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JK探偵・小野田怜奈の事件簿
第1話「消えた美術品と黒猫マル」--1--
しおりを挟む人間の嘘は、どこか湿っぽい匂いがする。
たとえば汗ばむシャツに染みついた香水、レモンティーのカップに浮かぶ口紅、あるいは、帰ってこない人の部屋に漂う微かな煙草の残り香。
私はそんな“においの記憶”をずっと嗅ぎ分けてきた。
――探偵、小野田怜奈。高校二年生。趣味は読書と推理、苦手なものはカラスと嘘つき。
「……マル、また変な声出してる」
私の足元で、黒猫のマルが低く唸った。青い瞳がぴたりと玄関のほうを見つめている。
今日、祖父の屋敷には珍しく客が多い。どうやら、なにか“事件のにおい”がしてきたらしい。
「お嬢様、小野田主税先生が応接間でお待ちです」
執事の杉野さんが、いつもより少し眉をひそめながら言った。
「わかった。行くよ、マル。……あたしたちの出番かもね」
私は制服のまま廊下を駆け、背筋をのばしてドアを開けた。
そこには祖父の厳しい顔と、何人もの大人たちが座っていて――そして、ひとつの言葉が会話の中心に浮かんでいた。
「絵が……消えた?」
***
「『月光の花』です。今朝、美術倉庫で確認した際には確かにあったのですが……」
声をひそめて話すのは、祖父の古い友人、藤宮家の当主だ。
彼の家は旧華族。その邸宅で行われる私的展覧会に貸し出されていた絵画が、返却前の倉庫から忽然と消えたらしい。
「貸出責任はこちらにある。小野田殿には申し訳が立たぬ」
「気にするな。物はまた描けるが、信用は描けぬからな」
祖父・小野田主税(ちから)の静かな言葉に、部屋の空気が少し引き締まる。
彼は元・最高裁判事。現在は法務顧問として数々の要人から信頼される人物。
その祖父が唯一「手に負えん」と言うのが、私――怜奈だったりする。
「怜奈、これはちょっとした盗難騒ぎではない。手を出すなとは言わんが、深入りするなよ」
「はい、祖父様……でも」
私は目を細めた。マルが先ほど唸った方向にいた男――美術輸送会社の担当者が、何かをごまかしていたように見えたからだ。
「すみませんが、ちょっとだけ倉庫を見に行ってもいいですか?」
「……好きにせい。だが一人では行かせんぞ」
ちょうどそのとき、玄関チャイムが鳴った。
「よっ、探偵さん。迎えに来たぞー」
黒髪にピアスの高校生、葛城海斗。クラスメイトで、私の数少ない「協力者」だ。
私はにっこり笑って手を振った。
「ちょうどいいところに来たね。倉庫、見に行こっか」
「えっ、また? いやな予感が……」
それでも彼は付き合ってくれる。私の“事件体質”には、すでに慣れているらしい。
***
倉庫は都心から車で20分ほど。私たちは藤宮家の用意した車で向かった。
倉庫の外には警備員が立ち、警察車両もちらほらと。
「入っていいのか? まだ調査中だろ」
「大丈夫、黒古さんが来てるはずだから」
その名を口にした瞬間――
「やれやれ、またお嬢ちゃんか。事件が起きるといつもいるな、君は」
渋い声とともに現れたのは、黒古刑事。警視庁の捜査一課で、祖父の縁で私に一目置いている。
「黒古さん。倉庫、ちょっと見せてもらってもいい?」
「どうせ見るんだろう。……いいさ。ただし、勝手な真似はするなよ」
私たちは倉庫の中に入った。
鉄製の重いシャッター、防犯カメラ、管理ログ。
美術品を扱う施設だけに、警備は厳重。……のはずだった。
「これが展示から戻された『月光の花』の空箱です」
係員が見せてくれたのは、木製のしっかりしたケース。鍵は開いていたが、壊された様子はない。
「ここに、確かにあったんだよな?」
海斗が訊ねる。
「はい、昨夜20時までは。朝6時に確認したときには、すでに空でした」
「この鍵、管理者は?」
「私と、夜勤の警備主任の2名だけです」
……密室、か。
私はケースの中、床、天井、周囲を丁寧に見回す。すると――
「これ、台車のタイヤ跡? ……でも、おかしい」
「おかしいって?」
海斗が私の横にしゃがむ。
「タイヤの向き。荷物を『出す』ときの向きじゃない。……入れるときの向きに近い」
「入れるとき?」
「つまり――ケースは開いていたけど、荷物は最初から無かったんじゃない? あるいは、すり替えられてた」
マルが、すっと倉庫の隅に歩いていった。なにかを嗅ぎ取っている。
私の鼻には、ほのかにツンとするような、接着剤の匂いがした。
――これは、ただの盗難事件じゃない。
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