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39、寺社奉行にて1
しおりを挟む翌朝、朝食が始まったころ、ヒエンさんがやってきた。
ハインリヒさんが、眉間に深い溝をつくった。
「ヒエン殿……、わたしが寺社奉行へ送るといったはずですが……」
「まあまあいいじゃない。君、僕にも朝食を」
「またですか」
「だって、ハインリヒの家は落ち着くんだよ。ソーセージはうまいし、パンはちょっと固いけど」
ヒエンさんは慣れたように席についた。
「おはよう、沢渡さん」
「おはようございます」
ヒエンさんはにこにことあたりを見渡した。
マッカリが一礼して席を立った。
それに習うようにしてカーツさんとムラークくんが立ち上がった。
「え、どうしたの、みんな」
わたしがきょときょとしていると、ヒエンさんが笑顔のままハインリヒさんを見た。
「ハインリヒがハナムン人を同じテーブルにつかせてるなんて、驚いたよ」
「……Frau沢渡の従者も、わたしにとっては大切な客人なので」
「えっ、そうなの?」
わたしは驚いたのと同時に、眉をしかめてしまった。
そういえば、一昨日も昨日も、わたしはちゃんと三人をヒエンさんに紹介していなかったことに気がついた。
「ヒエンさん、紹介するのが遅れてしまって、すみませんでした。
こちらはわたしのそばで世話をしてくれるマッカリ・キリです。
そして、向かいがトラントランの僧階六級のカーツ・オトガイさん、わたしの護衛をしてくれています。
その隣が、僧階三級のムラーク・エオくんです。ハインリヒさんに頼まれた星座盤を渡すために同行しました。
三人は、わたしのとても大事な友人たちです。
トラントランでわたしは彼らと一緒にお膳を並べて食事していました。
彼らがここにいてはならないというなら、わたしも彼らと一緒に食事をとります」
「ごめん、ごめん……。そんなにつもりじゃなかったんだ。いいよ、君たち座って」
じっと見つめていると、ヒエンさんは頭をかいた。
「本当にそんなつもりじゃなかったんだよ。僕は普段から町でハナムン人たちとよく一緒に食事をするし、友達もたくさんいるよ。
ただ、ハインリヒは今までハナムン人を近づけてこなかったからさ。驚いたんだ」
ハインリヒさんが焼いたベーコンを口にした。
「わたしはヒエン殿のように誰でも同席を許すわけではない。信頼に足ると考えられるハナムン人しか認めない」
「だから、それが驚いたんだよ。ハインリヒが帰ってきて報告をうけたときも驚かされたな。以前の君と違かった。平たくいうと、ずいぶん丸くなった、そんな感じだったよね」
ハインリヒさんは少し居心地が悪そうだ。
「それって、沢渡さんのお陰だよね?」
「それは、わたしというよりここにいるカーツさんやムラークくん、それとクランのお陰だと思います」
「へえ~?」
ヒエンさんがカーツさんの首から下がっているランヤードリングを見たので、カーツさんは黙礼をした。
同じく、ヒエンさんの視線を受けたムラークくんが、すこし焦ったようにカーツさんに習った。
わたしはどうもヒエンさんの様子がいちいち釈然としない。
「あの、ヒエンさん、あんまりみんなに変な圧をかけないでください」
「え、変な圧?」
「さっきまでわたしたち美味しく朝ごはんを食べていたのに、ヒエンさんが来たら急になんていうか、よそよそしいっていうか。そんなふうにじろじろ見られたら落ち着いて食事できません」
「……そんなつもりじゃないんだけどな」
んー……、そうかなあ……。
わたしは小首をかしげてヒエンさんを見つめる。
ハインリヒさんがはじめてトラントランに来たときのように、イスウエンの浮者たちはやっぱりどこか自分たちが上っていう意識が強いと思う。
イスウエンでは確かにそうなのかもしれないけど、わたしは違う。
自分一人ではイスウエンに来ることすらできなかったはずだし、マシンくんとゼンジさんがわたしを見つけてトラントランに連れ帰ってくれなかったら、本当に森で死んでいたはずだ。
だから浮者が仮に立場が上だったとしても、絶対そんなふうには思えない。
その恩があるということだけでなく、トラントランの人たちは勤勉で親切で、思いやりがあり、節度がある。
コロッケや生ハムなんか知らなくたって、精神的な教養の深さや人間性は現代日本でのうのうと暮らしてきた私よりはるかに上だ。
「てへ。そんなに見つめられたら照れちゃうな……」
てへ、て……。
漫画ですか。
ていうか、そんなつもりで見つめてませんけど。
