと形状がマッチすれば方向性と強度が上がり、しないならしないで、術の幅や応用性が広がるということのようだ。

 うーん、知れば知るほど不思議な世界。
 でも、確かに触りとその形状や、どんな流術に向くのかを知っておくことって、ものすごく大事なことみたい。
 今日わかったことも、前回のと合わせて整理しておこう……。

 粗 ……毛、綿、麻、荒い紙。
 剃 ……プラスチック、ポリ袋、上質紙。
 圧 ……ゴム、弾性のあるビニール。
 砂 ……ザラザラ、岩、砂、粉。
 根 ……コンクリート、金属、石膏。
 玉 ……光沢のある絹、つるつる。
 露 ……水、霧、水玉。

 触りと形状の相性について。
 合えば親和性や強度が上がる。合わない場合は多様性応用性に富む。
 
 粗、圧と相性が良い ……糸、線状。面、平面、膜。
 剃、玉と相性が良い ……糸、線状。面、平面、膜。立体、塊。砂、粉。
 砂、根と相性が良い ……立体、塊。砂、粉。
 露と相性が良い ……液状、さらさら、ねばねば。風、気体。
 合わないもしくは特殊 ……波、響。

 六つの組み分けが出来たら、組に三つずつのつぼみを渡す。
 この三つを使いまわしてもらいながら、互いに治癒流術を掛け合ってもらうのだ。
 旬さんはそれを見ながら、それぞれに触りの制御についてアドバイスをする。同時に、旬さんも浮信の活用の範囲を探ったり、その精度を上げられるというわけだ。
 そして、それが慣れてきたら、僧侶たちどうしでもつぼみを使った流信を試みてもらう。さらに、遠隔でどこまで流信が送れるか、あるいは、遠隔治癒が可能かどうかを検証してもらうのだ。

 組の中で一番強力な流者が主になって、治癒流術の実演をしてみせる。
 つぼみを持つ者から、同じ組の別のものへ術をかけ、その反応を見る。
 どうやら、手に「癒」と書いて、その手を相手にかざすのが、基本的な方法らしい。
 みんな真剣なまなざしで、互いの術を注視している。
 わたしには癒しの文字がマヌーケルエンの光で青く輝くぐらいしかわからない。
 
「美波、まずはあそこの玉の組からだ」
「あ、うん!」
「初めに、俺の言葉をそのまま訳して口に出してみてくれ」
「わかった」

 旬さんが指先で簡潔な言葉を記していく。
 わたしはそれをなぞるようにハナムン語に翻訳して言葉にする。

「以前も話したと思いますが、シュトンさんとムラークくんの触りはとても似ています。同じ様なつるつるとした触りが、波のように一定の波紋を描いている。ふたりのうちどちらかが怪我をした場合、どちらかが治療に当たればほぼ間違いなく完治するだろう。それくらいふたりの触りは似ている、とのことです」

 つぼみをつけたシュトンさんがこちらをみて、にこっと笑った。
 わたしもうなづいて見せた。

「クンくんですが、槍が得意だということだったけれど、あなたは玉の触りで、なおかつ風や気体のような極めて軽い性質がある。槍よりも、弓のほうが合うかもしれない。また、遠方へ飛ばす、投げる、風に乗せる、というイメージで、治癒流術を飛ばしてみてください。多分、手をかざすよりも流を送る実感がえられるのでは」

 はじめて聞こえたつぼみの浮信に、クンくんはきょろきょろとしたあと、わたしを見つけ、頬の位置を高くしながらうなづいた。
 うん、ちゃんと伝わってるね。

「レンシューくんは、玉の中でも特に滑らかな触りをしていて、たとえるなら真珠みたいです。今は薬房での仕事が主のようだけど、あなたは工房のほうが向いているかも。ものづくり系の流術を模索してみては。御影石を磨いたり、あるいは焼き物が合いそう、とのことです」

