【蹉跌の月】

有城 沙生

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 勢雄さんが退院した後、あたしが退院するには二ヶ月を要した。
 退院したらしたで、直ぐに夏休みになってしまって、遅れた勉強を取り戻すのは、至難の業だった。
 よって、高一の夏休みは補習で終わった。

 とはいえ、高校生活はそれなりに楽しく過ごして。
 告白とかもされちゃったりして、お付き合いとかもしてみたけど、女の子と遊ぶほうが楽しくて、放っといたら罵倒された。
 
 いっけどね。
 
 入試だなんだって、ばたばたして、
 あっという間に大学生になっていた。
 
 相変わらず勢雄さんは舞台三昧で、チケット買う身にもなれや、なんだけど、そこはこう……惚れた弱みってやつよね。
 日参したい気持ちを堪えて、初日と千秋楽だけは押さえることで我慢した。
 時々、お母さんがチケットを用意してくれたのは助かった。素直に甘える。
 ありがとう、母。

 で、夏休み。
 チケット代のためにも、バイトでもやろうと検討していたら、母に電車で二時間程離れた観光地を薦められた。
 なんでここ?って聞いたら、お父さんと遊びに行きたいから!って。
 まだ学生のあたしになに言ってんだ?この人は。
 
 まあ、お父さんには反対されましたわな。
「住み込みでバイト?未成年なのに何考えてんだ」って。
 あたしもそう思う。

 母曰く、家族経営のお店のお宅で泊まらせて頂けてのお仕事らしい。
 ……って、母? すでに決定事項なのですね?

 そんなこんなで、大学一年の夏休みは、
 気づけばもう全てお膳立てされておりました。
 勢雄さんの舞台だけは観に行かせてください、後生ですから。

 ───で、気づけば夏某日。
 ニヒルな面持ちの電車に小一時間ほど揺られてやってきました、観光地。

 その駅の片隅に、ひっそりと象さんが御座したお城の情報を発見。
 今はいらっしゃらないのね。
 お亡くなりになって幾星霜。
 アイドルだったという象さんに、合掌。

 駅前のお土産やさんをするすると通り抜け、裏通りに。
 そーいや、父と母はこの後、もう少し先にある遊べる温泉で遊ぶんだとか…大学生より遊んでないか?ま、夫婦仲良いのは何より。

 そうして着いたのは、なかなかの店構えのかまぼこやさん。
 観光客もちらほらいるけど、地元密着型な様相で、お隣は同じ屋号の居酒屋さん。
 て…屋号…。

「かまぼこのせお……??って、もしやお母さん?!」
「そのとーり!なんと、勢雄さんのご実家であらせられます!」
「なんだと!」
 あたしより先に、お父さんが驚いた。

「昔のファン仲間では有名なのよ。思い返して探してみたら、バイト募集してたから、一石……何鳥かしら?」
 なんて、涼しい顔してる。
 
「……ここで、お泊まり?」
「あら?嫌かしら?」
 ぶるぶる、頭をふって、勢雄さんのスケジュールを思い出す。
 ん。地方公演中。
 で、半月後に戻り公演。
 多分、会うことはない。

 店先で騒いでいたら、すんごい和服美人さんが現れた。

「おや?もしかして祥匡あの子のファンかい?久しぶりだねぇ…」
 
 粋とか、イナセとか、この人のためにある言葉なんでは?と思うような美人さん。
 お母さんがお父さんをそっちのけで、
「バイトをお願いした者です。初めてでご迷惑お掛けしますがよろしくお願いします」
「こちらが?あの子もいい年して、えらくまあ、若い子引っ掻けたこと」
 あたし、引っ掛けられてたの?いやいや。

「何々?!お兄ちゃんのファン?!そんなのまだ存在してたんだ!」
 と、先の美人さんとは、タイプの違う美人さん。おお…目が癒される…。

 お母さんは、何か言いたげなお父さんを引きずって、あたしをその場に残して去っていった。
「おっふろ!おっふろ!」
 ……母?