「あっ、ようやく来たね。僕の朝ごはん」
なんだかんだ、マイペースだな、この人……。
ハインリヒさんを見ると、肩をすくめるだけだった。
食事が終わると、庭に出るように言われた。
わたしたちは靴を履いて、庭にそろった。
わたしはハインリヒさんの隣につくと、ひそひそと声をかけた。
「あの、イスウエンの浮者はやっばり、上の人には下の人は逆らえないんですか?」
「……まあ、そうだ」
「例えばなんですけど、上の人に、あなたの使用人気に入ったからくださいっていわれたら、断れないってことですか?」
「まあ、そうだな。マッカリの心配をしているのか?」
「三人共です。わたしじゃ見ても相手の浮の強さがわからないですし、わたしみたいに浮者じゃないみたいな浮者、なんていうか下に見られそうで。その、なにかあったとき、三人を守れるかどうか不安で……」
「Dr大倉がいるから大丈夫だろう」
「それはそうなんですけど、旬さんはこちらの物理的なことははっきり見えないので、いつもちょっとやりすぎちゃうんです。シールドとシェルターはわたししか付与されていないし……」
ハインリヒさんは少し遠い目をした。
あのときの独房を思い出しているのだろうか……。
「そうか……、Frau沢渡はそう思うのだな。ならば、一昨日話していたつぼみを使ったらどうだ? あれならDr大倉の付与がつけられるのではないか?」
「そ、そうですね!」
念のため、つぼみをみっつ持ってきてよかったよ!
ふたつはムラークくんとカーツさんのため。
ひとつはなにかあったときのための予備だ。
うっかり他者の手にわたって、つぼみが枯れてしまう可能性も考えたからだ。
わたしは荷物の中からつぼみをふたつ取り出すと、旬さんにお願いした。
「美波と同じカウンター、シールド、シェルターを付与したぞ。あとは、つぼみをつけている限り、どこにいるかわかるし、浮信もつながる」
「ありがとう、旬さん!」
わたしは三人をそばに呼んだ。
つぼみをひとりずつに手渡しながら伝えた。
「あの、これお守りだと思ってつけておいてください。なにも起こらないのが一番ですけど」
「美波浮者、す、すごい浮の量なのですが……」
カーツさんがつぼみを両手で受け取っている。
「そうなんですか? わたしには見えないのでわかりません。とりあえず、わたしのシールドとシェルターと同じものが付与されています。ムラークくん、どうしたの? 震えているよ? わたしがつけてあげようか?」
「お、お……恐れ多くて……」
結局カーツさんも自分でつけられず、わたしがつけてあげた。
最後にマッカリの胸についているつぼみに旬さんに浮をかけてもらった。
「マッカリあのね……」
「はい」
わたしはマッカリとふたりで向き合った。
「わたし間違っているかもなんだけど……」
「はい……」
「このつぼみはマッカリを守るためのものだよ。だけど、ハインリヒさんがいっていたけど、もしかして、あなたを欲しがる浮者がいるかもしれないと思ったの。浮者なら自由に使用人を選べるって。マッカリはイスウエンでやっていくだけの才覚があるとも。つまり、なにが言いたいのかっていうと、マッカリがもしも、誰かほかの浮者の元で働きたいって思ったら、そのときはわたしに教えて欲しいの。本当ならトラントランに絶対連れて戻らなきゃいけないってわかってるんだけど、その……」
「わたしの心配をしてくださっているのですか?」
「マッカリはもう十分みそぎを果たしたと思う。マッカリが幸せになれそうだと思うのなら、尼寺ではなくても、ほかに道があるのなら、それは許されてもいいんじゃないかと思って……。わたしと旬さんはまだイスウエンに住むつもりはないから、マッカリを雇ってあげられないし……。ほんとは側にいて欲しいけど、あなたは若いし、頭もいいし、あなたの幸せはあなたの心が決めることだから」
「美波浮者……」
マッカリはつぼみに手をやったまま、うつむいた。
マッカリの心はマッカリにしかわからない。
いろんな町のいろんな人や価値観を知っているマッカリが、尼寺に納まるのかどうかはわたしにはわからない。
ただ、少なくても、マッカリには幸せなることを絶望しないで欲しいし、幸せを願っている人がいるとも知ってほしい。
夜中一人で泣かずにはいられないとしても、ほんの少しでも希望があってほしい。
わたしのわがままだろうか……。
「お許しください」
「え?」
突然、マッカリに抱きしめられた。
意外すぎる展開に息をするのも忘れてしまった。
びっくりした!
