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# 暗闇の中で(2)
しおりを挟むアンナの感想にジェイダンはにこにことうれしそうな表情を浮かべる。
アンナはこのジェイダンを追い出すことを考えると途方にくれてしまう。
このパターンから抜け出す手立てが思いつかないのだ。いっそさっき母に正直に相談したほうがよかったのではなかろうか。
そんなアンナの思いをそらすように、バターの香ばしい香りがアンナの味覚を刺激する。
とりあえずアンナは、それらのことを食事の後に考えることにした。
その翌日も、ジェイダンは朝からアンナの家に詰め掛けていた。
日を追うごとにジェイダンは我が家のようにアンナの家になじんでいった。
いつのまにか庭だけでなく家の中まで勝手を知り尽くしている。
そうしたなかでも、ジェイダンは気をめぐらせているいることが一つあった。
アンナにかかってくる電話の相手だ。昨日のように家族や友達からの場合もあれば、仕事の電話の場合もある。
しかしアンナはヒューとの電話となるとジェイダンのいない場所で話していることが多かった。
それもドア越しだったり、昨日のようにジェイダンが外に出ているときであったり、それだけでなく、ヒューと話すときアンナはジェイダンがそばにいないことを確かめているようすでもあった。
その日の昼過ぎにも、アンナの携帯電話が鳴った。
アンナはジェイダンがそばにいることを構わずに電話に出たので、正直ジェイダンはほっとした。
しかしそのアンナは通話ボタンを押すとほぼ同時に携帯電話を取り落とした。
「トリックオアトリート!」
電話口から響いてきたのは二重に重なった子どもの叫び声だった。
アンナは驚いた拍子に手を滑らせたのだ。
ジェイダンが拾った電話からは若い女性の声で子どもを叱責する声が聞こえた。
「こら! マリ、リナ! 返しなさい!」
ジェイダンは電話の相手がヒューでないことに安心したようなそうでないような微妙な気持ちを持たずにいられない。
アンナはジェイダンから電話を受け取ると耳から少し離した状態で会話を始めた。電話の相手は相変わらず大声で叫んでいたからだ。
「ナツキちゃん?」
「ごめんなさい、アンナさん! うちの双子が聞かなくて」
「約束のことよね? 実はわたし怪我をしていてしばらく動けないのよ」
「ええっ? 大丈夫なんですか?」
アンナは簡単に足の捻挫のことを話した。近いうちに訪問するという約束をしていたのをしばらく延期したいとアンナは伝えた。
しかし電話口では怪獣かなにかのような叫び声が激しく聞こえた。
「こら、二人とも静かに! 電話が聞こえないでしょ!」
その声自体が電話口からキンキンと鳴って、目をしばたいたアンナはさらに耳から電話を遠ざけた。
「うちの双子がアンナさんはいつ来るのってもうずっと聞かなくて。どうにもならないんです」
「そうよね、あんまり長い間置かせてもらうのもよくないわよね」
「うちのガラクタならいつだっていいんです。今までだってどうせそこら辺に放って置かれてたんだから。
ただうちの双子はアンナさんのお菓子が早く食べたくてしょうがないんです。昨日まではなんとかなだめすかしてたんですけど、おばあちゃんがアンナさんはいつ来るのかっていい出したもんですから、双子が勢いづいてしまって……キャーッ!」
ナツキの悲鳴がとどろき、なにかが倒れ、皿かなにかが割れる音が響く。
どたどたと走り回る足音、叱責するナツキの声、それに合わせるように、なにかが破れ、転げ落ち、激しく壊れるような音声が電話から延々と響いている。
事情を知っているアンナはナツキに同情せずにいられなくなった。
「ア、アンナさん! 迎えに行くから、お願い……来てもらえないかしら?」
ナツキの息はすっかり上がっていてぜいぜいといっているが、後ろではまだ破壊行為が繰り返されているようだった。
