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17、ランドマーク
しおりを挟むトラントランを離れてしばらく、わたしは右手で旬さんの手を握り、左手で涙をぬぐった。
馬を引きながら、マシンくんがなんども声をかけてくれた。
「美波浮者、大丈夫ですよ。僕たちがお守りしますから」
「うん、ありがとう。ごめんね、もう泣き止むね……」
ちょっと恥ずかしいな、わたしのほうが大人なのはずなのに。
トラントランに帰ってくるときは、きっと笑顔で帰ってこよう。
無事に行って帰ってきたよありがとう、っていえるように。
朝方出発し、三時間ほどで森の小道を抜けた。
退屈しないように、マシンくんが道の説明してくれる。
「今日は左へ行きますが、右へ抜けて半日ほど行くと、ユーファオーの森です」
「地図で見るのと実際に行くのって、感覚が違うんだね」
「思ったより遠いですか?」
「ううん、そうじゃなくて、地図の上の森って平面だけど、実際の森は道に沿って左右にふれたり、坂があったりするでしょう? みんながいるから安心してついて行けるけど、ひとりだったらもう迷子になっていそうだよ」
「田畑に出れば、また様子が変わりますよ」
マシンくんのいった通りだった。
近くの村に続く開けた所へでると、視界が左右に広がり、ぐんと背伸びした稲穂が目に青々とまぶしい。空と雲と鳥の声が映画みたいに広がった。
「わあ……、暑い……」
感嘆も出たけど、暑さの方に負けた。
日本でも都会を出たことのないわたしにとって、田園風景は目に新鮮で胸がすっとするけど、それ以上の暑さに皮膚が驚いてしまった。
森の中は木陰で心地よかったけれど、立木のない道は直射日光が降り注ぐ。
「美波浮者、笠をどうぞ」
ゼンジさんが差し出してくれた。
よかった……、馬から落ちるまで観察されるのかと思った……。
太陽が上昇するにつれて、気温はさらに上がる。
ゼンジさんが定期的に水を勧めてくれなければ、昼まで持たなかった。
木陰に入って昼食を取りながら、この後の道のりについて耳を傾けた。
「この後は山道に入るので、また日陰になります。山を出る前に一度休憩をして、ふたつ村を抜けます。三つ目の村の寺が今日の宿です」
わたしはただうなずいた。
頭の中には電車路線図みたいな感じで、トラントラン、森、山、村その一、村その二、今日の宿。
線路と停車駅みたいなイメージしかまだない。
ローワンさんがしゅっとした柳のような目で見つめる。
「大丈夫ですか?」
「はい、わたしはまだ全然……。それより、マシンくんとケトーの方が……」
「僕は大丈夫ですよ。ケトーもさっきちゃんと水を飲ませましたから」
「えっ、そうだったの? わたしも世話しなきゃいけなかったのに」
「はじめからそんなに気を使っていると、長く持ちませんよ。もっと気を楽にしてください。そのために、わたしたちがいるんですから」
そっか、ローワンさんのいう通りかも。
どうせ、わたしひとりが気を回してみたって、できることなんかたかが知れてる。
もっとみんなを信頼して、預けてみよう。
もっとみんなのことを聞いてみよう。
「あの、ローワンさんは、なんども首都に行っているんですか?」
「わたしはマロー出身ですので、里帰りも含めれば、かなり足を運んでいます」
「ローワンさんも都会っ子なんですね」
「トカイッコ……とはなんですか?」
「町生まれの町育ち、ですかね。わたしも日本にいたときは、街を出たことがなかったので」
「なるほど。それなら、カーツもトカイッコですね」
カーツさんが、そうだというようにうなづくと、ビアンさんが、にまっと笑った。
「カーツの出身は東の果てのサシューという町で、マローとは比べ物になりませんよ」
「ビアンのような田舎者がそれをいうか」
「いやいや、僕はテリ村の生まれだけど、マローのすぐ近くだから、育ちでいえばトカイッコの部類なんだよ」
「テリ村だ。む、ら。なんの特色もない」
「サシューだって、わかめとこんぶくらいしか産業がないじゃないか」
「干しタラと、シジミもある」
「それなら隣のマシナ村のほうが盛んだ」
なんか、思ったより会話が弾んでる。
わたしは袂から印帳と矢立を取り出した。
忘れないうちにメモメモ……。
「えと、カーツさんの出身のサシューはわかめとこんぶ、干しタラとシジミ。マシナ村も同じ様に水産が主流なんですね。
ローワンさんがマロー出身で、ビアンさんはその近くのテリ村」
