命売りの少年

喜島 塔

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「そんな折、勉学にしか興味が無い私の運命を大きく変える出逢いがありました。今は分かりませんが、私が学生だった当時、大学の近くに『純喫茶 山茶花じゅんきっさ さざんか』というお店があり、私たち学生はよくその店で珈琲を飲みながら、少しお金に余裕がある時はライスカレーなどを食べながら語り合っていました。私が二年生に無事進級した頃だったと記憶しております。構内では桜の花が咲き誇っておりました。皆が無事進級することができたお祝いに『山茶花』に行くと馴染みの給仕さんの姿が見当たらない代わりに新しい給仕さんの姿がありました。念のため言っておきますが『純喫茶 山茶花』は女給さんが同席するような大人のお店ではありませんよ。馴染みの給仕さんが結婚が決まって店を辞めてしまったので新しい給仕さんを雇い入れたのだと店主が仰っていました。新しい給仕さんのお姿を見た瞬間、私の中に未だかつて味わったことのない感情が芽生えました。雷に貫かれたような、とでも言いましょうか。嗚呼、これはいけない、これはいけない、この感情は勉学に支障をきたすと私は思いました。私は、暫くの間『山茶花』に行くのをやめることにしました。しかし、彼女のことを忘れようと思えば思うほど、彼女に会いたくて狂ってしまいそうになるのです。困った私は親友の桜井さくらいに相談しました。すると、桜井は、『お前、それが恋心ってものだ。最先端の医術を以てしても治すことができない病だ』などと言うのです。世話好きな桜井がそんな話を聞いておとなしくしている筈もなく、桜井はふたりの仲を取り持つと言って、私を『山茶花』に連れて行き彼女に私を紹介しました。彼女の名は、八坂百合やさか ゆり。後に私の妻となる女性です。おじさんの惚気話など興味ないって顔をしていらっしゃいますね、七菊様。嫌でも真面目に聴いてくださいね。この空間内で主導権を握っているのは私だということを、努努お忘れなく」
「桜井のおかげで、私と百合は相思相愛の仲となりました。私は大学を卒業したら百合と結婚するつもりでいました。しかし、私たちが夫婦になるには乗り越えなければならない障害が多過ぎました。先ほどお話しした通り、私は上流階級の家の息子です。大学を卒業したら親が決めた許嫁と結婚することが決められていました。しかし、兄たちとは違って三男坊である私には、人生の選択の自由がある程度ありましたから、きっと、百合との結婚も許されるだろうと思っていました。私は世間体というものを軽んじていたのです。その点に関しては、庶民である百合の方が私よりずっと良く分かっていました。身の程を弁えていたのです。だから、彼女は、私が結婚の話を持ち出すたびに煮え切らない態度をとっていたのです。当時の私は、世間の厳しさを知らないお坊ちゃんでしたので百合の気持ちを汲み取ることができませんでした。痺れを切らした私は百合に、私と結婚できない理由を問い質しました。すると彼女は『竜胆さんの家と私の家とでは釣り合いがとれない』と寂しそうに答えました。私は、百合以外の女性と結婚するつもりはありませんでしたから『なんだ。そんなつまらないことで悩んでいたのか。ならば、私の両親からふたりの結婚の許可を得れば私と結婚してくれるのだね?』と困惑顔の百合を宥めて、両親に、百合のことを話し大学を卒業したら彼女と一緒になりたいと申し上げたところ大反対されました。何度も懇願いたしましたが受け入れられることなく私は大学を卒業し、それと同時に百合と駆け落ちしました」
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