アンナはしかたなく承知した。
「わ、わかったわ……。双子ちゃんには、わたしが行くって伝えてちょうだい」
「助かるわ! 迎えの車は牧師の先生に頼んでみるから」
「いいのよ。それは……なんとかなるから」
アンナはジェイダンを見た。ジェイダンは頷いて見せた。
「それじゃあ、三時ごろそちらに伺うわ」
「ええ、待ってます! おねがいします!」
電話を切ると、アンナはようやく静けさを取り戻したことにほっとした。
「ずいぶんとにぎやかな電話だったね」
「ええ……。大変なところよ。ジェイダン、悪いんだけど三時までにお菓子を持って魔女の家に行かなきゃいけないの」
「魔女の家?」
「この辺りの子どもたちがそう呼んでるの」
「君のお菓子を待ちきれなくて魔女が癇癪を起こしてるの?」
「双子の小さい魔女がね」
アンナは苦笑した。
「なにか引き取りに行くような約束があったみたいだったけど」
「それは今日じゃなくてもいいの。それにあんまりあなたを頼りたくないわ」
ジェイダンはわざと顔をしかめて見せた。
「今さら? 僕の作ったランチを食べておいて? 僕は庭の整備から室内の修理、電球の交換だってやっているのに、今さら僕を頼りたくない?」
アンナはおかしいような、いってやりたいというような顔をした。頼んでもいやしないことを断りなくなんでもやるのはジェイダンなのだ。断りたくても断れない状況を作ってるのは本人なのに、わざとそんないい方をするなんてアンナはひとこといってやりたい気分になる。
「……頼りたくて頼ってるんじゃないわ」
アンナは負けたように肩をすくめてみせた。
「でも、今回は送ってもらえると助かるわ。双子はなにをしでかすかわからないの。双子のお姉さんが気の毒だわ」
「もちろん僕の答えはイエスだよ。ところでなにを引き取る予定なの? 大きいものならいずれにしろ男手が必要だろう? それともその双子が魔法でなんとかしてくれるの」
「魔女の家には年代物の雑貨がたくさんあるの。もう使わないものだから、店の飾りでも使ってくれっていってくれたのよ」
「なるほどね。そういうことならやっぱり僕に頼って欲しいね」
アンナはいいかけたが、ここは素直にジェイダンの力を借りることにした。
いずれにしても、三時までにお菓子を焼き上げなければならないとするといい合っている時間もそんなにないのだ。
食事を済ませるとアンナは松葉杖を片手に材料を集めるところから始めた。普段ならサブレクッキーを焼くことぐらいなんでもないが、足が使えないというだけであれこれと準備をするのが一苦労だ。
材料を下準備やオーブンの予熱など、アンナはすべてスムーズな流れに行くように考えて配備した。
隣でジェイダンが腕をまくる。
「僕も手伝うよ」
「ありがとう、でもお菓子を作るときは基本的には一人でやると決めてるの。とても集中力がいるから」
きっぱりとしたアンナの言葉にジェイダンはまくった腕をすぐに元に戻さなければならなかったが、キッチンの隅に椅子を持ち込んできてそこへ座った。
「見ていてもいいだろ?」
アンナは一瞬どうしようか迷った。普段ならアンナはお菓子を作っているときにあまり人をキッチンに入れない。
大人数分をつくる場合なら別だが、基本的にアンナはお菓子をつくるときには一人で作業をしたい質だった。
それは菓子作りがアンナにとって神聖な仕事だと心得ていたからだ。人に話せばたかがお菓子ごときでと思われるかもしれないが、それはアンナが幼い頃からずっと胸に秘めてきた信念の一つだった。
「話し掛けないよ、見てるだけ」
ジェイダンは椅子の背もたれに腕と顎を乗せてアンナを見つめた。アンナはジェイダンが懐かしい祖母の姿をアンナに重ねているのだろうと思った。菓子作りが得意だったというジェイダンの祖母は、幼いジェイダンの前で同じようにお菓子を作ったのだろう。
「いいわよ」
アンナはさっそく小麦粉とベーキングパウダーをあわせて振るいにかけ始めた。