「そんなこと書いてどうするんですか?」
「どうするわけでもないけど。マシンくんの出身は?」
「僕はトラントランに近いムネという町です。サシューよりも人口が少ないので、僕もトカイッコではありません」
「僕はムネの隣のシノリ村」
「あたしは、これから行くムカの村だよ」
「マシンくんはムネ、ゼンジさんはシノリ村、ミックさんはムカ村」
うん、いいかんじ。
頭の中に画一的な路線図しか描けなかったのが、人物と組み合わさるととたんに立体的に感じられる。
23区も路線図だけだと頭に具体的なイメージをあんまり描けないけど、ランドマークや好きなお店があると、その駅や路線を身近に感じるもんね。
本当は地図アプリみたいに目印のピンを打てたら一番いいんだけど。
「こんなことなら、みんなの出身地も聞いておくんだったなあ」
「ある程度なら、僕わかりますよ」
「え、ほんとう?」
マシンくんが小坊主くんたちの出身地を上げていくと、今度はカーツさんが同世代の僧侶たちの出身地を教えてくれた。
ローワンさんが年かさの僧侶たちの出身地を話してくれた後、ミックさんとゼンジさんもよく来る檀家さんたちの出身地を教えてくれた。
すごい、みんなよく知ってる。
会社でも、誰がなに県出身かなんて、そんなに何人も知らない。
ハナムンの人にとってはこれくらいの距離感が普通なのかな。
それとも、こういう自然豊かでゆったりとしている土地だから?
そういえば、部長は毎年夏になると、高知県人会とかいう集まりがあるっていってた。
人との距離感を取らないと暮らしにくい人口密集地で育ったわたしには、ちょっとわからない感覚だ。
改めて印帳に書かれた名前を一つ一つ目で追った。
こうやってみると、離れていてもトラントランのみんなのことを近くに感じる。
ミックさんが印帳をのぞき込む。
「なにが面白いんだい?」
「みんなのこと、もっと知りたいなあって思って」
「へえ、そうかい。そんなら、あたしの家族の話でもしてさしあげようかね」
「わあ、ぜひ!」
休憩や宿泊の旅に、みんなの話を聞いて、印帳に書き込んでいく。
今までは感謝だけしかなかった人にも、人となりが見えてきてなんとなくふくらみができてきた。
ミックさんは嫁入りして一年目に旦那さんが亡くなって、その家の次男と再婚した。けど、次男の方がイケメンだったので、正直ラッキーって思ったらしい。
ローワンさんはマローでもかなり裕福なうちの出身で、僧侶はあまり賛成されていない。今でも僧侶をやめて、事業を手伝って欲しいと望まれているそうだ。
ビアンさんは幼いころから行商人の叔父の話を聞くのが大好きで、いつか村を出て、いろんな領地に行ってやろうと思っていた。それがまさか僧侶になるなんて、今でも自分が一番驚いているんだって。
カーツさんは漁師の父の元に育った。本人は当然跡を継ぐつもりでいたが、ある日突然父親から寺へ入るよういわれたのだという。体の大きさに加え、流の力も大きかったので、漁師ではその力を持て余す。僧侶になって人様の役に立ってこいといわれたそうだ。
夜寝る前には、その日あったことやみんなから聞いたことを、旬さんと話す。
みんなと話している間、ハナムン語がわからない旬さんは、じっと黙って聞いているしかない。
わたしは一通りのことをまとめて夜話すことにしているのだ。
雲のない夜は星座盤で星を見るのも忘れない。
旅の途中でローワンさんに方位磁石の使い方も教わった。
ハナムンの磁石は東西を指す。
これでもし道に迷っても、大丈夫なはず。
そんな日が起こらないことが一番いいけど。
同室のミックさんには、聞きなれない日本語でぶつぶついってるけど、旬さんとしゃべっているので、気にしないでといってある。
動く左手を間近に見て、ミックさんも初めはちょっとびくびくしていたけれど、今ではもうなんの気にもしていない。
ミックさんの順応性の高さには、本当に感心する。
「道のりはもう半分のところまで来たよ。コルグさんの鞍のお陰で、馬での移動もつらくないし、みんなと打ち解けてきて楽しいし、旅に出るのをあんなに怖がってたのがうそみたい」
「それをきいてあんしんした。じしんになったな」
「うん、そうかも」
その七日後。
楽しい心地のままわたしたちはマローについた。
マロー、忘れられない町になるとは、このときわたしはまだ知らなかった。
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