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第二部
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「さあ、お客様ぁ、こちらのお席へどうぞー」
若さと明るさが売りみたいな小川が、唯香を奥のボックス席へと案内してくれた。昭和感を醸し出している臙脂色のベロアのソファに座ると、ママさんがお通しとビールをテーブルの上に置いて、小声で「これは、私の奢りね」と言った。ママさんがカウンター席に戻ったのを確認した小川が、
「なんか、成瀬さん元気なぁい。何かあった? 愚痴でもなんでも吐き出しちゃいなよ。もう、私は、“八角重工”の“小川美希”じゃなくて、“スナック美沙”のチーママの“杉田美希”なんだからぁ。お客様の心の重荷を少しでも軽くしてあげられたらいいなぁって思ってるの。だからぁ、昔の蟠りなんて捨てちゃおうよ。うちはキャバクラじゃないからぁ、本当はひとりのお客さんにつかないんだけどぉ、成瀬さんは、昔の誼だから特別だよぉ」
そう言って、小川はにっこりと笑った。
「ありがとう。私ひとりで飲むのも寂しいから、ちょっと、付き合ってくれる?」
そんな二人の会話を聞いていたらしい“源さん”が、
「そこの別嬪さんは、美希ちゃんのお友達なんじゃろう? ワシが持つから!」
と言った。美希は満面の笑みを浮かべて、
「えー? いただいちゃっていいんですかぁ? 源さん、大好きっ! いただきまあす!」
と答えたが、唯香は、初対面の見ず知らずのおじさんに酒を奢ってもらっていいものかどうか悩んでいた。唯香の心中を汲み取った小川が、
「成瀬さん……そういうところだってば!」
と言った。どういうところだろうと唯香は思ったが、それは後でゆっくり小川に尋くことにして、源さんにお礼を言った。
(ていうか、これ、どういう状況よ?)
昔、職場で犬猿の仲だった後輩が下町の場末のスナックでチーママをしていて、そして、なぜか、彼女と酒を酌み交わしている……
「ていうか……小川さん……じゃなくて、杉田さんはここに転職したの?」
「ああ……面倒くさいから“美希”って呼んでくださいよぉ。転職じゃなくて、ここ、私の母のお店なんですよぉ」
「えっ? そうなの? ということは、ママさんは、み……美希のお母さんなの?」
と、唯香が驚いて言うと、美希は自嘲気味に嗤った。
「ちゃーんと血の繋がりがある母ですよー。ぜんぜん似てないでしょお? 私は父にそっくりらしいんすよぉ」
「お父さんは、一緒に暮らしてないの?」
「ああ、私は妾の子なんですよぉ。母は、若い頃銀座の高級クラブで働いていて、その時常連客だった父に見初められたらしいです。青年実業家だかなんだか知らないけど、当時は相当羽振りが良かったらしいですね。本当は離婚して母と再婚したかったらしいんですけど、父の奥さんが精神病んじゃったみたいでぇ。それでも、母と私は、父からかなりのお金を積んでもらってたんで、それなりに裕福な生活ができていたんですよぉ。それが、私が小学校に上がる少し前くらいに、父の会社が倒産して行方眩ませちゃったんですよね。それからは貧乏暮らしですよぉ。ちなみに、『スナック美沙』を開業したのは、私のおばあちゃんでぇ、あ、“美沙”はおばあちゃんの名前。母は二代目のママで名前は“美奈”。バイトの女の子たちには源氏名使わせるけど、うちは、基本本名でやってるんですよぉ……って、私がひとりでベラベラ喋ってちゃ、どっちがお客さまか分からないじゃないですかぁ!」
そう言って、美希は大笑いした。こっちの方が天職なんじゃないかと唯香は思った。
若さと明るさが売りみたいな小川が、唯香を奥のボックス席へと案内してくれた。昭和感を醸し出している臙脂色のベロアのソファに座ると、ママさんがお通しとビールをテーブルの上に置いて、小声で「これは、私の奢りね」と言った。ママさんがカウンター席に戻ったのを確認した小川が、
「なんか、成瀬さん元気なぁい。何かあった? 愚痴でもなんでも吐き出しちゃいなよ。もう、私は、“八角重工”の“小川美希”じゃなくて、“スナック美沙”のチーママの“杉田美希”なんだからぁ。お客様の心の重荷を少しでも軽くしてあげられたらいいなぁって思ってるの。だからぁ、昔の蟠りなんて捨てちゃおうよ。うちはキャバクラじゃないからぁ、本当はひとりのお客さんにつかないんだけどぉ、成瀬さんは、昔の誼だから特別だよぉ」
そう言って、小川はにっこりと笑った。
「ありがとう。私ひとりで飲むのも寂しいから、ちょっと、付き合ってくれる?」
そんな二人の会話を聞いていたらしい“源さん”が、
「そこの別嬪さんは、美希ちゃんのお友達なんじゃろう? ワシが持つから!」
と言った。美希は満面の笑みを浮かべて、
「えー? いただいちゃっていいんですかぁ? 源さん、大好きっ! いただきまあす!」
と答えたが、唯香は、初対面の見ず知らずのおじさんに酒を奢ってもらっていいものかどうか悩んでいた。唯香の心中を汲み取った小川が、
「成瀬さん……そういうところだってば!」
と言った。どういうところだろうと唯香は思ったが、それは後でゆっくり小川に尋くことにして、源さんにお礼を言った。
(ていうか、これ、どういう状況よ?)
昔、職場で犬猿の仲だった後輩が下町の場末のスナックでチーママをしていて、そして、なぜか、彼女と酒を酌み交わしている……
「ていうか……小川さん……じゃなくて、杉田さんはここに転職したの?」
「ああ……面倒くさいから“美希”って呼んでくださいよぉ。転職じゃなくて、ここ、私の母のお店なんですよぉ」
「えっ? そうなの? ということは、ママさんは、み……美希のお母さんなの?」
と、唯香が驚いて言うと、美希は自嘲気味に嗤った。
「ちゃーんと血の繋がりがある母ですよー。ぜんぜん似てないでしょお? 私は父にそっくりらしいんすよぉ」
「お父さんは、一緒に暮らしてないの?」
「ああ、私は妾の子なんですよぉ。母は、若い頃銀座の高級クラブで働いていて、その時常連客だった父に見初められたらしいです。青年実業家だかなんだか知らないけど、当時は相当羽振りが良かったらしいですね。本当は離婚して母と再婚したかったらしいんですけど、父の奥さんが精神病んじゃったみたいでぇ。それでも、母と私は、父からかなりのお金を積んでもらってたんで、それなりに裕福な生活ができていたんですよぉ。それが、私が小学校に上がる少し前くらいに、父の会社が倒産して行方眩ませちゃったんですよね。それからは貧乏暮らしですよぉ。ちなみに、『スナック美沙』を開業したのは、私のおばあちゃんでぇ、あ、“美沙”はおばあちゃんの名前。母は二代目のママで名前は“美奈”。バイトの女の子たちには源氏名使わせるけど、うちは、基本本名でやってるんですよぉ……って、私がひとりでベラベラ喋ってちゃ、どっちがお客さまか分からないじゃないですかぁ!」
そう言って、美希は大笑いした。こっちの方が天職なんじゃないかと唯香は思った。
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