ハンドルを握るたびにシャキシャキという音が耳に心地いい。アンナはじっと耳を澄ませて目を閉じている。
オーブンの温度はゆっくりと上がっていく。室温に戻しておいたバターは練るのに丁度いい柔らかさになっていく。
アンナは丁寧に作るのが好きだ。レシピや調理法には難しいものはなにもない。
ただアンナがこだわるのはその時間に流れているなにかだ。
その目に見えないなにかが神聖なのだ。それは作り始める前までに整えられた準備のことであり、全てが適する温度とタイミングを有することであり、そしてまたどんな気持ちで作るのかということでもある。
それらは出来上がったサブレを見ただけでは全くわからないことかも知れないが、口に入れたときあるいは香りをかいだときにはそうでないものと比べたとき歴然と違ってくることをアンナは知っている。
細部に神は宿る。
アンナは菓子作りの細部全てに神経を配る。そこには菓子を食べた瞬間に人を喜ばせるそのひと時に結ばれる約束事のようなものだ。
アンナはその約束事を一つずつ丁寧に行ないたいのだ。
ジェイダンはアンナが思いのほかにゆっくりと慎重な動作で菓子作りをするのに、正直驚いた。
菓子を作るときのアンナは、まるで違う時間が流れているようだ。それだけではない。
アンナはなにかに語りかけるように、あるいは微笑みかけるようにさえ見える。菓子職人はみなそうなのだろうか?
ジェイダンには正直わからない。だがひとくくりに楽しそうに作っているとか、心を込めて丁寧に作っているとか、そういうこととは違うように見えた。
強く集中しているようすは確かに感じられる。かといって緊迫しているというわけではない。ゆったりと、しかし正しい方向に時間が流れている、そう正しい時間が流れているという感じがあるのだ。彼女は何を考えながら菓子を作っているのだろう?
ジェイダンは聞いてみたいと思った。ジェイダンはたしかに懐かしさのある古い家で菓子を作るアンナの姿に祖母への思い出を重ねないわけではなかったが、アンナのその集中力にはジェイダンは祖母とは違うものを感じざるをえなかった。
三十分ほどの後、丁寧に作られたサブレ生地はオーブンの中に入れられた。
アンナはジャムとクリームの準備をして、クッキーを入れるラタン籠に真っ白いクロスをしいた。
十五分ほどでキッチンにいい香りが立ち込め、オーブンからは薄い狐色に染まったサブレクッキーが現れた。
「さあ、焼きたてのところを持っていってあげましょう」
ジェイダンは無言で微笑んで車のキーをとった。
「ここよ」
アンナの家から西へ三十分ほど行ったその場所は、ちょっとした木々に囲まれた山裾の土地で周りに住宅はなかった。
一番近い建物は小作りで年期の入ったキリスト教の教会といくつかのこれもまた古びた民家がありちょっとした小さな集落になっていたが、そこからでさえ目的の場所ははなれたところにあった。ジェイダンはその古いというにはあまりにも古く、住まいというにはあまりにも手の行き届いていないおんぼろの家屋に戸惑いを隠せなかった。外見からは青の瓦が載っていると判別できるだけで、つくりは洋風とも和風ともつかない。
ただ木々と庭はそれなりというには至らないまでもなにかしているという感じがあり、作業途中でほうって置かれたままのつるはしがつきささっていたり、もみの木の枝になにか人形のようなものがつり下がったりしている。
はっきりいって、気持ちのいいといえる家でないことは確かだった。
「確かに魔女が住んでると聞いても不思議じゃないね」
ジェイダンの言葉にアンナは少し眉を上げて見せた。ドアの前にやってくるとそこには真鍮のキメラのドアベルがある。
アンナはそれを鳴らした。すると、ドアから勢い翌小さな影が二つ飛び出してきた。ジェイダンはその異様な姿にぎょっとした。
「トリックオアトリート!」
「トリックオアトリート!」
