19 / 126
第一部
18
しおりを挟む
店内は、白とマホガニー色を基調としており、時間がゆっくりと流れているように感じた。ビジネス層をターゲットとしているのだろう。店内には、会社帰りと思われる男女が多く、皆、至福のひと時を満喫しているように見えた。カラン、というドアベルの音に反応した折り目正しい店員が、岡崎さんと唯香を店内の奥の方の席を案内してくれた。店員は、メニューを手渡しながら、おすすめのメニューを丁寧に説明してくれたが、憧れの岡崎さんを目の前にした唯香は、極度の緊張のため、何も頭に入ってこなかった。唯一記憶に残っていたのは、なぜか、ポルチーニ茸で、ポルチーニ茸が唯香の頭の中をぐるぐると回転していた。
「成瀬さん、決まった?」
メニュー見ていた岡崎さんが笑顔で尋ねてきた。
「ごめんなさい。私、男の方と、こんな素敵なお店で食事をするの久しぶり過ぎて……緊張して思考能力が低下しているみたいで、全然決められないんです」
「本当? 成瀬さんほどの美人さんが?」
岡崎さんは、心底驚いた顔をして、
「実は、俺も、すっごい緊張してる」
と言った。
「えっ? 本当ですか?」
「俺……成瀬さんのこと、ずっと気になってたからさ……」
岡崎さんの、涼し気な切れ長の目に見つめられて、唯香はとろけるチーズみたいにとろとろと蕩けてしまいそうだった。
「って、何、俺、口説いてるんだろ? 成瀬さんが直面している問題が解決したら、改めて、俺の想いを成瀬さんに伝えてもいいかな?」
「はいっ!」
唯香の中で消えかけていた“女”がむくむくと膨れ上がって、熱を帯びたからだが、彼を欲しているのがわかった。
「成瀬さんは、いつまで有給とれるの?」
「とりあえず一週間ということで、宇野沢課長には承認頂いているのですが」
『ポルチーニとトリュフのシチリア風なんちゃらかんちゃら』を、お口に運ぶ手を止めて唯香が答えた。滅多に食べることができないごちそうだが、極度の緊張で味わう余裕などなかった。きのこの王様ポルチーニ茸も、スーパーマーケットで売っている茶碗蒸しの中に入っている松茸の形をした、ぺらっぺらの式神のようなきのこも、今の唯香にとっては判別不能だった。
「うーん……一週間かあ。間に合うといいんだけど」
何が間に合うのか、唯香には皆目見当がつかなかっが、まだ、そのことは訊いてはいけないような気がして、唯香は、別の質問を投げかけた。
「あの……今、職場で、私と小川さんの噂って広まってます?」
「ああ……俺から伝えちゃっていいのかなあ?」
「大丈夫です! 私の中では覚悟ができているし、小川さんがおとなしく黙っているとも思っていないので、包み隠さず現状を教えていただけませんか? 岡崎さん以外に、こんなこと尋くことができる人も、教えてくれる人も、私にはいないんです! お願いします!」
かつては、唯香にも同期の仲間たちがいた。しかし、皆、寿退社したり転職してしまったりして、心許せる仲間は、もう社内にはひとりもいない。
「成瀬さん、決まった?」
メニュー見ていた岡崎さんが笑顔で尋ねてきた。
「ごめんなさい。私、男の方と、こんな素敵なお店で食事をするの久しぶり過ぎて……緊張して思考能力が低下しているみたいで、全然決められないんです」
「本当? 成瀬さんほどの美人さんが?」
岡崎さんは、心底驚いた顔をして、
「実は、俺も、すっごい緊張してる」
と言った。
「えっ? 本当ですか?」
「俺……成瀬さんのこと、ずっと気になってたからさ……」
岡崎さんの、涼し気な切れ長の目に見つめられて、唯香はとろけるチーズみたいにとろとろと蕩けてしまいそうだった。
「って、何、俺、口説いてるんだろ? 成瀬さんが直面している問題が解決したら、改めて、俺の想いを成瀬さんに伝えてもいいかな?」
「はいっ!」
唯香の中で消えかけていた“女”がむくむくと膨れ上がって、熱を帯びたからだが、彼を欲しているのがわかった。
「成瀬さんは、いつまで有給とれるの?」
「とりあえず一週間ということで、宇野沢課長には承認頂いているのですが」
『ポルチーニとトリュフのシチリア風なんちゃらかんちゃら』を、お口に運ぶ手を止めて唯香が答えた。滅多に食べることができないごちそうだが、極度の緊張で味わう余裕などなかった。きのこの王様ポルチーニ茸も、スーパーマーケットで売っている茶碗蒸しの中に入っている松茸の形をした、ぺらっぺらの式神のようなきのこも、今の唯香にとっては判別不能だった。
「うーん……一週間かあ。間に合うといいんだけど」
何が間に合うのか、唯香には皆目見当がつかなかっが、まだ、そのことは訊いてはいけないような気がして、唯香は、別の質問を投げかけた。
「あの……今、職場で、私と小川さんの噂って広まってます?」
「ああ……俺から伝えちゃっていいのかなあ?」
「大丈夫です! 私の中では覚悟ができているし、小川さんがおとなしく黙っているとも思っていないので、包み隠さず現状を教えていただけませんか? 岡崎さん以外に、こんなこと尋くことができる人も、教えてくれる人も、私にはいないんです! お願いします!」
かつては、唯香にも同期の仲間たちがいた。しかし、皆、寿退社したり転職してしまったりして、心許せる仲間は、もう社内にはひとりもいない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮恋歌――人質妃ですが、守られるだけでは終わりません
佳乃こはる
キャラ文芸
大陸の宗主国・夏。
北の辺境国・胡から人質同然に送られ、百人目の妃として後宮に入った少女・小蘭。
ある夜、彼女は奔放で軽薄に見える皇子・蒼龍と出会う。
だがその仮面の奥には、皇帝となる宿命と、誰にも明かせぬ孤独が隠されていた。
理不尽な運命に翻弄されながらも、自ら選び取る強さを失わない小蘭。
守るために距離を取ろうとする蒼龍。
嫉妬と陰謀が渦巻く後宮で、二人は惹かれ合い、やがて運命そのものに抗い始める――。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる