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「お父様っ!」
七菊は満面の笑みを浮かべた。
「わたくし、喧嘩に勝ちましたの! これで、わたくしは永遠に生きることができる! わたくしさえ居れば九賀野財閥は何度でも蘇りますわ!」
七菊は、拳銃を両手でしっかりと握った。
「おやめください! 七菊様っ!」
鬼灯が必死に止める振りをした。
「何よ? さっきまで余裕ぶっていたくせに! わたくしが永遠の『命』を手に入れることが怖くなったのかしら? そうよね。あなたはいろいろと悪さして、九賀野を、わたくしを困らせてくれたから、たっぷり仕返ししてあげないとね」
七菊は勝ち誇ったように高笑いをした。そして、銃口を口に咥え両手でしっかりと固定し引き金に指を絡めた。
「七菊! 馬鹿な真似はやめろ! やめるんだっ!」
牡丹が息を切らしながら七菊めがけて走っていったが、七菊が引き金を引く方が僅かに早かった。破壊された七菊の脳から飛び出した脳漿と血液が打ち上げ花火のように大輪の花を咲かせ、白く降り積もった雪の上にぴちゃぴちゃと音を立てて落下し、生暖かい血液が雪を溶かした。七菊は血だまりの上に仰向けに倒れた。その顔は、まるで天下をとった将軍のように愉悦に浸っていた。牡丹はほんの数分前まで生きていた七菊の傍に座り込み、頬を撫でた。
「すべて私の責任だな。女のおまえに九賀野の重荷を背負わせた。普通の娘のように自由に楽しく平凡な人生を歩ませてあげれば良かった……九賀野は私で終わりにすれば良かったんだ……本当に、すまなかった」
牡丹が流した涙が七菊の痩せこけた頬に落ちた。
「牡丹様……」
鬼灯が牡丹の名を呼んだ。
「ああ、巻き込んでしまって申し訳なかったね、零くん。愚かな娘ではあったが、この子はこの子なりに九賀野を護ろうと必死だったんだ。故に人間としての一線は越えてしまったがね。君のお父様もこの研究所で命を落としたのだろう?」
「ご存じだったのですね、牡丹様」
「まあ、知ったのは最近のことだが。本当に申し訳なかった。謝って済むことではないことは重々分かっている。しかし、私にはこうすることしかできない」
そう言って、牡丹は鬼灯に土下座をした。
「おやめください。牡丹様。頭を上げてください」
鬼灯は牡丹の手を握りしめた。鬼灯の本体の命が尽きるのであろう。鬼灯の体は少しずつ実体から霊体へと変化し透明になっていった。
「零くん……もしかして、君は此岸の人ではないのか?」
「ええ。今まで牡丹様が接してくださった僕は『生霊』のような存在だったのかもしれません」
「そ、そんなことが、本当にあり得るのか?」
牡丹は目をぱちくりさせた。
「にわかには信じられないかもしれませんが、実際、こっちの僕は元気に飛び回っていたでしょう? もうすぐ別の場所に居る僕の本体の命が消えるようですので、最期の言葉を聞いてくださいますか?」
「ああ、勿論だとも」
「僕、最初は牡丹様のことが大嫌いだったんです。高慢で変態で」
牡丹は苦笑いをした。
「でも、牡丹様はお変わりになりました。いや、もともと心根のお優しい方だったのでしょう。牡丹様の医学の講義の日、いつも待ち遠しかった。牡丹様の講義、とても分かりやすかったです。きっと、後身の育成に向いていらっしゃるのでしょうね」
鬼灯はにっこりと微笑んだ。
「しかし……もう、私には育てるべき子がいない。本当は君を養子にすることも考えていたんだ。妻と七菊は大反対だったがね」
「それはそうです。どこの馬の骨とも分からない僕を養子にするなど、奥様や七菊様が反対されるのももっともなことです。でも、牡丹様が、そこまで、僕のことを評価してくださっていた、その気持ちがとても嬉しいです。それに、後身なら、ちゃんといらっしゃるではないですか?」
牡丹は心当たりがないというような表情をした。
「長子の直理様ですよ」
「しかし、あの子は……」
「大丈夫です。牡丹様は直理様のご病気のことをご心配されているのでしょう? それなら、もうじき治ります。直理様は生来お心が優しく繊細であったがために九賀野財閥の後継者であるという重圧に耐えることができなかったのでしょう。ご病気さえ快復なされば、直理様ほどの資質を持った方は稀です。陰ながら、僕が直理様を、九賀野家の皆さまを見守りますから」
「見守る? 監視するの間違いでは?」
そう言って、牡丹は笑った。
「ええっ! 僕って、そんなに怖いですかあ?」
「ははっ、冗談だよ。これからの九賀野が道を誤らないように見守ってくれるかい?」
「はいっ! お任せください! それでは、そろそろ成仏する時が来たようですので」
「ああ、今までありがとう、鬼灯くん!」
「こちらこそ、ありがとうございました。牡丹先生」
鬼灯の体が蜃気楼のように揺らぎ宙に吸い込まれるようにして消えて逝った。鬼灯が消えたあたりから雪に混じってひらひらと一葉の写真が舞い降りてきた。写真の中の四人の仲睦まじそうな家族は、花がほころぶような笑顔を浮かべていた。
