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39、ハナムンの摂理
しおりを挟む翌朝、わたしは布団を頭にかぶったまま、朝日が目に入るのを拒むように固く目を閉じていた。
両手で旬さんの左手を抱いていた。
汗ばんでちょっと気持ちが悪くても、離す気になれなかった。
「美波浮者、いつまでそうしていらっしゃるんですか? 具合いでも悪いのですか?」
「ううん……、悪くない……」
マッカリが起こしに来た。本日三度目だ。
さすがにいい加減起きたほうがいいだろうか……。
畳の上の寝心地が良すぎるのと、昨日旬さんと離れたくないという自分の気持ちを再確認したのと、いろいろがまじりあって、今朝の気分はかなりアンニュイなのだ……。
「ではそろそろ起きてご準備をなさったらいかがですか? 先ほどみなもう朝食を済ませましたよ」
「うーん……」
「それに、中枢からのお役人というかたもお見えですわ」
「……え……そうなの……」
わたしはようやく布団から顔を出した。
マッカリが困ったように肩をすくめている。
「美波浮者は、本当は締まりのないご気性なのですね……。それほどお酒を召し上がっていたようには見えませんでしたが。意外でした。お寺にいるときは全く気がつきませんでしたわ」
「う……。……今日だけだもん……」
「わたしに素を見せて下さるのはうれしいですが、殿方たちをあんまり待たせるのはいかがなものでしょうか。再三お待ちくださいと申し上げていますけど、中枢の方はずいぶんとやきもきされていましたわ」
マッカリがいうのだから、よほどなのだろう。
わたしはようやく重い腰を上げた。
手伝ってもらって支度を整え、旬さんにも水浴びをさせてあげた。
本当は、旬さんの手を紐をつけて縛り付けておきたい。
それをいったら旬さんが、この暑いのに勘弁してくれと宙に書いた。
しかたない。絶対わたしの肩から離れないでね、となんども念押しした。
まあ、昨日旬さんを忘れたのはわたしのほうなんだけど……。
「まあまあ、仲がよろしいようで」
マッカリがまたほほほと笑っている。
昨日一人静かに泣いていたマッカリ。
マッカリが心の内を話せる日が、きっと来ればいいと思う。
「本当に、いつもありがとう、マッカリ」
「あら、お礼なら昨日も頂きましたわ」
「うん、そうだけど、もしマッカリがなにかして欲しいことや聞いてほしいことがあったら、話してね? わたし、一応浮者だから、なにかしてあげられることがあるかもしれないよ」
「あらまあ、その言葉ありがたく頂戴しておきますわ」
本当だよ、マッカリ。
わたしたちはそろって応接室に向かった。
テーブルには、昨日連れまわしてしまったムラークくんと、少し心配そうな顔のカーツさんがいた。
奥にはハインリヒさんと、ヒエンさんが座っている。
うわあ、本当に、待たせていたんだ……。
わたしは苦笑いを浮かべて、頭を下げた。
「おはようございます。すみません、お待たせしました……」
「大丈夫なのか、Frau沢渡」
一番に声をかけてくれたハインリヒさんだったが、ハインリヒさんの目は赤くはれていた。
昨晩、やっぱり泣いていたんだ……。
わたしが見つめていると、言い訳するようにいった。
「わたしも昨日は深酒をしてしまった。あなたもつき合わせてしまって悪かったな」
「いえ……。えと、中枢の担当に方がお見えだと聞いたんですけど……」
すると、なぜかヒエンさんが立ち上がった。
「昨日、急に席を立って行ってしまったのが気になって。今日も急かしてしまったようですまなかったと思う」
「はあ……」
「僕はいくらでも待つから、ゆっくり朝食を取るといいよ」
「ええと……。あんまりお腹はすいてないですし、中枢の方をお待たせしているみたいなので」
「それ、僕だよ」
えっ……!
失礼なほど、驚きの声を上げてしまった。
だって、もっとおじさんというか、偉そうな、小難しい顔をしたお役人が来ていると思っていたのだ。
ヒエンさんはどうみても、自分と同い年くらいの若者だった。
ついでにいうと、ひとつの国、ひとつの町を管理するその中枢を努めているような、威厳らしいものは全然感じられなかった。
「す、すみません……。そうとは知らず……」
「いいんだ、らしくないってよくいわれる。髭でも生やそうかなって思ってるんだよ」
「はあ……」
髭が生えたところで、このくだけた態度で本当に威厳が出るのだろうか。
肌の色や着ている服の質は違うけれど、人慣れした柔和な雰囲気は、どことなくゼンジさんを思わせる。
ゼンジさんみたいな妙なフェチがなければいいけど……。
「その左手が、もう一人の浮者だね」
「あ、はい、大倉旬さんです」
「君は?」
あれ、昨日言わなかったっけ。
そうか、紹介する間もなく、飲み会なってしまったんだ。
「沢渡美波です」
「美波ちゃんだね、よろしく」
いきなり、ちゃん呼び……。
なるほど、そういう感じの人か……。
差し出された手を握り返そうとしたら、旬さんが間に入ってそれを止めた。
宙にはっきりと、墨たっぷりの荒々しい筆跡で、馴れ馴れしい、と浮かんだ。
思わず、うれしくて笑ってしまった。
「あれ、いきなり彼氏にけん制されちゃったよ。まいったなあ」
「あの、知り合ったばかりの人にちゃん付けされるのはちょっと変な感じがするので、できれば沢渡って呼んでください」
「ええっ、もう一線引かれちゃったよ……。自信なくすなあ。これでも僕、けっこう人から好かれる方だと思っていたのに」
でしょうね、わかりますよ……。
そんなアイドルみたいなきらきらした瞳で、しゅっとした鼻すじ、軍人のハインリヒさんと変わらないくらいの身長に、柔らかい物腰。
ハナムン風の長い髪も、高貴な着物も、浅黒く健康的な頬に、似合いすぎなくらい洗練されている。
「じゃあ、沢渡ちゃん」
「そこは、さんでお願いします」
「すげないね……」
しゅんとした顔もあざとすぎ。
自分がモテると知っている人の態度だ。
同じイケメンでも、旬さんは自分の見た目でなにか得ようとするタイプの人ではない。
むしろ見た目がいいと、あいつは見た目で得しているといわれて、努力しても認められないから、隙を作らない、人よりあと一歩考える、あと一時間頑張る、そういう人だ。
あなたは旬さんを見習った方がいいよ、と心の中でこっそりつぶやいた。
「えーと、じゃあ、ハインリヒからいろいろ報告を受けているけど、まず確認させてもらうよ。
沢渡さんと大倉くんがハナムンに来たのは、去年の夏、サイシュエンのユーファオーの樹だね」
「はい、そうです」
「トラントランに保護されて、それからすぐにイスウエンに来なかったのは、沢渡さんの体が弱かったから。一度マローまで足を延ばしたものの、浮者狙いの悪漢に襲われて、そのとき大倉くんの浮術が迎撃。町の一角が灰と化し、ふたりは従者とともにトラントランに戻ったと。間違いないかな?」
「はい」
「君はそのあとも、イスウエンに来ることなくトラントランで過ごしているよね。ハインリヒからは沢渡さんはトラントランの特にクラン・ファという女性に対して強い思い入れがあると聞いているよ」
「はい、クランには本当によくしてもらったので。でも、ここにいるマッカリやムラークくん、カーツさんも、みんなそうです。トラントランの人たちがいなかったら、わたしはきっと生きてないと思います」
「そう……、確かに君ほど浮が弱い人は見たことがないよ。浮術も使えないそうだね」
「あ、実は旬さんがいれば、わたしも少しは術が使えるみたいなんです。その、自分では使っているっていう実感はないんですけど」
「へえ、それは聞いてないな」
ヒエンさんがらとハインリヒさんを見た。
ハインリヒさんは少し肩を上げ下げした。
「わたしもそれを聞いたのは昨日再会した時だ。ヒエン殿にお話しする機会がなかった」
「そう、なら仕方ないね」
ハインリヒさん、昨日は呼び捨てだったけど、今は上層部の人として対応しているみたいだ。
「それ、僕にも見せてもらえる?」
「えっと……」
わたしは旬さんを見た。
旬さんがすいっと指を滑らせた。
「その前に俺からも聞きたい」
「なにかな?」
「本当に地球に戻る方法はないのか?」
中に浮かんだ文字を見て、ヒエンさんは一瞬目を曇らせた。
けれど、すぐにまた人当たりのいい笑顔を浮かべた。
「今のところ、帰還浮術は一度も成功していないよ。寺社奉行でも、いまだに諦めの悪い人たちが何人かいるけど。君もそのひとりかな?」
「戻れないなら、俺がそちらに行くことはできるか?」
「召喚浮術ならいくつかの成功例がある。でも、特定の物や人物を召喚するのはかなり難しいよ。ユーファオーの樹の意志に反するものは召喚できないみたいだから」
「それでもいいから、教えて欲しい。それと引き換えに、俺と美波の浮術を見せる」
「なるほど……。君は一筋縄ではいかなみたいだね。そんなに警戒しなくてもいいのに」
「その浮で、よくいうな」
「あれ、ばれてる?」
ヒエンさんがごまかすように笑った。
……旬さんにはなにが見えていたんだろう?
