【完】姪と僕とのグルメ事件簿【ミステリーオムニバスシリーズ1~4】

国府知里

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姪と僕とのグルメ事件簿

第16話「姪と僕と、朝日の双眼と最後の卵」

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【プロローグ:誘拐と目玉焼き】

 朝5時32分。朝焼けが差しこむ台所で、僕はフライパンを前に立ち尽くしていた。

 「……目玉焼き、両面焼きにするのって、正しいんだろうか」

 だが、その哲学的問題を考える間もなく、スマホが震えた。

 ──『ひかりを預かった。朝日が昇りきるまでに来い。さもなくば、目玉焼きは片面のままになる』

 ふざけた文面。けれど、文面には僕の姪・ひかり(5)の名が明記されていた。悪戯ではない。

 「……本当に、誘拐だ」

 いつもは僕の家で両面焼き目玉焼きを見ながら“しあわせ”について議論していた彼女の姿が、今はいない。

 僕、高城真(たかぎ・まこと)、33歳。弁護士。
 そして、誘拐事件に巻き込まれた叔父である。

【第一幕:朝日、喫茶店、そして落ちていたもの】

 ひかりがいなくなったのは、昨夜20時過ぎ。
 実家に預けたはずが、「迎えに来たらいなかった」と母親が泣きながら電話してきた。

 朝日が登るまでに来い──その文言が意味すること、それは「夜明け」がタイムリミットだということ。

 文面に添えられていたのは、なぜかレトロ喫茶『ひかり屋』のショップカード。
 店主の話では、昨夜「幼い女の子が“ピンバッヂ”の棚を眺めていた」とのこと。

 そこに落ちていたのは、“両面焼きの目玉焼き”の形をしたマグネットだった。

 「これは……ひかりが今朝選んだ“好きなもの”だ」

 僕たちの会話を“だれか”が聞いていたのか?

【第二幕:法の迷宮と、朝日色の部屋】

 店の裏手にまわると、古い階段。その先の二階の窓には、かすかに明かり。
 鍵のかかっていない裏口。中に踏み込むと、懐かしい香り。

 ひかりのにおい。
 そして、その先に──白い部屋、朝焼けのように淡いピンクの光。

 部屋の中央に立つ一人の女。
 白衣姿の女医。以前、ひかりと病院で見かけた人物。

 「おはようございます、先生。これは“実験”です」

 彼女は言う。

 「あなたと彼女の間の“正義”と“幸福”がどこまで本物か、確かめたかった」

 彼女はかつて、僕が被告を弁護した事件の「証人」だった。
 僕の弁護で無罪となった男が、後に再犯。彼女はその責任を“僕の倫理観”に求めた。

 「彼女は無事です。ただ、朝日が昇るまで、あなたが“両面焼き”を選ぶか“片面焼き”を選ぶか、それを見たかった」

【第三幕:ひかりの声、そして目玉焼きの決断】

 奥の扉が開き、ひかりが元気に走り出てくる。

 「おじちゃーん!目玉焼き、両方ともやいた?」

 「もちろんだよ。こっちが、黄身がとろとろ、もう片方はふんわり固め」

 それは、ひかりが数日前に言った「さいきょうのやきかた」。

 「ねえ、この人ね、わたしの言ったこと、ぜんぶノートに書いてたよ」

 そのノートには、ひかりが語った「おじちゃんと暮らすときのルール」や「さいこうのごはん」などがびっしり。
 誘拐というより、“検証”の域だった。

 しかし、それでも、法に照らせば違法行為だ。

【エピローグ:朝日の中の帰還】

 警察に通報するか迷った。
 だが、彼女は「全て録画してあり、ひかりの安全も確保されていた」と告げ、すぐに出頭を希望。

 「彼女の言葉は、誰よりまっすぐだった。あなたが信じる正義が、試されただけ」

 朝日が、窓から差し込む。

 その光の中で、ひかりがぽそっと言った。

 「ねえおじちゃん、目玉焼き、今度はさ、ハートのかたちにしてみようよ」

 僕は笑った。
 そして、ひかりを抱きしめて言った。

 「うん。両面、ハートで焼こう」

 朝日は、もう高く、空にあった。
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