成瀬さんは世渡りが下手すぎる

喜島 塔

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第三部

18

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 唯香は、音大に進学するようなピアノの才能を持ち合わせていなかったから、一般の大学に進学したが、上手いか下手かを聴き分ける耳にはそれなりに自信があった。紀伊せいらの演奏は技術的に巧いのは勿論だが、それだけで、ピアニストの品定めをするなら、彼女より巧いピアニストは、ごまんといるだろう。もしかしたら、本当に、ご学友の “るりこ”が言うように、彼女の方が真の実力は上なのかもしれない。
 でも、紀伊せいらが一流のピアニストとして世間に認められているのは、彼女が響かせるその ”音色”にあるのかもしれないな、と唯香は思った。まるで、彼女がピアノと融合したような、そんな感じ。癪だけれども、唯香の本能は、彼女の魅力に抗うことができなかった。
 そして、唯香が大学在学中に出場したミスコンで優勝した時、数え切れないほどの多くの目が「羨望」と「嫉妬」を綯交ぜにしたような感情を不躾に唯香に投げつけてきたことを思い出し、スポットライトに照らされた唯香の隣で、取り繕った笑顔で拍手をする一条 蘭がどんな気持ちでいたのかを想像し、ぶるっと身震いをした。
 ベートーヴェンの三大ピアノソナタを見事に弾ききった紀伊せいらに対する称賛の拍手が会場を揺らした。深紅のドレスを身に纏った彼女は、三回ほどカーテンコールでスポットライトの下に呼び戻された後、再び、ピアノに座った。大ホールに集った、およそ二千人ほどの観客たちが彼女のアンコール曲を心待ちにしているようだった。踊り出しそうな心とは裏腹に彼女が奏でる音の粒を脳裏に焼き付けようとする観客たちは、ぴたりと拍手をやめ、ホール内は、しん、と静まった。そして、彼女は、すうっと深呼吸をした後で、リストの『愛の夢 第3番』を弾き始めた。その愛に包まれたロマンチックな旋律は、唯香の幸せを心から祝福するような、あたたかい響きを持っていた。
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