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壱
しおりを挟む私は、都内の病院で看護師をしております。数え切れないほどの患者さんの最期を看取ってきて『死』が日常になってしまっておりますが、こんな私でも、おひとりだけ、どうしても、死に際を忘れることができない患者さんがいらっしゃいます。あまりにも悍ましい光景だったため、未だに、あの夜の出来事は悪い夢だったのではないかと思っております。そう自分に言い聞かせ信じ込ませないことには正気を保つことができないほど、あの日の夜の出来事は恐ろしかったのです。
眞方呂さんという名の御婦人は還暦間近でしたが、とても美しい患者さんでした。雪のように真っ白に染まった髪と白磁のように透き通る肌、物腰柔らかい口調、形の良い口元には常に穏やかな微笑を湛えており、浮世離れした雰囲気を醸し出しておりました。彼女には家族も親戚もいないらしく、主治医から余命宣告を受け入院し、あのような惨たらしい最期を遂げるまで、彼女の見舞いに訪れた人は、私が知る限りひとりもいませんでした。
あの日、私は夜勤で、消灯後一回目の巡回をしておりました。眞方呂さんの個室は四階のフロアのいちばん奥でした。死を間近に迎えた眞方呂さんは激痛を和らげるために麻薬性鎮痛薬を投与されていたので、もうその頃には、彼女が起きている姿を見ることはありませんでした。私は、眞方呂さんの眠りを妨げないように、そっと病室に足を踏み入れました。しかし、驚いたことに、眞方呂さんは、ベッドの上で身を起こし、カーテンを開け放し窓の外の様子を、じいっと見つめていたのです。
「眞方呂さん、起きていらっしゃったんですね。痛み、お辛いですよね。お薬お持ちいたしましょうか?」
鎮痛薬の効果が切れ、痛みで眠れないのだと思った私が話し掛けると、彼女は、
「今夜は、赤い月が出ているのね」
と言いました。
「ええ。今夜は、皆既月食ですから。世間はその話題で持ち切りですよ」
妙なことを言うのだなと思いつつも、私は、鎮痛薬の副作用の所為だろうと思いました。
「そうなのね……どう足掻いたところで、私は“赤月之命(あかつきのみこと)”様から逃げきることはできなかったのね」
眞方呂さんは、観念するように呟き、
「本当は、この話は墓場まで持っていくつもりでしたが、看護師さん、最期に、私の身の上話を聞いていただけないでしょうか?」
と、私に懇願しました。こうした流れで、私は、眞方呂さんの身の上話を聞くことになったのです。眞方呂さんは、すうっと、ひとつ息をすると、遠くを見るような目をして話し始めました。
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