「仕方ない。正直なことをいうよ」
「はじめからそうしろ。時間の無駄だ」
「君もすげないね……」
「俺の利用価値を最大限まで使えるように考えることだ。ただし、美波に指一本でも触れてみろ。イスウエンごと跡形もなく灰にしてやる」
な、なんか急にどうしたんだろう。
なんでけんか腰なの?
旬さんと笑顔のヒエンさんの間を交互に目を走らせた。
周りに目をやると、ハインリヒさんやマッカリ、ムラークくん、カーツさんがそろって緊張した面持ちを浮かべている。
わたしにはなにが起こっているのかわからない。
ただ、いつものように旬さんがいいすぎているような気がした。
「旬さん、そんなことするつもりないでしょ? すみません、ヒエンさん、旬さんはちょっと言い方が過激なんです」
ヒエンさんがにこっと笑った。
「……確かに、大倉くんは過激だね。そのぶん沢渡さんがバランスをとってくれているというわけだね」
「はあ……。よくわかりませんが、わたしも旬さんも、一緒にいたいだけなんです。本心をいえば日本に戻るのが一番の望みですけど、でも、それができないなら、旬さんもハナムンに来て一緒に過ごしたいんです。わたしたちは、本当にそれだけで。あとは、浮者には役割があるようですから、それをちゃんと果たしたいっていうか、クランと約束したので、旬さんと一緒にそれを守りたいです」
「うん、わかった。ともあれ、ふたりはセットということだね」
「はあ、まあ……」
そんなハンバーガーとポテトみたいな言い方されるとは……。
ヒエンさんが居住まいを正して師筆を取りだした。
「それじゃあ、屋敷はふたりでひとつということでいいかな。場所はどのあたりがいい? 大倉くんの浮量からいけば、一等地に場所を開けてもおかしくないんだけど」
「屋敷はまだ、というか、今はいらないです。わたしたち、トラントランに帰るつもりなので」
「ああ、そういえば、そうだったね。でも、できることなら、君たちにはイスウエンに住んでほしいな。大倉くんほどの浮があれば、いろいろな浮術の研究が進みそうだし、君も興味があるだろ? それに、左手だけが召喚されるなんて珍しい事例、ほかにないんだ。大将軍も興味を持っているよ」
「大将軍、そういえば、どんな人なんですか?」
「そうだね、一言でいうなら建国の父。二言でいうなら、愛情深い人。もうひとついうなら、もう彼の命は長くない」
「えっ……、そうなんですか?」
ヒエンさんは今まで一度も見せなかった気落ちしたような、心配と諦めがないまぜになったような微妙な顔を見せた。
「浮者が長生きなのはもう知ってるよね? それでもやっぱり寿命というか、ハナムンの自然の摂理には逆らえないというのかな。もう長いこと、体調が良くないんだ」
「それは、心配ですね……」
「うん……、僕自身、大将軍にはすごく世話になってるし、できることならずっと元気でいて欲しい。彼が今のハナムンを支えている屋台骨だからね」
「跡継ぎというか、後任のかたはいるんですか?」
「それは息子ってこと? だとしたらいないよ。浮者にはめったに子どもができないから」
「そ、そうなんですか……?」
「これも、この世界の摂理なんだろうね。浮者はこの世界でいい暮らしができるってハナムン人には思われているけど、その実すごくこの世界に縛られた不幸な存在だと僕は思うよ」
ヒエンさんの口から出てきた、不幸という言葉に、どこかヒヤッとした。
「こ、子ども、できないんですか……?」
「うん。昔はそういう子どもがいたらしいけど、子どもに浮は受け継がれないし、今はまったくといっていいほど聞かないよ。ユーファオーの樹がそれを許さないんだろうね」