灰色のシャツワンピースに何かを引きちぎってつけたような黒いマントをはおり、頭には雑巾かと見まごうほど汚い三角帽子が乗っている五歳くらいの女の子二人がアンナにしがみついた。
アンナはなれたように二人に挨拶するとクッキーの入った籠とジャムとクリームの入った籠を二人に渡した。
「お菓子をあげるから、いたずらしないで」
「やったーっ!」
「やったーっ!」
双子は犬のようにアンナに絡みついたかと思うと、今度は家の中にどたばたと駆け戻っていった。ジェイダンは思わずアンナに求めた。
「……これは少し早いハロウィン?」
「だからいったでしょ? 出会い頭にあの決り文句をいわれたときには注意して。できることならなにか渡しておいたほうが身のためよ」
双子と入れ替わるように出てきたのは、打って変わってしごくまともそうな女子高生だった。
「いらっしゃい、アンナさん!」
地元の高校の制服に見を包み、めがねをかけた彼女は双子の世話に明け暮れていたのかひどく乱れた髪の毛を押さえつけている。
日本人には珍しいくらいのくせっ毛で、乱れていなくてもその髪にいうことを聞かせるには苦労しそうな髪質の持ち主だった。
彼女はせっかちな性格らしく少々早口にいった。
「無理を言って本当にごめんなさい。でも来てくれてありがとう!」
「ええ。ナツキちゃん、こちらはジェイダンよ。ジェイダン、こちらナツキちゃん」
「はじめまして、ジェイダンさん」
「よろしく。僕もナツキちゃんと呼んでいいかな」
魔女の家と双子には面食らったジェイダンも、持ち前の対応力を取り戻してにこやかに握手をかわした。
「ええもちろん。汚いところですけどどうぞ中へ! アンナさんにこんな素敵な彼氏がいるなんて知らなかったわ」
「ご、誤解しないで、彼氏じゃないわ」
アンナは慌てて否定したが、ジェイダンは
「今はまだね」
ナツキは歳相応にしたり顔をしてみせた。
ナツキは二人をリビングに案内したが、そこは長い時間居たいと思えるような空間ではなかった。
曇った窓や引きちぎられたカーテンにはクモの巣がはびこり、日焼けした壁や明らかにシロアリに害された柱には妙なタペストリーや、呪い人形や魔方陣がさびた釘で打ち付けられている。
穴から綿とスプリングが飛び出しているソファには何かをこぼしたらしい染みがくっきりと残っておりその上には毛並みの悪い黒い猫がふてぶてしく眠っている。
じゅうたんの上を歩くとなぜか靴底にくっついてくるし、ほこりの積もったテーブルの上にはドライフラワーではなく自然に乾燥した花がそのままになっており、魔術に使ったのかのようにろうそくやカードや石が散らばっている。
調度品はどれも蝶番が壊れて戸が取れかかっており、一部が焦げていたり鋼糸鉄線でぐるぐるまきにされていたりする。
出窓に置かれている植物には小ハエが賑やかに集まっていて、瓶には飼育されているらしいナメクジやミミズがうようよとうごめいている。
古い本となにか殴り書きされたメモらしきものも散らばっていたりする。
さすがのジェイダンも言葉を失った。
もし仮に映画かドラマで魔女の家を再現するにしても、これほど完璧な環境を作れるだろうか。
それはナツキも十分承知しているようで、気を使うように言った。
「二人が来る前にもう少し片付けられればよかったんだけど、おばあちゃんがさっきまでそこに居座ってて無理だったの。
おばあちゃんの前で掃除をすると、片付けた先からまた散らかし始めるのよ。だから本当ならまずお茶でもと言いたいところなんだけど、先にうちのガラクタをみない? その間にわたしはここをもう少しましなところにできると思うわ」
「そうね」
「うん、そうだね」
アンナとジェイダンに異論はなくうなづきあった。今ソファに腰をかけたら背中とお尻にソファがくっついてきてもおかしくなさそうだ。
「それじゃあ、とにかくなんでも好きなものを持っていって。おばあちゃんには話をつけてあるから」
「わかったわ」