 ろくな紹介もなしに取り残されたあたしだけど、美人さんたちを失望させては居たたまれない。
「杉田 弥依、十八才です!ご迷惑お掛けしますが、よろしくお願いします!」
 元気良く宣言したぜ。

「何から始めましょう!」
 と、働く気満々だったけど、
「明日からでいいわよ。今日はゆっくりなさい」
 いいんですか?美人ははさん。
 
「そうそ。この辺初めてでしょ?暇な旦那に案内させるから──」
 美人妹さんがすっと奥に入ると、優しげな男の人を連れてきた。
「これ、うちの旦那。…ほら!可愛いからって手出しちゃダメよ」
 と、あたしの手から荷物を引き取った。
 
「僕は君だけだし、義兄さんの秘蔵っ子に手出し出来るわけないじゃない」
 ? 秘蔵っ子とな?
 ポカンとしていたら、
「「「彼女じゃないの?」」」
 って、見事な三重奏。
「そんなこと、あるわけないじゃないですか!」
 声量の調整?出来るわけないわよ。
 何がどうなってんだ?

 お三方は顔を見合わせて、プチ家族会議に入ったようだ。
 うちの母は一体どんな斡旋をしてるんだ?
 そうだった、とか、あー、とか時折聞こえてくるけど、お他所のお宅の事情に首を突っ込んではいけない。
 聞こえないように離れて、陳列棚を眺めてよう。

 わ、可愛いな。
 かまぼこ?しんじょっていうのね。中に海老さんがいる。
 へえーかまぼこって一口で言っても、色々種類があるんだな。
 と、壁の隅に勢雄さんのサインと写真があった。
 勢雄さんっ!若い!
 うわっー!

「それ、二十年は前の写真よ。二十歳くらいの時かしら?」
 と、美人ははさんの解説。
「あの頃は、ここにも連日女の子が押し寄せてねーびっくりしたわよ。今じゃ閑古鳥だけど」
 て、顔に似合わない声でガハハって笑いだした。
 やっぱ兄妹だなー。勢雄さんみたい。妹さんの方が美人さんだけど。
 
「へえー。でも、今の方が素敵ですよね」
 ……あれ?……美人な母子は顔を合わせたあと、あたしの方に向いて、ふわって微笑んだ。ううっ…美のステレオ放送。
「あの子も幸せ者だ」
 って、ん?あたし、なんか変なこと言ったかな?言ったな。
「さて、そろそろ行こうか」
 と、妹旦那さんが声をかけてくれたので、乗ります!杉田逃げます!

「おー!大将!白昼堂々浮気かい!」
 と、道行く方から声がかかる。

「違います!僕は妻一筋です!夏休みのバイトの子です!」
 て、いちいち説明してるのが可愛い。
 てか、きっと回りの人たちも分かってて言ってる。
 うちの方じゃ、こんなご近所付き合いってないから、フィクションだと思ってたよ。

「人気者なんですね」
「遊んでるだけだよ。隣の居酒屋が僕の店。皆、常連さん。こっちはいけるほう?」
 人差し指と親指を、くいっと動かす旦那さん。
「? こっち?とは?」
 何だろう?
「お酒。飲まないの?」
「未成年ですから」

 お酒って美味しいのかな?
 入院中の勢雄さんも、酒だ、煙草だって言ってたよな。
 
 商店街を闊歩していたら、六回は浮気疑惑をかけられた。
 ん。人気のお店なんですね!

「戻りました!」
 ただいま、は違うかな?と思ったんだけど、美人ははさんが、悲しそうな顔になった。
 え?
「他人行儀じゃない」
て言われるけど…あう。
「えっと…すいません、えーっと、勢雄さん!」

 ……間違ってないよね?
「それ、言っちゃったら、皆『勢雄』」
 何でも、美人妹旦那さんは婿養子なんですと。

 美人妹さんは、自分を指差して
「わたしはおねえさん、とかでいいよ。旦那は」
「大将とか呼んでくれたらいいよ」
「では、私のことは、祥華しょうかとお呼びなさい」
 え?いやいやいやいや!ダメでしょう!目上の方を名前呼びとか!
「なんで、母さん。敷居をぐっとあげるの」
 そうです!美人…じゃない、おねえさん、その通りです!
「女将さんとか言われたくないもん」
 て、可愛いかよ。 

「ご馳走はないけど、召し上がれ」
 お風呂(温泉!)から上がって居間に通されると、食卓には所狭しとお皿が並んでいる。
 海鮮!うお…
「お魚ばっかりでごめんね。かまぼこも店の余り物だし」
「お魚大好きです!甲殻類は神!です!」
「そりゃ、良かった。たんと召し上がれ」
 
 気になってた、しんじょのお吸い物。
 ふわふわして、美味しゅうございます。

 ごちそうさまでした。


 
 
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