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「先ほど話したでしょう? 僕は政治家、財界人、官僚の客をたくさん持ってたって」
「その客の中に六郷航太が居たってこと?」
「いや、六郷航太 様ではありませんよ」
「じゃあ、誰だっていうのよ?」
鬼灯の勿体ぶった物言いに痺れを切らした七菊は拳銃の引き金を引いた。弾丸は鬼灯の遥か頭上を越えていった。
「『命弾』じゃなくて良かったですねえ。短気は損気ですよ」
鬼灯は顔色ひとつ変えずに言った。
「九賀野家が長男の直理様を世間に隠しているように、六郷家にも隠したい子が居たのですよ」
七菊はハッとした。
「そういえば、六郷の次男の六郷鉄也がとんでもない放蕩息子で一族の面汚しって噂だったわ。でも、ここ一年くらいは奴の噂を耳にしないわね」
鬼灯はニヤリとした。
「そう。その、六郷鉄也も僕目当てに足繫く通う客のひとりだったわけですよ。だいぶ僕に入れ込んでましたよ。僕から見てもこれといって取り柄のなさそうな方でしたからね、子どもの頃から何かにつけて優秀な兄の翔太 様と比べられて性格が歪んでしまったみたいですね。そのくせ、自尊心だけは人一倍高い御仁でねえ。俺が本気出せば兄より優秀なんだ、とか、父上は見る目が無いだとか、愚痴ばっかり言ってましたよ。そんな哀れな鉄也様のお心を天使のような僕が優しく、優しくほぐして差し上げたんですよ。ふふっ。そしたら、あの馬鹿、僕に本気になっっちゃって、『俺と一緒に死んでくれ!』なんて言って拳銃を僕に向けてきやがって! 冗談じゃないですよ。何故にこの僕がこんな愚かな男と心中しなきゃならないんだよって思いましたよ。まあ、僕は一度あなたに殺されたようなもんですしね。今更、死ぬことなんて怖くはなかったんですけど、どうせ死ぬなら、もっといい男と心中したいと思うじゃないですかあ」
「奴は本気みたいだし、命の危険を感じた僕は逃げるので必死でした。必死に宥めたりしたんですけど焼け石に水でしたよ。助けを呼ぶにも恐怖で声が出なくて……奴が引き金に人差し指をかけた瞬間、奴の背後に光る物があったんですよ。一輪挿しの硝子の花瓶でした。僕は奴が引き金を引くのと同時くらいに素早く奴の背後に回り込み、花瓶を振り被って思い切り奴の頭を殴打しました。弾は壁を突き破って隣の部屋に転げ落ちました。奴は頭から血を流してうつ伏せで倒れ、奴の周りには粉々に砕け散った花瓶の破片が血の海に浸かり、奴の後頭部には哀れな奴を嘲笑うかのように美しい深紅の薔薇の花が添えられていました。銃声を聞きつけた隣の部屋の色子と客が血相を変えて僕がその日仕事していた部屋へと入って来ました。その色子は、僕と同い年で同じ頃に店に売られてきた子で境遇も似ていたことから僕たちはとても仲が良かったんです。彼となら心中しても良かったかなあなんて。ふふっ。彼らに事の経緯を説明すると、僕の同僚は、それは正当防衛じゃないかと言って必死に僕を助けようとしてくれたのですが、彼の客まで共犯者にすることはできませんでした。騒ぎを聞きつけた執事……ああ『執事』と言っても、あなたのところの桑原さんみたいな執事じゃありませんよ。昔、店で色子をしていた人たちが成長して男らしくなってしまうと現役卒業になって店の管理職になるんですよ。うちの店は金持ちのおばさんたちの相手もしていたので、そういうおばさんに気に入られて買い取られて店を辞める者もいましたけどね。遊女でいうところの身請けって感じですね。ああ、ちょっと話逸れちゃった。何処まで話しましたっけ? ああ、そうそう。執事がやって来て、執事から店主に話が伝わってしまいました。僕も、僕の同僚も、正当防衛だって主張したんですけど、僕ら色子のことを金を稼ぐ玩具としか思っていない下種な店主が僕たちの言い分を認める筈もなく、僕は地下の折檻部屋で店主の命令を受けた執事たちや先輩の色子たちに気を失うまで殴られて、あの日からずーっと、折檻部屋に閉じ込められているんですよ。六郷鉄也の死体がどうなったかは知りませんけどね」
そこまで話すと、鬼灯は大きな欠伸をした。
