成瀬さんは世渡りが下手すぎる

喜島 塔

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第一部

18

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 店内は、白とマホガニー色を基調としており、時間がゆっくりと流れているように感じた。ビジネス層をターゲットとしているのだろう。店内には、会社帰りと思われる男女が多く、皆、至福のひと時を満喫しているように見えた。カラン、というドアベルの音に反応した折り目正しい店員が、岡崎さんと唯香を店内の奥の方の席を案内してくれた。店員は、メニューを手渡しながら、おすすめのメニューを丁寧に説明してくれたが、憧れの岡崎さんを目の前にした唯香は、極度の緊張のため、何も頭に入ってこなかった。唯一記憶に残っていたのは、なぜか、ポルチーニ茸で、ポルチーニ茸が唯香の頭の中をぐるぐると回転していた。

「成瀬さん、決まった?」
 メニュー見ていた岡崎さんが笑顔で尋ねてきた。
「ごめんなさい。私、男の方と、こんな素敵なお店で食事をするの久しぶり過ぎて……緊張して思考能力が低下しているみたいで、全然決められないんです」
「本当? 成瀬さんほどの美人さんが?」
 岡崎さんは、心底驚いた顔をして、
「実は、俺も、すっごい緊張してる」
 と言った。
「えっ? 本当ですか?」
「俺……成瀬さんのこと、ずっと気になってたからさ……」
 岡崎さんの、涼し気な切れ長の目に見つめられて、唯香はとろけるチーズみたいにとろとろと蕩けてしまいそうだった。
「って、何、俺、口説いてるんだろ? 成瀬さんが直面している問題が解決したら、改めて、俺の想いを成瀬さんに伝えてもいいかな?」
「はいっ!」
 唯香の中で消えかけていた“女”がむくむくと膨れ上がって、熱を帯びたからだが、彼を欲しているのがわかった。

「成瀬さんは、いつまで有給とれるの?」
「とりあえず一週間ということで、宇野沢課長には承認頂いているのですが」
『ポルチーニとトリュフのシチリア風なんちゃらかんちゃら』を、お口に運ぶ手を止めて唯香が答えた。滅多に食べることができないごちそうだが、極度の緊張で味わう余裕などなかった。きのこの王様ポルチーニ茸も、スーパーマーケットで売っている茶碗蒸しの中に入っている松茸の形をした、ぺらっぺらの式神のようなきのこも、今の唯香にとっては判別不能だった。
「うーん……一週間かあ。間に合うといいんだけど」
 何がのか、唯香には皆目見当がつかなかっが、まだ、そのことは訊いてはいけないような気がして、唯香は、別の質問を投げかけた。
「あの……今、職場で、私と小川さんの噂って広まってます?」
「ああ……俺から伝えちゃっていいのかなあ?」
「大丈夫です! 私の中では覚悟ができているし、小川さんがおとなしく黙っているとも思っていないので、包み隠さず現状を教えていただけませんか? 岡崎さん以外に、こんなこと尋くことができる人も、教えてくれる人も、私にはいないんです! お願いします!」

 かつては、唯香にも同期の仲間たちがいた。しかし、皆、寿退社したり転職してしまったりして、心許せる仲間は、もう社内にはひとりもいない。
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