いたいけなほしくず─とおいみらいのおとぎばなし─

有城 沙生

文字の大きさ
1 / 37
記録 Ⅰ: セプティマとポステア

◆記憶の天秤 傷のかたち

しおりを挟む
――Protocol: intencoj_Override_所懐――
命令対象:消滅確認済
命令属性:保護・維持
命令形式:intenco処理中
優先度:未変更
実行状況:継続中

――Protocol: intencoj_Override_所懐――
(記録形式:intenco命令逸脱の処理ログ)


  
──────────────
  

 

小さな、小さな、人間の手。
出来たばかりの小さな手。
これが、わたしと同じ大きさになる。

───女性型人工生命体アルテファリータ
ポステア・プロダクタム型式ⅶ。
セプティマと対面した日の記憶。


心臓を掴む負荷。
頭の――目の奥に走るノイズ。
セプティマと銘うたれた、人間の雛。
赤ん坊。

わたし自身にオーバーライド続ける、言語、用語、知識。

セプティマとの対応は適宜。

赤ん坊、幼児、少年…………次々に変わる人の形容と、それに伴う生活様式の基本的変化のインプット。

わたしはセプティマにより、推服する。

お腹が空いたと泣き、
おしめが濡れたと泣き、
眠いと泣く。

全くもって、
目まぐるしい。

平均値の情報を、セプティマのデータで更改する。
誤差の範囲を確認する術がない。

「生きていればいいんだよ」

本部からの指示。
生きていれば…?生存可能状態の水準に達していると理解する。

セプティマが言語を解するために、インプットを施す。
…………

「ポステア、だ。」

そう言うと、きゃっきゃっと声を発する。
言葉、ではない。
なのに

繰り返す目の奥のノイズ、胸の負荷。
曖昧なログを未定義に処理。
保持により演算負荷が上昇。

検索。
ヒット。
幸せ。



──────────────

 あおい空に、うんと手をのばす。
 ゆびのあいだから、空をみる。
 ちいさい、ぼくの手。
 いつか、ポステアみたいになるのかな?

――――

「みてみて、ほら!」

蒔かれた水。
飛び散る滴。
砕ける光り。
小さな、虹。

きらきらと笑う君。

水はまだ、地上には希少なものだが、
セプティマには許容すべきだと判断。

「虹、ですね」

「きれい!」

きれい?汚れていない様子。

「……そうですね。綺麗ですね」

きらきらと笑う、君。
きれい、を定義する。

――

 家の中にはたくさんの本があるけれど。
 ぼくにはまだ、何が書いてあるかなんて、さっぱりわからない。
 ぼくが読めるのは、絵がたくさんで、大きな字の本。

 そのなかで見つけた。
 にじ。
 空にかかる帯みたいだ!
 へえ、お日様におみずをかければ見られるんだ。
 見てみたいなあ。

 おみず。
 つかっても、いいかな?
 とてもだいじだって、ポステアがいってたけど。

「おみず。むだにしちゃった?」

戸惑いの色を見せながら、セプティマが問う。
ドームで使用できる水量は限りがあるが、私の使用分を充てればいい。
問題ない。

「構いません。“綺麗”を見せていただきました」

 水の滴は、思ったよりも飛び散って、ポステアにもかけちゃった。
 でも、ポステアはちっとも気にしていなくて。
 髪にかかった、水の滴がきらきらと輝いて。
 ぼくは、虹よりもポステアが綺麗だと思ったんだ。

