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第二部
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ミシュランガイドで3ツ星を獲得したグランメゾンの窓際の席から、眼下に広がる東京を目にした唯香の形の整った唇から「きれい」という呟きが零れた。天空を仰ぎ見るようにして建ち並ぶ高層ビル。数えきれないほどの窓から漏れる光が夜の都会の街を照らし出している。「都会の夜空には星がない」と、最後まで、唯香が東京の大学に行くことに反対していた今は亡き祖父の言葉が唯香の脳裏を過った。確かに、都会の空には星が見えない。でも、“無い”わけではない。星は、有るべき場所で燦然と輝いている。その星のカケラを掴むことができるかどうかは、自分次第なのではないか? と、唯香は思った。
メニューを開いてみたものの、やたらと長い料理名ばかりで何のことやらさっぱりわからない唯香は、こういった高級レストランに慣れていそうな岡崎さんに全てお任せすることにした。
「岡崎さんは、こういったレストランによく来られるんですか?」
不慣れな高級レストランで緊張している唯香とは対照的に一挙手一投足がスマートな岡崎さんに、唯香は訊かずにはいられなかった。
「海外からいらっしゃったクライアントの接待で否が応でも慣れざるを得なかっただけだよ」
そう言って、岡崎さんはにっこりと微笑んだ。本当は、女をとっかえひっかえ連れて来ているんじゃないかしら? という疑念が唯香の中でむくむくと膨らんできていた。
「あっ、そうそう! 成瀬さんが気にしていた小川さんの例の事件だけど、人事課の若村さんが引き起こした騒ぎと俺が考えていた策は無関係だよ。俺は、人事課にいる同期に頼んで小川さんを自己都合退職に追い込む策を講じていたんだ。その関係で、人事課に足を運ぶことはあったから若村さんのことは知っていたけれども、彼女と結託するという選択肢はなかったな」
「そうなんですね。じゃあ、今回の件は偶然時期が重なって、若村さんの動きの方が早かった、ということになるのですね?」
「うん……そういうことになるね……結果論としては。俺が、成瀬さんの力になれなかったことが心苦しいけれども……この弁明で俺に対する疑いは晴れたかな?」
「はい」
唯香は、満面の笑みでそう答えながらも、彼に対する疑念は晴れていなかった。
岡崎さんと初めてふたりきりで食事をしたあの夏の夜、突如架かってきた電話。赤色のオーニングテントの下で通話する岡崎さんのスマートフォン越しにいるのは“女”だと唯香は直感した。もし、その相手が若村沙織だったのだとしたら? しかし、このことには何の証拠もない。これ以上、岡崎さんを詮索するのはやめようと唯香は思った。何だかんだ言っても、唯香は岡崎さんに惹かれているのだ。あまりにしつこく詮索して彼に面倒な女だと思われ、彼に嫌われることがいやだった。
メニューを開いてみたものの、やたらと長い料理名ばかりで何のことやらさっぱりわからない唯香は、こういった高級レストランに慣れていそうな岡崎さんに全てお任せすることにした。
「岡崎さんは、こういったレストランによく来られるんですか?」
不慣れな高級レストランで緊張している唯香とは対照的に一挙手一投足がスマートな岡崎さんに、唯香は訊かずにはいられなかった。
「海外からいらっしゃったクライアントの接待で否が応でも慣れざるを得なかっただけだよ」
そう言って、岡崎さんはにっこりと微笑んだ。本当は、女をとっかえひっかえ連れて来ているんじゃないかしら? という疑念が唯香の中でむくむくと膨らんできていた。
「あっ、そうそう! 成瀬さんが気にしていた小川さんの例の事件だけど、人事課の若村さんが引き起こした騒ぎと俺が考えていた策は無関係だよ。俺は、人事課にいる同期に頼んで小川さんを自己都合退職に追い込む策を講じていたんだ。その関係で、人事課に足を運ぶことはあったから若村さんのことは知っていたけれども、彼女と結託するという選択肢はなかったな」
「そうなんですね。じゃあ、今回の件は偶然時期が重なって、若村さんの動きの方が早かった、ということになるのですね?」
「うん……そういうことになるね……結果論としては。俺が、成瀬さんの力になれなかったことが心苦しいけれども……この弁明で俺に対する疑いは晴れたかな?」
「はい」
唯香は、満面の笑みでそう答えながらも、彼に対する疑念は晴れていなかった。
岡崎さんと初めてふたりきりで食事をしたあの夏の夜、突如架かってきた電話。赤色のオーニングテントの下で通話する岡崎さんのスマートフォン越しにいるのは“女”だと唯香は直感した。もし、その相手が若村沙織だったのだとしたら? しかし、このことには何の証拠もない。これ以上、岡崎さんを詮索するのはやめようと唯香は思った。何だかんだ言っても、唯香は岡崎さんに惹かれているのだ。あまりにしつこく詮索して彼に面倒な女だと思われ、彼に嫌われることがいやだった。
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