だとしたら、旬さんがこちらの世界に来ても、わたしたちは子どもを持てないということだ。
旬さん、子ども好きなのに……。
わたしだって、結婚してふたりの子どもを持つのは当然のことだと思っていた。
「だから正直ハインリヒがうらやましいよ。離れていたとしても、自分の血を分けた子孫がいるんだから」
ヒエンさんは自嘲したあと、優しそうな笑顔に戻った。
「僕らは永遠に家族を持てないから、浮者同士家族みたいなものなんだよ。少なくとも僕は、大将軍に息子のように接してもらってきた。君たちにも同じようにしてあげたいと思ってるよ」
その後、旬さんはヒエンさんにいろんな質問をした。
イスウエンでの浮者の暮らし、どのような権利や保障が得られるのか。
おおよそは、浮量とイスウエンにおける浮者のコミュニティでの貢献度によって、得られる地位と保障が決まるらしかった。
最低保障である旗本というのはハインリヒさんと同じ地位で、最低だといいながらも住まい、俸禄ともに充分すぎるくらいだった。
奉行所勤めは必須だが、基本的には自分の好きなところへ勤められるらしい。
すでに体系化された組織の中で、最低限の浮者としての役目を果たせばそれでいいらしく、あとの時間は自分の研究をしたり、流者や使用人に仕事をさせたり、ハインリヒさんのように自分の欲しいものを作らせたり、スポーツや芸術でもなんでも、どこかの国のセレブみたいに暮らせるらしい。
本当に、中世のお貴族様みたいに自由なんだ……。
確かに気楽そうだけど、それでいて家族を持てず、ただひたすらに長生きだなんて、いつかは退屈してしまいそう……。
正直、そう思ってしまったが、口には出さなかった。
働く喜びとかやりがいとか、そういうものも、あまりないのかもしれない。
それに、浮者同士のコミュニティがいくら家族のようだといっても、今のイスウエンにおけるハナムン人との関わり合い方がすべて正しいのかわからない。
少なくとも、コルグさんやクランは、昔のようなもっと地続きの関係性を願っていた。
ユーファオーの樹も、今の国の在り方を望んでいるのだろうか。
浮者には、子どもができない。
わたしにはそれが気にかかって仕方なかった。
「沢渡さん、沢渡さん?」
旬さんに肩をたたかれて、はっとした。
「はい……」
「聞いてなかったね? これから寺社奉行に案内するよ」
「え……」
旬さんが、親指で行こう、と誘った。
わたしは旬さんの左手を両手でつかむと、首をふった。
「あの、わたし少し旬さんと話したいので、部屋に戻ります。しばらくふたりにしてください」
わたしは旬さんと部屋に戻った。
部屋に入るなり、旬さんが指を振るった。
「どうかしたのか」
「どうかって……、わたし、子どものことで頭がいっぱいで、それ以外のこと全然耳に入らないよ」
「それはそのとき考えればいい」
旬さんはそういってくれると思った。
だけど、そのときじゃ遅いよ……。
「ううん、ちゃんと考えるべきだよ。わたし、よく考えたら恵まれすぎてたんだね。わたしはこっちに来たけど、旬さんがいてくれて、地球とつながれるし、大好きな人がそばにいてくれる。確かに、ここに連れてこれてたときはわけがわからなかったし、誰に怒ったらいいのかもわからなくて、本当につらかったけど、旬さんやトラントランのみんながいたから、自分を哀れんだり不幸だってあんまり思わずにいられたの。だけど……」
「だけど?」
わたしは頭の中で、出すのが怖い一言を出そうか出すまいか、迷った。
だって、旬さん、子どもがつくれないんだよ……。
わたしはもうきてしまった。
戻れない以上、もうどうしようもない。
だけど、旬さんは違う。
家族をつくれる。
今ならまだ、地球で……。
「わたし、寺社奉行に行きたくない」
「どうした、急に」
「だ、だって……」
旬さんがじっとわたしの言葉を待っている。
わたしの中で相反する二つの想いが綱を引きあっている。
旬さんに来て欲しい。
だけど、旬さんにとって、それは不幸かもしれないのだ。
ヒエンさんがいうように、ハナムンの摂理に縛られることになる。
今日は子どもが持てないとわかった。
明日からはもっといろんなことがわかるだろう。
もしかしたら、もっと知りたくないこともあるかもしれない……。
考えていると、泣きたくもないのに涙が出てくる。
「わたし、わたし……旬さんのことが好きなの……、この世で一番大切なの……」
「美波、どうした」
旬さんがわたしの頬に触れる。
わたしはその手に手を添えて、首を預けた。
傾けたのと同時に、雫がこぼれた。
「だって……、旬さん、子どもが好きでしょ……?」
「今はそんなことより、美波のほうが大事だ」
「そんなことじゃない、そんなことじゃないよ、旬さん……。ハインリヒさんやヒエンさんを見ていたら、そんなことじゃないよ」
「じゃあなんだ、俺にもう来るなといいたいのか?」
「そうじゃないけど……、わ、わたしにもわからないの……」
どうしたらいいの?
来て欲しい、旬さんに左手だけじゃなくて、全身で来て欲しい。
だけど、それで本当にいいの?
後悔しないの?
もし、反対の立場だったら?
旬さんは、わたしに地球に残れって、そういわない?
「わ、わたし、旬さんには家庭を持って欲しい……」
「美波がその一人目だろ。指輪を受け取ったこと忘れたのか」
「忘れてない。今もここにちゃんとあるよ。だけど……」
「だけどじゃない。俺が美波以外と結婚するなんてありえない」
「だけど、いってたじゃん……。息子が生まれたら甘やかすって。娘が生まれたら、もっと甘やかすって……」
「それは美波との子だからだ」
急に涙がぼろぼろと止まらなくなった。
旬さんもわたしも、あまり家庭に縁がなかった。
わたしは母に死なれているし、父とは連絡がとれない。
旬さんもお父さんが厳しい人で、あまり関係が良くなく、かなり早い段階で実家を出ている。
だから、わたしも旬さんも家庭にどこかあこがれを持っていた。
「わたしの勝手で、旬さんの人生を不幸にできない……」
「ほんとうに勝手だな。そんなこと美波が決めるな。俺は俺の意志でそっちへ行きたいんだ」
「だって、わたしじゃ旬さんを幸せにしてあげられないんだよ……」
「そんなことわからないだろ。少なくとも、昔は浮者も子どもを持てたとヒエンがいっていたろ?」
「そ、そうだけど……」
そうだけど、涙が止まらない。
「だったら、そっちへ行って、ふたりの子どもができるように浮術を研究してもいい」
「え……」
「そうだろ? ユーファオーの樹が許さないっていうけど、こっちだってユーファオーの樹を許してないからな。俺達を離れ離れにさせて、美波をこんなふうに泣かせて」
「旬さん……」
「だから、そんなこと二度と思うな。美波には俺が必要だ。そうだろ?」
「……」
「そこはすぐ、そうだっていえよ。傷つくだろ」
思わず笑ってしまった。
旬さんのしょぼんとした顔が目に浮かんだ。
「ごめん、そうだよ……」
「よかった。あと一秒遅れてたら泣いてたぞ」
「うふっ……、もう、笑わせないで……」
「美波に俺が必要なように、俺にも美波が必要なんだ。だから、二度とそんなことを思うな」
「……」
「そこ、すぐ返事。また泣かす気か」
……あははっ、もう、違うよ、感動して泣いてたの。
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