 レンシューくんは、はっとしたように顔を向けると、アドバイスの内容が彼にとっては意外だったのか、ずいぶんと驚いたような顔をしている。
 掃除が得意っていってたけど、なるほど、磨くのが得意っていうことなのかな。
 わたしはあたらしい情報を印帳にメモした。 

 六つの組を順繰りに観察して、旬さんの指導をわたしが訳し、わたしの見ていること、しゃべっている声を旬さんがつぼみを持っている僧侶に届ける。
 全員が一度は旬さんの浮信を受け取るまで、それを繰り返した。
 ふう、これで、触りの鑑定を受けられなかったみんなが、自分の触りについて鑑定を受ける、というミッションはクリアしたよね。

 コルグさんが手を挙げた。

「それでは、次に美波浮者からお預かりしたつぼみとつぼみの間で流信が行えるかどうかを検証する。まずは、流の多い者から多い者へ、次に多い者から少ない者へ、少ない者から多い者へ、少ない者から少ない者へとやってみるように」

 つぼみが組の間でやりとりされ、コルグさんの合図で、一斉につぼみを持つ流者の間で流信が始まった。
 その瞬間、わたしの体の中から、なにかが引っ張り出されるような、激しい動きがあった。

「う、わあっ!?」

 思わず、前のめりになってふらついていた。

「大丈夫か、美波」
「う、うん……。なんか、よくわかんないけど、なにかに引っ張られたような……」

 コルグさんが来て、わたしの様子を確認してくれた。
 旬さんもコルグさんも、それぞれわたしの浮や外見に変わった様子は見受けられなかったようだ。
 わたし自身、さっき一瞬感じたなにかも、今はまったく感じない。

「なんか、別になんでもないみたい。なんだったんだろう……」
「つぼみを一気に使ったから、その影響かもな。無理するなよ」
「ありがとう、でも平気みたい」
「美波浮者、なにか少しでも疲れたりするようでしたら、遠慮なくそうおっしゃってください」
「わかりました」

 修練場にいたみんなが心配してくれたけれど、幸いおかしなことは起こらなかった。
 それぞれの組で、互いに流を送りあい、ところどころでは、できたとか、見えたという声が聞こえる。
 それと同じくらいの頻度で、僕には無理みたいだ、雑音しか聞こえない、というような声もする。
 わたしは、つぼみを胸につけたひとりひとりの顔を目で追っていった。

 「露」組の中でキンセンくんと「砂」組のトンシャーくんがそれぞれ師筆で手の甲に「信」の字を書いている。
「さっき、剃組のマキリが、つぼみだけでなく、信の字もあわせて使ったら流信が届いたといっていたんだ」
「よし、これでもう一回やってみよう!」

 ふたりはそれぞれの組に戻っていく。
 どうやら流信が使えなかった同年代同士でも情報共有がおこなわれているらしい。
 今度はキンセンくん、トンシャーくんの元にそれぞれマシンくんとムラークくんが情報を聞きに行ったようだ。

 わたしはふと、四人がみんなクルミ餅の白たれエリアの子たちだと気がついた。
 マシンくんは母親が首都マローの出身のおかげで、砂糖のはいったたれを好んでいるけれど、マシンくんとムラークくんの出身であるムネ町、その海側のヒヌカシ村のキンセンくん、その隣のシタル村のトンシャーくんは、クルミ餅分布図で行くと、白いたれでクルミ餅を食べる地域の子たちなのだ。
 わたしが聞いた限りに、クルミ餅を水あめで伸ばした白いたれで食べるのは、サイシュエンでもトラントラン一帯を中心にした西部だけだ。
 シノリ村のゼンジさんや、その隣のムカ村のミックさんも、このエリアに入っている。
 なるほど、そっか。
 出身地が近いから、同世代の中でも、特に仲がいいんだね。