「よくわからないものがあったら声をかけて。特に危ないものには手を出す前に声をかけてね」
危ないもの? とでも言うようにアンナとジェイダンはほぼ同時に顔を見合わせた。
とにかく慎重にしたほうがいいことは確かなようだ。
「この水差しはもらっていいの?」
「ああ、どうぞどうぞ」
アンナは手近なところに二つ並んでいたブリキの水差しをアンナは指した。ジェイダンがアンナの代わりに水差しを手に取ると、そこからあまり心地のいいとはいえない匂いがした。
「これ、何が入ってたの?」
「一応洗っておいたんだけど、まだ匂う?」
ナツキはクッションで猫を追い払いながら言った。
「古い牛乳よ」
ジェイダンが思わずその水差しを放るように手放した。そしてそれよりはましだと思われたもう一方の水差しを手に取った。
しかしナツキが素早く言った。
「それはもっと古い牛乳」
「……」
アンナとジェイダンが今すぐビニール手袋とマスクが必要だと思ったのを、ナツキは気が付かなかったのだろう。
「ガーデニングにでも使ったらどう? そしたら匂いなんか気にならないでしょ」
それはそうかもしれないが……。明るいナツキの声に二人は口をつぐんだ。
それから二人はリビングやダイニングから衛生的な用途には使わないと言う条件付で、アンティークの小瓶や置物をもらうことにした。
ジェイダンは瓶詰めされた生きた昆虫を指して言った。
「ナツキちゃん、この虫とかミミズは、処分してもいいんじゃないの?」
「それはおばあちゃんの大好物。捨てたら怒り狂うわ。もちろんわたしたちはそんなの食べないけどね」
「……」
さらにキッチンには、ますます異常なものが並んでいた。天井からはいろいろな薬草や蛇の皮が干されており、食料と思しき瓶詰めされたものの中には蜂やムカデの昆虫類だけでなく、カエルやイモリや水生生物らしきなにかの卵もある。怪しくにごった液体や、膨張して今にも破裂しそうなブリキ缶、何かの粉や灰。
……この家にはまともな食料はないのだろうか?
ジェイダンが落ちないように戸棚の端に寄せた透明な液体の入った小瓶に対して、ナツキは慌ててこんなことを言った。
「あっ、それは貴重なものだから気をつけて! 妖精の涙なのよ」
あるいは例によって本来の用途では使えそうにないが、インテリアとして飾ったら可愛いと思われる銅のミルクパンや古いキッチン雑貨については
「それは今まで魔法薬の調合に使っていたものよ。この前おばあちゃんが奮発して新しいなべを買ったからもういらなくなったの」
庭に出てみればナツキは窓から二人に注意を呼びかけた。
「あっ! その草は触らないで! 毒草だから」
ガラスがこなごなに砕け散った元は温室だったと思われるその近くには、なぜか古い釘が地面にたくさん突き刺さっていた。
温室にも古めかしいガーデニング用品や雑貨がいろいろとあった。アンナとジェイダンはいくつか見繕ってナツキに確認を取った。
「この小さな鳥かごはもらってもいい?」
「ああ、それ!それぜひ持って行って!」
ナツキはすぐに言った。
「それこの間わたしが、そのかごから小人を逃がしちゃったの。おばあちゃんに見つかる前に持って行って!」
ジェイダンは思わず手元の鳥かごの中を見た。まさかナツキの言うような小人が入っているはずがないのはわかっていたが、そんなことを言うナツキの態度が冗談めいた風ではなく、なぜか本当にそうだというように思えた。しかしいくらなんでもそれはないだろう。
ジェイダンはすぐに考えを打ち消した。多分、この魔女の家ではここだけのなにかルールのようなものがあるのだろう。
ジェイダンはそう納得することにした。
「あ、そう言えば、ナツキちゃん。温室の近くに地面にたくさん釘が刺さっていたけど、あれは危ないよ。幼い子がいるなら特に」
「ああ、あれはおばあちゃんと喧嘩別れした友達の足跡よ。その人も魔女だから、魔女よけに足跡に釘を打ってあるの。本当に危なくて困ってるのよね」
