成瀬さんは世渡りが下手すぎる

喜島 塔

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第二部

30

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「あら、げんさん、来てくれたのお?」

 鼻歌おじさんが立ち止まった横丁の真ん中あたりの店の中から、聞き覚えのある女の声が唯香の耳に飛び込んできた。店の前の紫色の電飾スタンド看板には『スナック美沙みさ』と書かれている。

(スナックかあ。入ったことないんだよなあ。女ひとりで入っていい店なのかなあ?)

 内心躊躇しながらも、唯香は、その声の主の正体を突き止めたいという好奇心に抗うことができなかった。“鼻歌おじさん”改め“源さん”が店の中に入った後、五分ほど時間を空け、唯香は、えいやっ! と店に足を踏み入れた。

「あら、いらっしゃい……」

 そう笑顔で言いかけた、ショッキングピンク色のスナックドレスを身に纏ったポッチャリ体系の金髪巻き髪の女が、唯香を見て、酸素不足の鯉のように口をパクパクさせた。

「ちょっと……何ひとりでこんな店来てんのよっ?」

 ポッチャリホステスが、小声で唯香に尋ねた。

「小川さんこそ、どうして、ここに?」

「ちょっと、美希、何やってるのよ? お客様なんでしょう?」

 店の奥のカウンターから、藤色の着物を纏った、この店のママさんと思われる女性が、小川美希おがわ みきに問い掛けた。

「しょうがないわね! とりあえず、中入ってよ。外寒いでしょ?」

 小川美希は、そう言いながら、渋々店の中に唯香を招き入れた。奥行きがある店内は唯香が思っていたよりも広く感じられた。ドアを背にして右手側にカウンター席、左手側にテーブル席、店の奥にはカラオケセットと小さな舞台があった。常連客と思しき“源さん”は、カウンター席でママと世間話に花を咲かせているようだ。唯香が店内に入って来たことに気付いたママと思われる綺麗な女性は、

「いらっしゃいませ。お客様……かしら?」
 と、微笑みを浮かべながら唯香に問い掛けた。

「あっ……はい。無性にお酒が飲みたくて……スナック初めてなんですけど、女ひとりでも大丈夫でしょうか?」

「もちろんよ! すごい別嬪さんだから、うちで働きたいのかしら? なんて、勘違いしちゃったわ。美希……とお友達なのかしら?」

(“お友達”ではないよね?)

 ママからの質問にどう答えたら良いものか、と困っている唯香を見兼ねた小川が、

「ママ、こちらのお客様、前の職場で少しだけ関わりがあった方なの」
 と答えると、

「あら、そうなの! 奇遇ね! うちの店はアットホームが売りなのよ。心ゆくまでおくつろぎくださいませね」
 と、美人ママが笑顔で言った。ぱっと見、年の頃は四十代前半くらいだろうか? 色香が漂っていて本当に綺麗な人だと、唯香は思った。
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