七菊は満面の笑みを浮かべた。
「わたくし、喧嘩に勝ちましたの! これで、わたくしは永遠に生きることができる! わたくしさえ居れば九賀野財閥は何度でも蘇りますわ!」
七菊は、拳銃を両手でしっかりと握った。
「おやめください! 七菊様っ!」
鬼灯が必死に止める振りをした。
「何よ? さっきまで余裕ぶっていたくせに! わたくしが永遠の『命』を手に入れることが怖くなったのかしら? そうよね。あなたはいろいろと悪さして、九賀野を、わたくしを困らせてくれたから、たっぷり仕返ししてあげないとね」
七菊は勝ち誇ったように高笑いをした。そして、銃口を口に咥え両手でしっかりと固定し引き金に指を絡めた。
「七菊! 馬鹿な真似はやめろ! やめるんだっ!」
牡丹が息を切らしながら七菊めがけて走っていったが、七菊が引き金を引く方が僅かに早かった。破壊された七菊の脳から飛び出した脳漿と血液が打ち上げ花火のように大輪の花を咲かせ、白く降り積もった雪の上にぴちゃぴちゃと音を立てて落下し、生暖かい血液が雪を溶かした。七菊は血だまりの上に仰向けに倒れた。その顔は、まるで天下をとった将軍のように愉悦に浸っていた。牡丹はほんの数分前まで生きていた七菊の傍に座り込み、頬を撫でた。
「すべて私の責任だな。女のおまえに九賀野の重荷を背負わせた。普通の娘のように自由に楽しく平凡な人生を歩ませてあげれば良かった……九賀野は私で終わりにすれば良かったんだ……本当に、すまなかった」
牡丹が流した涙が七菊の痩せこけた頬に落ちた。
「牡丹様……」
鬼灯が牡丹の名を呼んだ。
「ああ、巻き込んでしまって申し訳なかったね、零くん。愚かな娘ではあったが、この子はこの子なりに九賀野を護ろうと必死だったんだ。故に人間としての一線は越えてしまったがね。君のお父様もこの研究所で命を落としたのだろう?」
「ご存じだったのですね、牡丹様」
「まあ、知ったのは最近のことだが。本当に申し訳なかった。謝って済むことではないことは重々分かっている。しかし、私にはこうすることしかできない」
そう言って、牡丹は鬼灯に土下座をした。
「おやめください。牡丹様。頭を上げてください」
鬼灯は牡丹の手を握りしめた。鬼灯の本体の命が尽きるのであろう。鬼灯の体は少しずつ実体から霊体へと変化し透明になっていった。
「零くん……もしかして、君は此岸の人ではないのか?」
「ええ。今まで牡丹様が接してくださった僕は『生霊』のような存在だったのかもしれません」
「そ、そんなことが、本当にあり得るのか?」
牡丹は目をぱちくりさせた。
「にわかには信じられないかもしれませんが、実際、こっちの僕は元気に飛び回っていたでしょう? もうすぐ別の場所に居る僕の本体の命が消えるようですので、最期の言葉を聞いてくださいますか?」
「ああ、勿論だとも」
「僕、最初は牡丹様のことが大嫌いだったんです。高慢で変態で」
牡丹は苦笑いをした。
「でも、牡丹様はお変わりになりました。いや、もともと心根のお優しい方だったのでしょう。牡丹様の医学の講義の日、いつも待ち遠しかった。牡丹様の講義、とても分かりやすかったです。きっと、後身の育成に向いていらっしゃるのでしょうね」
鬼灯はにっこりと微笑んだ。
「しかし……もう、私には育てるべき子がいない。本当は君を養子にすることも考えていたんだ。妻と七菊は大反対だったがね」
「それはそうです。どこの馬の骨とも分からない僕を養子にするなど、奥様や七菊様が反対されるのももっともなことです。でも、牡丹様が、そこまで、僕のことを評価してくださっていた、その気持ちがとても嬉しいです。それに、後身なら、ちゃんといらっしゃるではないですか?」
牡丹は心当たりがないというような表情をした。
「長子の直理様ですよ」
「しかし、あの子は……」
「大丈夫です。牡丹様は直理様のご病気のことをご心配されているのでしょう? それなら、もうじき治ります。直理様は生来お心が優しく繊細であったがために九賀野財閥の後継者であるという重圧に耐えることができなかったのでしょう。ご病気さえ快復なされば、直理様ほどの資質を持った方は稀です。陰ながら、僕が直理様を、九賀野家の皆さまを見守りますから」
「見守る? 監視するの間違いでは?」
そう言って、牡丹は笑った。
「ええっ! 僕って、そんなに怖いですかあ?」
「ははっ、冗談だよ。これからの九賀野が道を誤らないように見守ってくれるかい?」
「はいっ! お任せください! それでは、そろそろ成仏する時が来たようですので」
「ああ、今までありがとう、鬼灯くん!」
「こちらこそ、ありがとうございました。牡丹先生」
鬼灯の体が蜃気楼のように揺らぎ宙に吸い込まれるようにして消えて逝った。鬼灯が消えたあたりから雪に混じってひらひらと一葉の写真が舞い降りてきた。写真の中の四人の仲睦まじそうな家族は、花がほころぶような笑顔を浮かべていた。
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