【完】姪と僕とのグルメ事件簿【ミステリーオムニバスシリーズ1~4】

国府知里

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JK探偵・小野田怜奈の事件簿

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 月光が、書斎の障子を淡く照らしていた。

 祖父――小野田主税は、薄い眼鏡を外し、机の上の一輪挿しに視線を落としていた。
 花は、小さな白い桔梗。気品を保ちつつ、どこか儚げな存在。

「――すべて話してくれ、怜奈。おまえの目に映った“本当の姿”を」

 私はゆっくりと座り直した。マルは私の隣で丸くなっている。

「事件は、たしかに“佐川さんの仕業”だった。でも、あの人だけじゃ無理だったはず。……細工に使われた溶剤や材料、“搬入経路の穴”まで把握していた。それって“館内の詳細情報”を事前に得てたってこと」

「つまり、共犯者がいる」

「うん。たぶん――美術館側の誰か」

 祖父は黙って頷く。
「見事だったよ、怜奈。だが……おまえはその先まで見ている顔をしている。――言ってごらん、“真の狙い”は何だ?」

 私は答えた。

「『月光の花』を盗むのが目的じゃなかった。“いったん”消すことに意味があった。そうすることで――“世の中の注目”を集めるために」

 祖父の目が細くなる。
「……確かに、あの絵は今、世界中の美術関係者の関心を集めている。“消えた”ことで“価値”が跳ね上がった」

「しかも、“犯人が返した”という情報が公になれば、“道徳的にも美談”になる。市場価値だけでなく、“人の心を揺さぶる作品”として再評価される。つまり、“価値”の再構築が真の目的だった」

「それは、“絵の商人”の発想だな」

「だから――黒幕は、“表には出てこない”美術界のプロ。たぶん、既に動いてる。“次の手”を」

 祖父は静かに目を閉じた。そして、ゆっくり口を開く。

「……その名前、心当たりはあるか?」

「……いえ。まだ。でも、“マルが嫌がってた人物”は佐川さんだけじゃなかった」

「ほう?」

「搬入スタッフの中にいた、ひとりの女性。彼女は一言もしゃべらなかったのに、マルが明らかに“逃げようとした”んです。きっと、あの子は覚えてる。何か、もっと大きな事件とつながってる気がする」

「怜奈」

 祖父がゆっくりと立ち上がり、私の前に来た。
 その手には、古びた手帳。

「これは……?」

「おまえの父親が遺したものだ」

 私は手帳を受け取り、表紙をなぞる。微かにインクの匂いがした。
 ページをめくると、父の文字がそこにあった。

『真実を暴くことは、誰かの心を守ることでもある。』
『けれど、時に真実は、人を傷つける。探偵はその覚悟を持たなければならない』

 私は唇を引き結んだ。
 祖父が続ける。

「怜奈。おまえが今日見せた推理と判断、そして“迷い”――それこそが、探偵の資質だ。……おまえの父親、剛も、おまえと同じだったよ。真実の先にある“人の心”まで、いつも見ていた」

 私は小さくうなずいた。
 マルが私の膝をふわりと踏みしめ、にゃあと鳴いた。

「――でも、怖いよ。私。もし次の事件が“もっと人を巻き込むもの”だったら……私なんかに、止められるかな」

 祖父は微笑む。

「止める必要はない。見つめることが、おまえの役目だ。“真実”から目を逸らさないこと。そして、時に“優しくあること”」

 私は手帳を抱きしめた。
 その言葉が、心にじんわりと染みていった。

 翌朝、雨あがり
「おーい、怜奈!」
 傘を差しながら、海斗が大きく手を振っていた。

「朝から元気ね」
「そりゃね! 名探偵と事件解決したんだから! これからどうする? 校内新聞に載せる? “マルと天才JK探偵”特集とか」

「やめてよ、そういうの……」
「えー、いいじゃん!」

 私は笑った。
 マルが、私の肩の上でぐう、と伸びをした。

 そのとき、スマホに一通のメールが届いた。

『“風の絵”がまた消えた。助けてほしい。――横浜、旧野澤邸にて』

 差出人は、母の旧友――詩織・K・榊。

 私はマルをそっと抱き直した。
「……ねえマル。どうやら、次の事件が始まるみたい」

 マルは、青い瞳でまっすぐ私を見つめていた。
 
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