命売りの少年

喜島 塔

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「七菊さん、貴女のことは存じ上げておりましたよ。『天才、九賀野財閥のご令嬢 特例で千時丸帝国大学へ進学か?』なんて見出しが新聞やら雑誌を賑わせていましたからね。そんな、有名人が何故、こんな小さな村の小さな病院の院長などに用があるのか。皆目見当もつきませんでしたがね。これ以上、妻に対応させても埒が明かないだろうと思った私は、桜井副院長に少々面倒なことになるかも知れないと伝え、直接、ごっつい車が停まっている場所へ行き、お付きの執事っぽい黒のスーツを着た男に、正面入口から入られると患者さんたちを驚かせてしまうので私について来て欲しいと伝え、お付きの男と貴女を導き、裏口から家族の居住空間である二階へつながる階段を上り私の書斎へ招き入れました……いや、招かざる客でしたがね。待合室にはたくさんの患者さんが診察を待っていたので、私が、貴女にあまり長い時間は取れない旨を伝えると、貴女は私を見下して嗤いましたね。こんな辺鄙な村の病院の医者をしているくらいで調子に乗るなという旨のことを言われた気がしますが、思い出すのも嫌なので割愛いたしますね。貴女方の要求は一方的かつ高圧的でした。端的に言うと、『わたくしども九賀野研究所は今、医学史に残るような重要かつ大規模な研究開発を進めている。よって、使医師、研究者、その他医療の専門家を増員している。四童子竜胆、貴方が書いた論文を医学雑誌で読んだ。貴方は使だから、九賀野研究所のために、千時丸帝国の医学・医療の発展のために尽力しなさい』まあ、ここまで、酷い言い方ではありませんでしたが……兎に角、偉そうな小娘だなあと思いましたよ、七菊様」
「私は大人ですからね。丁重にお断りさせていただきましたよ。この『よもぎ医院』は私にとって大切な場所だから、ここを離れてそちらの研究所に行くことはできない、と。貴女は怒りで顔を歪めていらっしゃいましたね。きっと、自分の思い通りにならない人間の存在が許せなかったのでしょうね。貴女は、今にも私に飛び掛かってきそうな勢いでしたが、お付きの男に宥められて、その日は、お帰りになって下さいましたね。しかし、これで済む筈はないと私は案じておりましたよ。貴女の目は私の父の目と良く似ていましたからね。この類の人間の思考回路は手に取るように分かるのですよ。私は桜井に事の経緯を伝え、大切な患者さんや仲間たちを危険に晒さないために、暫く休診にしようと提案しましたが、桜井は首を縦に振りませんでした。権力を振りかざす者たちの思い通りにさせて堪るもんかと言って聞かないのです。彼の頑固さは良く知っておりましたので私は譲歩し、ならば、せめて、私たちふたりで大切な人たちを護ろうということで桜井も承知してくれました。病院二階の私の家族の居住空間の空いている部屋と、桜井の家の空いている部屋に暫くの間、仲間たちを匿い、四藻木村駐在所の巡査に、最近、不審な人物が徘徊しているので巡回を強化して欲しいとお願いしました」
「しかし、私たち庶民の抵抗を嘲笑うかのような事件が起こってしまいます。狙われたのは、私たちの病院の主任看護婦でもある桜井の妻でした。休日に庭で洗濯物を干していたところ、背後から銃で撃たれたのです。銃弾は彼女の肩を掠めました。犯人はおそらく腕利きの狙撃手だったのでしょう。器用に急所を外しておりました。私は、これは九賀野からの脅迫であると確信しました。彼女の肩の傷は軽傷でしたが、心に深い傷を負ってしまいました。これには、流石の桜井もショックを隠すことができませんでした。私は、もうこれ以上大切な人たちを傷つけられたり、最悪失ってしまうことに耐えることができませんでした。私は、かけがえのない『よもぎ医院』を閉院する決心をいたしました。それでも、桜井は、私が帰ってくるまでこの病院を守ると言ってくれましたが、今度は私が首を縦に振りませんでした」
「こうして、私は大切な家族、仲間、患者さん、村の人々を護るために、大好きなこの地を離れ、九賀野研究所という地獄へと足を踏み入れたのです。このことを知っているのは、桜井と妻だけです。本当のことを言えば、皆、九賀野に対して怒りを露わにしたでしょう。私の自惚れかも知れませんが、もし、私のために九賀野に対して何か反抗的な行動をしてくださる人が出てしまったら、その人たちが私などの為に九賀野という巨大な権力の化け物に報復されることでしょうから。きっと私は、家族を、仲間たちを、患者さんたちを、村人の皆さんを、己が名声、金のために見捨てた裏切り者だと思われたことでしょうけれども、私が悪者になって恨まれることで皆さんに危害が及ばなければ、それでいいと思いました。ただ、その為に、私の大切な家族が辛い目に遭ってしまったら、と思うと胸が張り裂けそうでしたがね」
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