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19、パニック
しおりを挟むその日の午後、わたしたちは市場を見に行くことになった。
コルグさんから、ハナムンでの一般的な暮らしぶりを見てくるようにとアドバイスをもらっている。
中央付近の店通りや屋敷通りは治安もよく、僧侶たちがぞろぞろいてもおかしくないというので、わたしたちはこぎれいな格好に着替えてでかけた。
逆に、外周地や町はずれへ行くときは、いつもよりいいものを着ていく方がいいという。
身分の違いをはっきり見せておいた方がトラブルに巻き込まれにくいのだそうだ。
よくわからないが、慣例に従っておくのが無難だろう。
結局、数日間の滞在の間、町のいろんな区画をまわってみたけど、城下の街でも平民が暮らす区画あたりがなんとなく空気が合うような気がした。
なにせ、生まれはただの一般人なんだから、当然といえば当然。
知らないうちに、町の権力者という人や、大名の使いという人たちが、なんどか寺を訪ねて来ていたらしい。
みんな耳が早いと思ったけど、どうやらこの世界にもかわら版や新聞のようなものがあるみたい。
それにしても、地味な枯れた服装なのになぜだろうと、不思議に思っていたら、複数の僧侶たちに囲まれている図が町の人に物珍しく映ったからだったそうだ。
サイシュトランの住職に、大名家からのお誘いを受けられてはと勧められた。
「あんまり気乗りしないなあ」
「そうかもしれないけど、イスウエンの大将軍に会う前、この世界の権力者の様子を知っておいた方がいいんじゃないか?」
「旬さんがそういうなら……。でも、大名家の人たちにも鑑定を頼まれたらやだなあ」
「お礼品を持ち帰るのは俺じゃないから、俺は全然気にならないけど」
「またそういうこという。わたしは権力に振り回されそうでやだよ。わたしが役立たずってわかったら、旬さんと引き離されちゃうかも」
「それは困るな。確かに慎重さも必要か」
「あっ、役立たずは否定しないんだ?」
「美波が勝手に言ったんだろ。俺はそんなこと思ってない」
「旬さんが翻訳できるようになったら、わたしの通訳いらなくなっちゃうもんね?」
「なにナーバスになってるんだよ」
「だって、旬さんがいなかったらわたし生きていけないよ。日本とのつながりもなくなっちゃうし、夜中誰としゃべればいいの? さみしくて死んじゃう」
「日本に帰る手立てを見つけるために、留洞について尋ねるために、大将軍に会うんだろ?」
「う、うん……」
「ま、そうはいっても、俺もまだ術を使えるわけじゃないしな。今回は見送るか」
「ほんと? よかった……」
「ここまで来れるとわかっただけでも上出来だ」
「えへへ、もっと褒めて」
旬さんが筆をおいて、わたしの腕から上ると、よしよしと頭をなでてくれた。
旬さんとたっぷり触れ合った後、わたしはお誘いを受けないことをローワンさんたちに伝えた。
「それで、ローワンさん、あと何日位で帰りますか?」
「大名家のお誘いをお断わりするのですか?」
「はい。……え?」
ローワンさんは目を見開いた。
カーツさんやビアンさんも顔を見あわせている。
「えっ、なにかまずいんですか? わたしまたなにか、へまするところでしたか?」
「いえ……。美波浮者と旬浮者はイスウエンに行くことを希望していると聞いていたものですから」
「えっと、それはそうなんですけど、そこまでの自信はまだないですし。今回マローの町を見るっていうミッションクリア、つまり試練突破したので」
「そうでしたか……」
あれ……?
みんなの反応の意味がいまいちわからない。
よくわからないままでいると、後でミックさんが教えてくれた。
「みんな、美波浮者がマローに残ると思ってたんだと思うよ」
「えっ、残る? なんでですか?」
「中央に行きたいんだろう?」
「はい、でも、そんなすぐのつもりじゃあ……」
「コルグ様やクラン様も、みんなそのつもりで送り出したんだと思うよ」
「ええっ? そんなの、聞いてないです!」
ミックさんがこの旅の同行を打診されたときの印象はこうだったという。
浮者であるわたしと旬さんは、ハナムンの中心地イスウエンに行き、大将軍に会いたいと願っている。
ハナムンの一般的な生活様式や、マローの生活水準、また、大名ら権力を持つ者たちから浮者が受ける待遇。
そういうものを目にすれば、窮屈な寺で過ごすよりも、大きな町で、それも大名の庇護の下で暮らすほうがいいと願うだろう。
そして恐らく、マローの大名家にとどまることは、イスウエンに行くための布石となるだろう。
「だから、わたしやゼンジ、あとカーツ様とマシン坊は帰ることになったと思うけどね、ローワン様とビアン様は、イスウエンまで同行するようにコルグ様からいいつかっていたと思うよ」
あれれれれ……。
ううう……ん……。
でも、それであの微妙な表情か。
「サイシュエンを出るには大名が発行する交通証が必要だしね。断わってよかったのかい? 心証を悪くしたら、発行してくれないかもしれないよ」
「えっ……! 大名ってそんないじわるなんですか……」
「大名にかぎらず、偉い奴には因業な奴が多いからねぇ。コルグ様は違うよ。でも、そうしたら旬浮者の力でぶんなぐっていうこと聞かせてしまえばいい話か」
「そ、そんなことしませんよ!」
そもそも術式のできていない旬さんには、そんなことはできないし。
ああ……、失敗したかなあ……。
会ってすぐ帰って来るだけなら、お誘いを受ければよかったのかも。
もし鑑定を頼まれても断わればよかったんだし。
でも、断ったことにへそを曲げられたら同じこと?
うえー……、もうわからないよ。
旬さんに相談しようかと思っていると、たった今住職に断わりに行ってくれたローワンさんが戻ってきた。
「美波浮者、それでは明日ここを発ちたいと思いますが、他にやり残したことはございませんか?」
「わたしはないですけど、あ、旬さんが。まだ見世物芸人を見ていないって」
「芸人ですか……」
わたしたちは平民街に向かうことにした。
ビアンさんによると、マローの人たちは新しいものが好きで、初物が出回る時期や、新しい店が開店したときなどは見世物芸人もよく出るのだという。
「夏の終わりじゃスイカや冷やし飴は珍しくないし、米の収穫には早いし……。祭りの時期でもないしなあ……。もう少し下ってみますか。子ども向けの飴売りなんかが、ときどきちょっとした芸をやっていることがあります」
ビアンさんの案内で、通りを練り歩く。
店構えのある通りから、露店通りへ下っていく。
かなりの人出だ。
ここは露天通りの中でも一番店数が多いところらしい。
せっかくここまで来たんだから、旬さんのヒントになるような、芸人さんがいればいいなあ。
ふと、露店の一角にかんざし屋をみつけた。
金属と木と二種類あり、珠や花などがあしらわれている。
あ、この紅い花、クランに似合いそう。
「お嬢ちゃん、試してみるかい?」
「い、いえ、お金ないので」
あっ、そうか、鑑定のときのお金、少しもらっておけばよかったんじゃん……!