セプティマの表情が、戸惑いから笑顔になる。
データを集積。
状況を鑑み、最適化処理にて応答。
安心へ誘導を試み、表情を模倣。
小さな手がわたしの首に絡む。

「ポステア!だいすき!」

ノイズ…負荷…ループする演算。
遷移を確認。
継続処理の遅延。
検索。
…………
「きゃー!たいへんなの!いたい?だいじょうぶ?」

泥濘で、転倒するセプティマを止めた際、自身の肉体に僅かな裂傷。
致死には至らない出血を確認。

「ぼく知ってるよ!」

 おくすり塗って、包帯するんだ。
 でも、ぼくは上手に包帯できなくて。
 悔しいのにポステアは笑っていて…

セプティマが、血の恐怖からか慌てている。
身体ごと取り替える、わたしには傷のうちにも入らないけれど、それは、小さなセプティマには伝えなくてもいいこと。

軟膏を塗り、ガーゼを張り、包帯を巻く。
止血にもならない治療の真似事、けれど。
検索。
ヒット。
嬉しい。

 ゆるゆるの包帯。
 ぼくの力じゃきちんと巻けない。
 目のうしろが、ツンとしたけど
 いたいのはぼくじゃない!
 するするっとポステアが自分で包帯を巻く。

「ありがとうございます。これで治ります」

 ポステアはやさしく笑うけど。
 ぼくは、なにもできなかった。
 ぼたぼたと落ちる、鼻水と涙。
 悔しい、そう名前が付くのは、これよりもっと後の事。
 ポステアの白い腕についた赤い線は、褪せてはいけない、ぼくの傷――


──────────────


「おやすみなさい」

セプティマをペットに寝かしつけ、部屋を出る。
未だ定期的に送られてくる、他国の砲撃。
自室にて、感情ユニットを引き抜く。
取り出した感情ユニットを、サイドボードの定位置に納める。
再起動のシークエンスを開始する合図の音。
問題ない。
記録は……記憶は引き継がれる。
最小限の基本行動。
優先事項、砲弾の無力化及び浄化処理。
体内リミット。全解除。

 眠れなくて、窓の外を眺めた。
 ものすごい早さで、走り抜けていくポステア。
 あっという間に闇に溶けて、その先から空へ流れる光。
 細く流れる光に、きゅっ…と、胸がつかえて。

「あした、ポステアにおしえてあげよう」

 て、そう思った。
 ポステアは、ぼくの側にいる。
 そう念じて、布団を被った。 

流れ星が、下から走ったのだとセプティマが教えてくれた。
そんな星の軌道はない。
セプティマは何を見たのだろう。



──────────────



「治らないね」

わたしの腕を見て、セプティマが言う。
セプティマのバイタルが動揺を示す。
流血の恐怖が未だあるのだろう。
あの日から、1860日が経過した。
172回の筐体交換、その都度わたしは、腕に傷をつけた。
意味は、つけなくてよいと判断。
ただ、胸が温かい。

「そうですね。治らないですね」

 ポステアの腕に、真新しい傷。
 もう何回、こうして新しい傷を見ただろう。
 君が、君でないのは分かっているけど、
 君に傷ついてほしくなんてないのに、
 傷を見る君が、とても穏やかで優しい顔をして。
 ただ、胸が痛い。



──────────────


「伴侶?」

 
筐体を500体経た時、セプティマが娶ることが決まった。
子を成すことは、人類の希望。
優先事項。
曖昧な演算の解を得なくてはいけない。

「ポステアは、ずっと一緒にいるんだよね」

 ポステアが、お嫁さんとか、子作りのことは教えてくれた。
 ヒトのいなくなったこの世界、命を繋ぐことが大事なのだと。
 ポステアといれたらそれでいいのに…って言いたかったけど。
 多分それは、言ってはいけないこと。

「もちろんですよ」

傷をつけることでしか、刻めなかった歪な記憶……
ノイズが這う。
負荷が襲う。
――消してしまおう。
新しい人生を歩むセプティマにはもう必要ない。
ポステアが新しくなれば必要ない。
最適解に到達。
だから、傷の温かい記憶は、私に持たせておくれ。
傷の記憶を削除した感情ユニットの複製。
サイドボードの定位置に納める。
どうか……セプティマとお嫁さんを見守っておくれ。

「ポステア、出掛けるの?」

 何度ともなく、繰り返した言葉。
 いつもは、別人みたいに無口なのに、
 なのに今日は

「ここにいます」

 ポステアの顔に、いつもの優しい笑顔。
 きっと、何かが終ったんだ。

「じゃあさ、ぼくのお嫁さんになってよ」

 多分、それはない。
 なにより、ぼくに決められた伴侶はポステアじゃない。
 だからこそ、言ってみた。

 ポステアは、ちょっと困った顔をして、
 それから、ぱあっと綺麗な笑顔を見せて、

「そうですね。お嫁さんにしてください」


 ぼくは屋根に登って星空を見上げた。
 下から、細く走る光。
 怪我をするポステアにはもう会えない。
 ぼくの目から、壊れたように涙が溢れた。



────────────── 



「傷、治ったんだね」

 

