成瀬さんは世渡りが下手すぎる

第二部

１１

　タイミング良く次の料理“オマール海老の冷製コンソメスープ　ウニ風味とキャビアを添えて”をサーブしに来た折り目正しいギャルソンに、岡崎さんがワインについて質問をしている。日常とは無縁の夢のような時間。たまには、こうした時間を愉しむ心の余裕が今の自分には必要なのではないか？　と唯香は思った。

「そう言えば、小川さんの後任は決まったの？」
「あっ、はい。夏季休暇明けから派遣社員の方が小川さんの仕事を引き継いでくれています」
「正社員じゃなくて派遣社員を採用したんだね」
「ええ。山崎洋子さんっていう方なんですけど、柊花大卒で私とタメらしいんですよね。学部も違うし在学中は接点がなかったみたいで、私は彼女のこと憶えていないんですけど……」
「うちの会社は柊花卒が多いよね。それで、成瀬さんは、山崎さんと一緒に仕事していてどう？　うまくやっていけそう？」

　唯香は、この質問に正直に答えるべきかどうか悩んだ。山崎洋子は、仕事もできて、気配りもできる。まさに理想のビジネスパートナーだ。それなのに、唯香は、課内における自分の立場が彼女に乗っ取られるような不安と焦燥感に日々苛まれている。こんな胸の内を打ち明けたら、岡崎さんに呆れられてしまうのではないか？　と。

「ええ、もちろんですよ。彼女、すごいキャリアの持ち主で、本当に仕事覚えが早いし、コミュニケーション能力も高くて……紹介予定派遣でうちの会社と契約しているらしいんで、もうすぐ正規社員に昇格すると思いますよ」

　唯香は、勘の良い岡崎さんに本心を見透かされないように、明るい笑顔で答えた……つもりだった。

「ねえ、成瀬さん……こんなこと訊いていいのかどうかわからないんだけど、成瀬さんは、これからも、ずっと、今の職場でバリバリ働いていこうと思ってる？」
「うーん……それは、結婚願望があるかどうか？　という質問と捉えて良いんですかね？」
「まあ、そういうことになるね」
「そりゃ。私だって寿退社したいですよー。好き好んで仕事してるわけじゃないですもん。私、八角重工に入社した時は、二年以内にいい人つかまえて寿退社するつもりだったし。同期の子たちなんて、もう、みんな寿退社か転職してひとりもいませんよー。ちょっと、昔、ちやほやされたからって、人生イージーとか舐めてたんですよ。それが、今や売れ残り！　まごうことなき、お局様ポジション！」
　
　そう言って、唯香は自嘲気味に嗤った。

　ワインの口あたりが良くて、いつの間にか、唯香はボトルの半分をあけていた。決して酒が弱くない唯香だが、ラグジュアリーな空間で飲む酒は、アルコールによる酔いにプラスして自己陶酔も加味されるようで、すっかり緊張もほぐれていた。

「そっかあ……成瀬さんは、仕事一筋で結婚願望なんてないって思っていたから安心したよ」

　唯香は、岡崎さんが紡いだ言葉の意味を考えていた。

（“安心”ってどういう意味だ？）

　岡崎さんの表情が少し緊張しているように見えた。