お許しくださいなんていうから、どんなびっくり告白があるかと構えちゃったよ……。
「うれしいですわ、美波浮者」
「そう、よかった……」
マッカリの背中をぽんぽんしてあげた。
またちょっとお姉さんになった気分。
腕を解いたマッカリが、品よく目じりの涙を拭いた。
「もしそんなお話があったら、相談させてくださいませ」
「うん。わたしはマッカリの味方だからね」
「でも、今のところ一番お勤めしたいのは、美波浮者と旬浮者のお屋敷ですわ」
「今のところっていうのが、マッカリらしい」
横を見ると、顔をそむけたカーツさんと、顔を隠したムラークくんが、そろって、もう終わりましたか? と尋ねてきた。
うん、いつものことながら、ごめんね……。
でも、今日のは予測できなかったよ。
「それでは準備はいいかな」
ヒエンさんが自分の側に来るようにといった。
その輪からハインリヒさんが外れていた。
「ハインリヒさん、行かないんですか?」
「わたしはヒエン殿に引き継ぐまでの役目だ」
えっ、そうなの……?
なんか急に不安なんですけど……。
思わず口走っていた。
「一緒に来てもらえませんか? わたしたちだけじゃ不安なので」
「しかし……」
「まいったなあ。僕、そんなに信用ないかな?」
ヒエンさんにじっと見つめられたけど、わたしの気持ちは変わらない。
ハインリヒさんなら、大っぴらには態度にしなくても、カーツさんやムラークくんを助けてくれそうな気がする。
そもそも、お守りとはいってもカウンターは起こらないほうが絶対いいのだ。
浮者との緩衝材になってくれそうな人は大事だ。
「来てもらえると心強いです」
わたしがきっばりと意見を替えなかったので、ヒエンさんが折れてくれた。
「じゃあ、ハインリヒもおいでよ」
「は、では」
ヒエンさんが袂から師筆を出した。
そういえば、昨日も師筆を取りだすところまでは見たけれど、使うところを見るのは今日がはじめてだ。
わたしたちが興味津々の目で見つめていると、ヒエンさんがちらりとつぼみを見た。
「そのつぼみ、なんの浮術?」
「えーと、それはお守りです」
「……その浮量、絶対お守りの怒りに触れたくないなあ」
「だとしたら、効果ありってことですね」
わたしがにこっと笑ったら、ヒエンさんとハインリヒさんが、ぎょっとしたまなざしを向けてきた。
あれ、なんか間違ったこといったのかな……。
「あとで教えてくれる?」
「旬さんがいいっていったら教えますね」
「……手ごわいなあ……」
ヒエンさんが宙に「円」と書いた。
初めて見る漢字だ。
円の字がクルっと回ったかと思うと消えた。
きょろきょろ見渡すと、みんな下を見ていた。
足元に大きな丸ができていた。
砂をえぐって引いたような線ではなくて、砂を盛り上げたような線だった。
見ているうちに、大きな丸の中に小さな丸ができてくる。
それは、ひとりひとりを囲うかのように砂で線が盛り上がっていく。
思わず後ずさりしてしまうと、ヒエンさんがわたしの腕を掴んだ。
「小さい円から出ないで」
「は、はい」
「少し砂が舞うから、顔を覆うか、目をつぶっていた方がいいよ」
いわれたとおり、目をつぶって顔を覆った。
「もういいよ」
え、もう?
目を開けたとき、そこは見たことのない建物の中だった。
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