成瀬さんは世渡りが下手すぎる

喜島 塔

文字の大きさ
20 / 126
第一部

19

しおりを挟む
「わかったよ。包み隠さず話すよ」
「ありがとうございます!」
「小川さん、うちの部署にも来たよ」
「国際営業課にですか?」
「うん。うちの部署に限らず、いろんなところで成瀬さんの悪口言ってるみたいだよ。しかも、成瀬さんに突き飛ばされた時に倒れてケガをしたとかで、右手に包帯巻いてるんだけど」
 さすがの唯香もこれは予想外だった。自分を貶めるためにそこまでやる必要があるのだろうか? と思うと、体内を流れる血液が凍りつくようだった。そして、人間という生き物、殊更に“女”という生き物の悍ましさを思い知らされた気がした。

「岡崎さんは、小川さんの話を信じますか?」
「愚問だね。そんな三文芝居信じるほど、俺はバカじゃないよ。じゃなきゃ、成瀬さんを助けようなんて思う筈がないよ」
 岡崎さんの真っ直ぐな瞳を見て、唯香は、ホッと胸を撫でおろした。
「岡崎さんを疑ったわけじゃないんです。ごめんなさい。『私を信じる』っていう言葉が欲しくて。それに縋らないと心を正常に保てないくらい、私、弱ってるみたいなんです」
 嬉しくて、涙が溢れそうになるのを、唯香は必死に堪えた。と、その時、岡崎さんのスマートフォンに着信が入った。「ちょっと、失礼!」と言って、そそくさと店の外に出た岡崎さんを、唯香は窓から眺めていた。この店に到着した時より、少し雨脚が強まっていた。赤色のオーニングテントの下で通話する岡崎さんの横顔を街路灯の白色の光がほんのりと映し出していた。彼の表情を認識することはできないが、何やら、通話相手を懸命に宥めているような、そんな印象を受けた。きっと、岡崎さんのスマートフォンの向こう側に居るのは“女”なのだろうと思った。唯香の中で、その“女”に対する不快な感情が湧き上がってくるのがわかった。それは、嫉妬が形成される途中の灰色の感情で、コンビニの店員から釣銭をぞんざいに渡されたときに感じる程度のものだった。

 通話が終わり、店内に戻ってきた岡崎さんの表情は、とても明るかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...