「えっ? じゃあ、今、わたくしが話しているあなたは一体何者なのよ? 身体の自由が奪われているのなら、此処に来られるわけないじゃない? そんな作り話をわたくしが信じると思って?」
「その客の中に六郷航太が居たってこと?」
「いや、六郷航太 様ではありませんよ」
「じゃあ、誰だっていうのよ?」
鬼灯の勿体ぶった物言いに痺れを切らした七菊は拳銃の引き金を引いた。弾丸は鬼灯の遥か頭上を越えていった。
「『命弾』じゃなくて良かったですねえ。短気は損気ですよ」
鬼灯は顔色ひとつ変えずに言った。
「九賀野家が長男の直理様を世間に隠しているように、六郷家にも隠したい子が居たのですよ」
七菊はハッとした。
「そういえば、六郷の次男の六郷鉄也がとんでもない放蕩息子で一族の面汚しって噂だったわ。でも、ここ一年くらいは奴の噂を耳にしないわね」
鬼灯はニヤリとした。
「そう。その、六郷鉄也も僕目当てに足繫く通う客のひとりだったわけですよ。だいぶ僕に入れ込んでましたよ。僕から見てもこれといって取り柄のなさそうな方でしたからね、子どもの頃から何かにつけて優秀な兄の翔太 様と比べられて性格が歪んでしまったみたいですね。そのくせ、自尊心だけは人一倍高い御仁でねえ。俺が本気出せば兄より優秀なんだ、とか、父上は見る目が無いだとか、愚痴ばっかり言ってましたよ。そんな哀れな鉄也様のお心を天使のような僕が優しく、優しくほぐして差し上げたんですよ。ふふっ。そしたら、あの馬鹿、僕に本気になっっちゃって、『俺と一緒に死んでくれ!』なんて言って拳銃を僕に向けてきやがって! 冗談じゃないですよ。何故にこの僕がこんな愚かな男と心中しなきゃならないんだよって思いましたよ。まあ、僕は一度あなたに殺されたようなもんですしね。今更、死ぬことなんて怖くはなかったんですけど、どうせ死ぬなら、もっといい男と心中したいと思うじゃないですかあ」
「奴は本気みたいだし、命の危険を感じた僕は逃げるので必死でした。必死に宥めたりしたんですけど焼け石に水でしたよ。助けを呼ぶにも恐怖で声が出なくて……奴が引き金に人差し指をかけた瞬間、奴の背後に光る物があったんですよ。一輪挿しの硝子の花瓶でした。僕は奴が引き金を引くのと同時くらいに素早く奴の背後に回り込み、花瓶を振り被って思い切り奴の頭を殴打しました。弾は壁を突き破って隣の部屋に転げ落ちました。奴は頭から血を流してうつ伏せで倒れ、奴の周りには粉々に砕け散った花瓶の破片が血の海に浸かり、奴の後頭部には哀れな奴を嘲笑うかのように美しい深紅の薔薇の花が添えられていました。銃声を聞きつけた隣の部屋の色子と客が血相を変えて僕がその日仕事していた部屋へと入って来ました。その色子は、僕と同い年で同じ頃に店に売られてきた子で境遇も似ていたことから僕たちはとても仲が良かったんです。彼となら心中しても良かったかなあなんて。ふふっ。彼らに事の経緯を説明すると、僕の同僚は、それは正当防衛じゃないかと言って必死に僕を助けようとしてくれたのですが、彼の客まで共犯者にすることはできませんでした。騒ぎを聞きつけた執事……ああ『執事』と言っても、あなたのところの桑原さんみたいな執事じゃありませんよ。昔、店で色子をしていた人たちが成長して男らしくなってしまうと現役卒業になって店の管理職になるんですよ。うちの店は金持ちのおばさんたちの相手もしていたので、そういうおばさんに気に入られて買い取られて店を辞める者もいましたけどね。遊女でいうところの身請けって感じですね。ああ、ちょっと話逸れちゃった。何処まで話しましたっけ? ああ、そうそう。執事がやって来て、執事から店主に話が伝わってしまいました。僕も、僕の同僚も、正当防衛だって主張したんですけど、僕ら色子のことを金を稼ぐ玩具としか思っていない下種な店主が僕たちの言い分を認める筈もなく、僕は地下の折檻部屋で店主の命令を受けた執事たちや先輩の色子たちに気を失うまで殴られて、あの日からずーっと、折檻部屋に閉じ込められているんですよ。六郷鉄也の死体がどうなったかは知りませんけどね」
そこまで話すと、鬼灯は大きな欠伸をした。
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