【完】Nurture ずっと二人で ~ サッカー硬派男子 × おっとり地味子のゆっくり育むピュア恋~【ブルーモーメントオムニバス1~2&5】

国府知里

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【シリーズ2】あの日君とみた空はこんなにも届かない

【第6章 きみが泣く夜、ぼくは何もできなかった】

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「急性骨髄性白血病です──」

 医師の口からその言葉が出た瞬間、優菜の手がぴくりと震えた。

 俺はというと、耳がふさがれたみたいに、音が遠のいていった。

 ***

 その日、大きな病院の診察室で聞かされた現実は、
 思っていた以上に、重くて、深くて、どうしようもなかった。

 白血病。

 テレビや小説でしか聞いたことがなかったその病名が、
 まさか目の前の恋人に降りかかるなんて。

「まだ早期です。ただ、すぐに治療を開始する必要があります」

「……入院、ですよね?」

 優菜の声は、かすれていた。

 医師は静かにうなずいた。

「化学療法から始めます。長期の入院になります。少なくとも──三ヶ月は」

 俺は、その言葉の重みをすぐには受け止めきれなかった。

 三ヶ月。
 春が終わって、夏が来て、俺たちが行こうって言ってた海も、花火大会も。
 全部、病室の中になる。

 それだけじゃない。
 治る保証なんて、どこにもなかった。

 ***

 病院の廊下に出たとき、優菜の肩が小刻みに震えていた。

「ごめんね……ごめんね、智くん……」

 ぽつりと、彼女が言った。

「なんで謝るんだよ……優菜が悪いわけじゃないだろ……!」

 俺は、そう言うしかできなかった。
 何も、できなかった。

 優菜が泣くのを、ただ見ていることしか──できなかった。

 俺の手を握るその手は、あたたかくて、でもどこか弱々しくて、頼りなかった。

「本当は、もっと一緒にいたかったな。制服で、いろんなところ行きたかった。……春のピクニックも、夏の浴衣も、ぜんぶ……」

「行こうよ。俺が連れてく。何度でも。病院抜け出してさ、ダメって言われても──」

「だめだよ、それ……」

 彼女は微笑んで、目を細めた。

 その笑顔が、いつもより少しだけ儚くて、胸がきゅっと痛くなった。

 ***

 夜。家に帰って、自分の部屋で布団にもぐって、
 俺はやっと泣いた。

 情けなくて、悔しくて、何もできない自分が憎くて、
 優菜が病気になったこの世界が、どうしようもなく憎くて。

 優菜が泣いていた時、何ひとつできなかった自分。
「大丈夫だよ」って笑わせることも、「治るよ」って言い切ることも、できなかった。

 ただ、手を握るだけしか──できなかった。

 あんなに好きなのに。
 俺は、彼女の涙を止めてやることすらできない。

「なんで……なんで優菜なんだよ……!」

 嗚咽が喉に詰まって、うまく呼吸もできなかった。

 涙が、止まらなかった。

 ***

 次の日、優菜からメッセージが届いた。

「入院は、来週からになったよ。……その前に、ちょっとだけど会えそう。駅前の公園、あのベンチ」

 公園、ベンチ。
 初めて優菜が俺にお弁当を作ってきてくれた日、ふたりで座った、あのベンチだ。

 俺は、スマホを強く握って、返信した。

「行く。絶対行く。優菜が待っててくれるなら、どこへだって行くよ」

 夕方の光が、画面に滲んでいた。

 目の奥が痛い。
 それでも俺は、まっすぐに画面を見つめていた。

 まだ終わってなんか、いない。
 ──そう信じたかった。
 
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