「……」
ジェイダンはアンナを見た。アンナは複雑そうな顔でそれでも肯定するような視線で答えた。
一通り家の中と外を見て回って、ジェイダンは持って帰るものをジープの荷台に載せた。戻ってくると、決してきれいとはいえないまでもそれなりに片付いたリビングで、双子のマリとリナが泣き叫んでいる声がした。
「マリのお菓子取ったー、マリのお菓子!」
「リナのお菓子、リナのお菓子!」
双子はそれぞれがピーピーと泣きながらある人物にまとわりついて抗議している。
双子の間で右手にクッキーを、左手にラタンかごを抱えてわしわしと食べているのはいかにも魔女と言う風体の老婆だった。
黒いケープに白髪混じりのぼさぼさ頭、染みといぼだらけの荒れた肌に、鷹のような鋭い目、長い爪に日焼けてしわしわの手。
これが俳優かコスプレでなかったらなんだというのだろう。ジェイダンはにわかに現実を信じられなかった。
目の前にいるのは、本当に魔女のような老婆だった。それもどちらかと言えば悪いほうの。
老婆はアンナとジェイダンに気が付くと、双子をスカートのすそで払ってアンナに近づいてきた。
「あれあれ、怪我をしたと聞いてはいたけど、これはひどいじゃないか!」
「こんにちは、ナオミさん」
アンナはナオミの耳に顔を寄せて言った。声がやたら大きいのは耳が遠いかららしい。
次にナオミは鋭い目をジェイダンに向けた。
「あんたはどこの誰だい!」
「ジェイダンです。はじめまして」
「はあ?」
ナオミは思いっきり顔をゆがめてジェイダンをにらんだ。
「ごめんなさい、おばあちゃん耳が遠いの。大きな声で答えてやって」
ナツキの言葉にジェイダンは大きく息を吸った。
「僕はジェイダンです!アンナの友達です」
するとナオミは突然奇声を上げた。
「けーっっ!」
ナオミはたった今ナツキが掃除をしたであろう床につばを吐いた。
「ちょっ、おばーちゃん!」
いつものことなのであろう、ナツキは非難がましくナオミを見たがそれ以上なにも言わなかった。
ナオミはナツキに非難にも客人の驚いた顔にも動じることなく大声で続けた。
「面倒なものを手引きしたようだね! こっちへきな!」
来いといわれても素直に従う気になれない。ジェイダンは身じろぎした。
「早くしな!」
ジェイダンはナオミにもう一度言われてしぶしぶナオミの後に続いた。
ナオミはジェイダンに庭の柊の葉をむしるように指示をしている。
ジェイダンは困ったような顔をしながら、葉をむしった。
戸惑いながらその様子を見つめているアンナに、ナツキは言った。
「縁切りのおまじないよ」
アンナとジェイダンは無言で視線を交わした。
ナオミがジェイダンをじろりと見た。
「あんた、十字架を持ってるだろ?」
「すみません、持ち合わせていませんが……」
「その顔してあんたクリスチャンじゃないのかい。しかたないね!」
ナオミは枝を折ってきようにちいさな十字架をつくり、何かつぶやいてからジェイダンに渡した。
「肌身離さずもってるんだよ、いいね」
「これは……?」
「そんなことは知らなくていいから、ただいつもそばに置いときゃいいのさ」
そのあと、ナオミは畑から何かのハーブを摘んで火をつけたかと思うと、アンナの首にその煙を吹きかけた。
「アンナ、おまえにはヒューがいるから大丈夫だと思うがね、この男と一緒にいるのはやめたほうがいいよ」
「え……?」
アンナはびっくりしたように目を丸くした。
だが、ナオミの言葉に敏感に反応したのはジェイダンの方だった。
「それはあなたに指図されることじゃありません」
ジェイダンが前にすすみでると、ナオミは口を開きかけたのをやめ、なにかに耳を傾けるような仕草をした。
ジェイダンはその奇妙に素振りをじっと見つめていたが、何がナオミにそうさせたのか、
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