 そのとき、わたしの頭になぜか、ハナムンの地図が浮かんできた。
 あれ……。
 わたし、なんか、今、すごく大事なことを思いだしそうな……。
 え、なんだろう。

 なにがわたしの記憶と引っかかっているのか探るために、もう一度さっきと同じことを思い返してみた。

 まさか、クルミ餅分布図……?
 ひっかかりそうなことといえば、四人の子どもたちが、おなじ西部エリアだということかな。 
 ちなみに、クンくんやレンシャーくんの味噌たれは、南西部の町村出身者の僧侶たちに多く、マキリくんの作った山椒入りのたれを好む僧侶たちの多くがさらに南方の地域の出身であることがはっきりしている。
 そして、ローワンさんの出身地である首都近辺では砂糖入りのシャリシャリしたたれが好まれ、カーツさんが出身の東部では餅をクルミで食べる風習自体があまりないそうだ。
 わたしの頭の中には、サイシュエン限定だが、はっきりとしたクルミ餅分布図と、僧侶たちの出身地が描き出されている。

 だって、仕事でお客様対応をしていたとき、顧客の地域性を把握するための図とかグラフをよく作っていたんだもん。
 そういう些細とも思われるような情報が、今後の営業戦略のヒントになったり、お客様が商品を選ぶ時の訳に立つこともあるのだ。
 まあ、クルミ餅分布図がなにに役立つのかときかれたら、多分なににも役立たないと思うけど……。
 
 ふと、旬さんに肩を叩かれた。

「あ、ごめん」
「見てなかったのか? ちょっと、気を失ってくれ」
「え、急になに?」
「美波の回線を使って、俺の浮信を送る方法を今コルグさんに試している。やはりうまくいかない。だから、美波はなにも考えないでいるか、気を失ってみてくれ」
「なにも考えないって……難しいな。でも、気を失う方がもっと難しいよ」
「いつもは知らないうちに気を失うのに」
「やろうと思ってやった事は一度もないよ」

 コルグさんがやってきた。

「美波浮者、わたしが睡眠導入をしてみるので、少し眠ってみてはいかがでしょう」
「そんなことが出来るんですか? すごい、流術ってやっぱり便利ですね」
「術というほどのものではありませんが、ごく軽い暗示といいますか、修行で行われる精神弛緩の方法です」

 わたしたちは一度修練場の見える回廊へあがった。
 いわれたように横になると、コルグさんがわたしの脇に座って、瞼を閉じるようにと手をかざした。
 その瞬間から急に眠気が襲ってきた。
 あれ、さっきまで全然眠くなかったのに……。
 さすが一流の流者のコルグさんはすごいんだ……。
 わたしはそう思いながら、離れていく意識の静に身を任せた。

 ふと気づくと、わたしは闇の中にいた。
 あ、これは、夢の中だ。
 コルグさんの睡眠導入がうまくいったんだと思った。
 闇の中で独りきりでも、不思議と怖さはなかった。
 きっと、勉強会が済んだら起こしてくれるだろう。

 あんまりいろいろ考えないほうがいいんだろうな。
 旬さんの浮信を邪魔しちゃうから。
 わたしは闇の中でもまた、横たわって目を閉じた。
 そのとき、不思議と背中が温かいと感じた。
 温かいは正確ではないかもしれない。
 なんか、動いている?

 目を開けて床に目をこらしたけれど、なにも見えない。
 闇の中なのに、わたしだけには光が当たっているのか、自分の手足は良く見える。
 床はただ黒い平たい床が続いているだけに見える。
 冷たくもなく、かといってはっきり温かいわけでもなかった。
 さっきのぬくもりというか、動きはなんだったんだろう。

 しばらく考えていたけど、考えてもわからないものをいつまでも気にしていても無駄だよね。
 わたしは床をなでて、なにもないことを確かめて、また横たわった。
 しばらくは眠りに落ちるか落ちないかのようにまどろんでいたと思う。
 夢の中でも寝るなんて考えたらおかしいけど。