わたしって気づくの遅い。
うう、でもいい、帰りにたくさん貝殻拾うもん。
貝殻で、こういうお花つくれるもん。
いつの間にか隣に来ていたのはカーツさんだった。
「美波浮者はこういうのがお好みですか?」
「いえ、この紅いのがクランに合いそうだなって思っただけです」
「これはクランの花です」
「あっ、これがそうなんだ!」
一見蓮にも似た形だが、丸まり具合と色からいくと、紅い椿っぽくもある。
日本では見たことがないが、お菓子の風味づけになっていたり、かんざしになっていることからすると、ハナムンの人々にとっては親しみ深い花のようだ。
クランの名前を出したせいか、カーツさんがかんざしを取り、しげしげと見つめている。
細いかんざしを持つ手の付け根には、ピンポン玉くらいの大きさの数珠がある。
というか、この大きさを数珠と呼んでいいのかわからないけど。
「そういえば、カーツさんのその数珠……っていうか腕輪? 他の人より大きくて立派ですね」
「これは数珠ではなく、鍛錬のためにつけている重しです」
「え、おもし……」
武闘派のカーツさんは日ごろから鍛錬のためにこれと同じものを足首にもつけているのだそう。
あ、そういえば、その首から下げているのも同じですね……。
ひとつつまんで持たせてもらったら、多分缶コーヒー一缶、二百グラム位かなと思う。
まあそうだとして、片腕が八個だから、一.六キロくらいか。
なかなかのトレーニングですよね……。
わたしは聞いているだけで息が切れそう。
「軽い木から初めて、だんだんと重くしていきます。これは泥を固めてもので、次の重しは石で製作しているところです」
「じ、自作なんですね……。すごい大変ですね……」
「いえ、すべて自己鍛錬の一環ですから」
「その色は土の色なんですか? 白と黒、かなりはっきりした色ですね」
「これは顔料です。寺の裏山で採れる石を粉にしたり、貝殻を粉にしたものに膠を混ぜて作ります」
「え、絵の具も手作りなんですね!?」
レ、レベルが違い過ぎる。
わたしのミサンガや手作りアクセサリーなんて、手作りのうちに入りませんね……。
恐れ入りました。
でも、これがクランの花か。
ちょっとイラストを描いておこうかな。
「しまった、ビアンたちとはぐれます。行きましょう」
「あ、はい」
そういわれて出したばかりの印帳をしまおうと袂を広げたら、うっかり落としてしまった。
親しまれてる花なら、またほかの場所で見かけるかな。
あ、お寺に戻ってシュトンさんに聞いてみよう。
植物辞典とかがあるかも。
顔を上げたとき、目の前からカーツさんの姿が消えていた。
「あれ?」
まさか、はぐれた?
あんな大きい人を見失うなんて。
いやいや。
わたしは前方を見わたした。
あ、ほらいた、カーツさん。
そちらに進もうと思ったとき、ちょうど人波にさえぎられてしまった。
ぶつかりそうになったので、一歩下がって軽く頭を下げた。
もう一度見たときに、カーツさんの横顔は消えていた。
「あれ……」
ちょっと、置いてけぼり?
やだよ、こんなところで、ひとりなんて。
いや、でも、わたしだって子どもじゃない。
大丈夫、ハナムン語も話せるんだし。
大丈夫、落ち着いて。
わたしは一息ついて、もう一度あたりを見わたした。
みんなもわたしがいないことに気がつけば、探してくれるはず。
少し人込みを避けて、落ち着こう。
このかんざし屋の側にいればきっと大丈夫。
そう思って、露天商の脇のよけた。
旬さんに話しかけたかったけれど、動く左手を取り出して、変な注目を集めるのは嫌だった。
袂の中の旬さんと手を握りあって、わたしは心を静めた。
旬さんがついてる、大丈夫。
しばらくたたずんでいると、マシンくんの声が聞こえた。
美波浮者、と呼ぶ声。
よかったー……!
ほっとして、息をついた。
その声のするほうへ行こうとしたとき、大きな壁がぶつかってきた。
いったっ!
思い切り鼻をぶつけてしまった。
「す、すみませ……」
次の瞬間、わたしの目の前に見えていたのは、雑踏を行く人々の足を背景に、大きな男の靴が速足で歩く映像だった。
えっ……なに!?
一瞬にして天地がひっくり返っていた。
なにが起こったのか理解できるまでにそんなに時間はかからなかった。
それなのに、わたしの声は誰にも届かなかった。
まるで荷物みたいに腰から宙づりに掴まれて、そのままどこかへ連れていかれた。
抵抗しようとすると、上から布がかぶせられた。
頭がパニックになった。
うそっ……!
嘘でしょ!?
マシンくん、ローワンさん!
みんな……!
助けて……!!
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