成瀬さんは世渡りが下手すぎる

喜島 塔

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第一部

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 第2会議室は小規模な会議室だ。室内には四人掛けのミーティングテーブルセットとホワイトボードと内線電話があるだけで、商談や、面接等に利用されることが多い。唯香は宇野沢に促され、宇野沢の対面の椅子に腰かけた。

「どう? 少しはリフレッシュできたかな?」

 退職を決意した唯香の表情が怖かったのだろう。宇野沢は、場を和ませるように尋いてきた。

「体の方はリフレッシュできたと思いますが、正直、心は休まりませんでした」

 言葉が強くならないように気を付けながら、唯香は宇野沢の質問に答えた。

「そうだろうねえ……」

 宇野沢は、うんうん、と相槌を打っていた。早く話を切り上げたい唯香は、

「一週間、私なりにいろいろと考えて、漸く決心がつきました」
 と言って、ジャケットのポケットに忍ばせた退職届を取り出し、宇野沢の前につつっと差し出した。唯香の想定外の行動に仰天した宇野沢が椅子から転がり落ちた。

「ちょ、まっ……ちょっ、成瀬さん、落ち着いて!」

(オマエがな)

 腰をさすりながら立ち上がった宇野沢は、内線電話の受話器を取り、

「あっ? 高部さん? 丁度良かった。あのね、第2会議室にコーヒーふたつ持ってきてくれない? うん、そうそう、お客さん用のちょっといい豆の、はい、はい。よろしくお願いしまーす」
 と、話す宇野沢を見て、唯香は、
(ここは、カラオケボックスかっ!)
 と、心の中でツッコミを入れた。

 高部が淹れてきた“お客さん用のちょっといい豆”のコーヒーを震える手で飲む宇野沢。動揺しまくりの宇野沢を落ち着かせようと、唯香は、
「ブルーマウンテンですかね?」
 と、宇野沢に問いかけた。

「う、うん、そうだねえ。マウンテン……マウントフジ、FUJIYAMAだねえ」

(だめだ、こりゃ)

 唯香は、この話し合いが長期戦になることを覚悟した。そうこうしているうちに、内線電話がかかってきた。

「あっ、はい、お疲れ様です! ええ、ああ! そうですか! はい、いやあ、こちらもちょうどその件で成瀬さんと話をしているところでして……ええ、ええ、もちろんでございますう……はい、はい、お待ちしておりますゆえ、はい。では、後ほど」

 受話器を置いた宇野沢の顔に血の気が戻っていた。

「今から総務部の中井なかい課長がこちらにいらっしゃるようなので、少し待ちましょう」

「私が不在中に何が起こったのかは私には皆目見当がつきませんが、小川さんが不在の件と総務部が何か関係しているのですか?」

「うん。そうなんだよ。ちょっと今回の件は、営業課内だけに留め置くことができないくらい大きな話になってしまってねえ。本来なら、成瀬さんの直属の上司である私の方から伝えるべきなんだろうけど。今回の事件の張本人は総務部の子らしいから、あちらから話をしていただいた方が良いと判断したわけですよ」

「はあ……そうですか」

 唯香は、宇野沢のソーサーの上に零れまくっている琥珀色のコーヒーが乾いて白いソーサーに張り付いて星形の痣みたいになっている様を見て、笑いを堪えるので精一杯だった。
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