 気づくと、自分の下に、なにかがうごめいているのがわかった。
 あれ、やっぱり、なにかある……。
 床をよく見ると、はっきり見えるわけではないのに、なにかが風で揺れるように揺らめていてるのがわかった。
 恐怖や気持ち悪い感じではなく、ただそこにあって漂っているような。
 立ち上がってみると、ようやくわかった。
 見えない揺らめきは、わたしの足元から出ていた。

 なんだろうこれ……。

 しばらくのあいだ、ただじっと揺らめきを眺めていた。
 移動すると、揺らめきはわたしの足をついてきた。
 どうやら、揺らめきの正体はわたし自身のようだ。
 もしかして、これが浮なのかな……。
 それでもはっきりは見えない。
 旬さんたちからもこんな陽炎みたいにみえているのかな。

 あ、違う、旬さんは切れた蜘蛛の巣みたいっていってた。

 それを思い出した途端、揺らめきがぱっと色づいた。
 薄い薄い薄い青。
 光というには微弱すぎる透明な光。

 あ、これが、わたしの浮なんだ……。

 初めて目にした自分の浮に、わたしは意外にもすんなりとした納得をしていた。
 驚いたり、これしかないんだと残念に思ったりするようなことはなく、ただ、ああ、これか、と感じた。

 足元では、本当に蜘蛛の糸ほどの細い光が、風で揺れているかのようにゆったりとゆらりゆらり、となびいている。
 ぼんやりとそれを眺めた。
 なぜか飽きることもなかった。
 時間も忘れて、ただ足元の無数の光の糸が揺らめいているのを見つめ続けていた。
 ……あれ、そういえば、どれくらい時間が経ったのかな。
 闇の中では時間感覚が全くといっていいほどなかった。
 ただ、勉強会が終わったら起こしてもらえるだろうから、心配はいらない。

 うずくまって、足元の揺らめきを見ていた。
 ふと、頭を上げた時、光の一筋が闇の先へ伸びているのがわかった。
 視線で追っていくと、光の蜘蛛の糸は、闇の中ぼんやりと、でも消えることもなくすうっと伸びていた。
 あの先になにがあるんだろう。
 光を追いかけてみようか、と思ったけれど、自分が動くと光も一緒に動いてしまうので、多分光の先には行きつかないかもしれない。
 この糸を手繰り寄せることが出来るのかな?
 足元に手をやって、蜘蛛の糸を掬ってみたけれど、わたしの手にはなにも引っ掛かっていなかった。
 わたしの浮だけど、触ったりはできないんだ。
 旬さんみたいに具現化できるわけじゃないからなかあ……。
 
 浮って、本当に不思議だなあ。
 みんなの流もこんな感じに青く光って見えているのかなあ。
 この光、さわれないしつかめないのに、みんなどうやって使っているんだろう。
 わたしはためしに、蜘蛛の糸に声をかけてみた。

 ねえ、どうすれば使えるの?
 それとも、わたしになにかして欲しい?
 あの光の先はどこまで伸びているの?
 そのさきになにがあるの?
 わたしの声が聞こえる?

 光の糸は、なにごともなくただ揺れているだけだ。
 ……ちがうみたい。
 そういえば、ムラークくんは、なんかお祈りしているみたいな感じだったような。
 今度は祈ってみようとひざを折ったとき、光の筋がまた一本伸び始めた。
 目で追っていくと、光が少し離れたところで止まった。
 離れたところといっても、ただやみくもに暗闇が広がっている空間では、距離感がつかめない。
 近いような、遠いような、でも、手は届かない。
 
 ふと、光の先に、ぽっと火が灯ったように見えた。
 見つめているうちに、それははっきりとしてきた。
 つぼみだ……。
 小さな炎かと思ったものは、ユーファオーの樹がわたしに託した、あのつぼみだった。

 ふしぎと、今あのつぼみを持っているのかムラークくんだというのがわかった。
 目に見えるわけでも、聞こえるわけでもないのに、あれは、ムラークくんだ、とわたしははっきり感じていた。

 今、流信の訓練をしているのだろうか。
 だとしたら、マシンくんもどこかにいるはずだ。
 そう思ったとたん、また光の糸がするすると伸びていった。
 伸びって行った先で止まると、やはり、つぼみが見えてくる。
 あれが、マシンくんだ。

 ムラークくんとマシンくんのつぼみの位置はとても近いように見えた。
 次第に青白い糸が、ふたつのつぼみを結ぶのが見えた。
 ふたりの流の触りは違うはずだけど、繋がれたのかな?
 それとも、ふたりは同郷だから、もともとつながりやすかったりして……。
 
 同郷、と考えたとき、わたしの頭にクルミ餅のことが甦ってきた。
 白いたれのエリア、サイシュエン西部。
 足元からまた光が、今度は立て続けに二本伸びていった。
 あ、あれは、キンセンくんとトンシャーくんだ。
 伸びた先のつぼみを見てすぐにわかった。

 あれ、また光の糸が伸びていく。
 するすると伸びていった先に、ぽつぽつ、と赤いつぼみが浮かぶ。
 あ、あれは、ゼンジさん。
 え、あっちは、ミックさん。
 つぼみを触ったことのないミックさんがどうして?
 それでも、わたしにははっきり、あの赤いつぼみがミックさんだとわかっていた。

 足元を見ると、揺らめいていた糸が一本、また一本と伸びていく。
 あ、クラン。
 コルグさん、カーツさん、ビアンさん、ローワンさん。
 マッカリ。
 
 糸はまるでサイシュエンの地図と同じような距離感覚で、遠くの町は遠く、近い町は近くに伸びていく。
 カーツさんは東の果てのサシュー町。
 一番遠いところにつぼみが現れた。
 ビアンさんのテリ村、その少し先にローワンさんの出身地首都マロー。
 不思議と、頭の中にあった地図の通りにつぼみがまるでランドマークのように置かれていく。
 そして、つぼみ同志がまた糸でつながって、そこからまた糸がその先の闇へとゆらゆらと広がっていく。
 
 西部から、南西部にひろがり、南部まであっという間につぼみのランドマークが立った。
 以前、僧侶たちや檀家さんたちの出身地、その土地の産業、産物を聞いて、印帳にまとめていたことを思い出した。
 そうだ、初めてマローへ旅したとき、わたしには地図がよく分からなくて、休憩の度にローワンさんたちに、サイシュエンの町や村のことを聞いていたんだった。
 そうやって聞くだけで、無機質な路線図みたいな平面的な地図だったもの、ちゃんと立ち上がってくるような気がしていた。
 あのときは旅から戻ってきたのと同時にもう頭から離れてしまっていたけど、クルミ餅の分布図が頭の中で作れたのも、このときの情報がもとにあったからだ。

 次々とつぼみが立ち上がってくる。
 あれは、パトナンさん。
 サンク―くん。
 あっちはムッタさんだ。
 さっきまで暗い闇だけが続いている空間だったのが、いつの間にか、薄い透明な光が足元から東西南北の全方位に張り巡らされている。
 まさに、蜘蛛の糸のように。

 わたし、地図の上にいるんだ。
 そうか、赤いピン。
 つぼみがランドマークになるって、このことだったの?
 わたしが出会ってきた人一人一人がランドマークピンになって、この光の地図をつくっている。

 だとすれば、あの一番初めの糸が差していた方向って、もしかして……。

 果てしなく続く光の先に、赤いつぼみが見えた。
 あのつぼみは、ハインリヒさんだ。

 そのときわたしにもわかった。
 ああ、この光をたどっていけば、イスウエンに行ける。
 
 行けるんだ。
 
 そう思ったとき、目が覚めた。

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