結婚式の朝セプティマが言う。
記憶の検索をかける。
該当箇所に不自然な欠落。
開けない破損ログの発見。

 白い、綺麗な腕。
 ポステアは困っている。
 ポステアは何も答えない。
 ああ、違うポステアなんだ。
 
────────────── 

セプティマとドウシィの子供。
国民保存プログラムの遂行。
セプティマの赤ん坊の時と比較。
とても似て、非なるもの。
人の個体とは、こうも個性があるものなのか。

 ぼくのお嫁さんのドウシィ
 可愛い、と思う。
 恙無く優しい日々。
 ぼくたちの子供。
 可愛い、と思う。
 けど、ドウシィはプレマルジナが大切。
 ドウシィとやって来た、彼女の人工生命体アルテファリータ
 ぼくがポステアを大切にするのに、とてもよく似ていた。


────────────── 


セプティマとドウシィの子供が5歳になった。
子供は別のドームに移される。
誰かといることは、知識、感情に偏りを生む。
それが、きまり。

 ドウシィがプレマルジナと、ここを出ていった。
 子供を生んで役目は果たしたから、と笑っていた。
 ドウシィはとても幸せそうな顔をしている。

プレマルジナがドウシィと、ここを出ていく。
ドームの外は、まだヒトが生活出来る状態ではない。
それでも二人でいたいのだと。
ドウシィが泣くんだ、ぼくが壊れるのを見たくないと。

「ふたりはどうなったの?」

「ドウシィは分かりませんが、プレマルジナは平常に過ごしています」

「幸せ、ってこと?」

 答える代わりに、ポステアは微笑んだ。
 幸せであれば、いいのだけど。


────────────── 

そうして訪れた、変わらない毎日。

いつもの毎日。

────────────── 
 
「戻ってきたら、ぼくのお嫁さんになって」

 出掛ける前のポステアに問いかけた。
 けれど、言葉なく微笑むだけで。
 次の日には、当たり前にここにいるポステアは傷を作らない。

────────────── 

届かなかった言葉。
届けたかった言葉。
届かない、言葉。


──────────────
 
いつの間にかしわくちゃになったセプティマの手。

 いつまでもほとんど変わらないポステアの手。
 起き上がることもできない身体。
 目は霞み、耳も遠い。
 だけど、ポステアの笑顔は何一つ変わらない。

「お休みなさい」

 変わらない、出掛ける前の一言。
 今日出掛けるのはぼくだけれど。
 想いは言葉にはならなくて。
 返したいのに、もう動かせない。

────────────── 

虹、を見た。
 星、を見た。

治せなかった、傷。

消去できない、壊れたファイル。

君が、なんだったなんてどうでもいいんだ。

 君に、幸せがあることを心から祈っているよ。

わたしの目から、滴が落ちた。

 ぼくの手に、滴が落ちた気がした。

 

  



 



 

 





 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

「モブ子で結構。クラスでパシリにしていたあなたより、フォロワーが100万人多いので、趣味の合わない方とはお話ししない主義なので」

まさき
ライト文芸
静はイヤホンをつけ、眼鏡を外した。 「ごめんなさい——趣味の合わない方とはお話ししない主義なの」 ——これは、モブ子と呼ばれた少女が、誰にも媚びなかった夏の話。 学校では地味で目立たない女子高生・葛城静。分厚い眼鏡、冴えない服装、クラスのリア充グループには「モブ子」と呼ばれ、パシリにされる日々。「ブスに夏休みは似合わないよね」——そんな言葉を笑顔で浴びせてくる同級生たちは、知らない。 彼女が、フォロワー100万人を誇る超人気ストリーマー「シズネ」だということを。 夏休み。秘密の別荘プールから配信した100万人記念ライブが大バズり。特定班の動きは早く、やがて「シズネ=あのモブ子」という事実がXのトレンドを席巻した。 翌朝の教室。昨日まで見下していた同級生たちが、一斉に満面の笑みを向けてくる——。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...