命売りの少年

喜島 塔

文字の大きさ
87 / 100

87

しおりを挟む
春が訪れ、麗らかな光を浴びながら御所染色の桜が当然のことのように帝都内の名所で艶やかな花を咲かせようとしていたが、人々は毎年あれほど心待ちにしていた桜に目もくれず寧ろその呑気さに苛立ちすら覚えていた。人々の関心は、花でも団子でもなく、帝都内に狂い咲きする号外だった。

『武力行使による死傷者多数』
『十文字国 和平交渉申請却下』
『戦争勃発』

 二百余年続いた平和な時代で育った千時丸帝国の民衆にとって戦争とは恐怖以外の何物でもなかったが、十文字国の一方的な暴力に抗うことなく制圧される様を指を咥えて眺めていることができるほど負け犬精神は持ち合わせていなかった。皆、皇帝の千時丸桂樹 様のことを、この文化的で美しい国を誇りに思い愛しているのだ。それに、戦争という最悪な事態に対する策を講じてこなかったわけではない。民衆は、この国を護るために立ち上がった。

 *

 帝都から遠く離れた北十六区の『一百野診療所いおのしんりょうじょ』の院長である牡丹の元へ、一通の手紙が届いたのは、帝都で開戦に関する号外が狂い咲きした日の翌々日のことだった。差出人は、息子の直理だった。丁度、午前中最後の患者の診察を終えた牡丹は、おそるおそる封を切った。腐っても、元財界人である牡丹は、新聞を定期購読し政治経済、医療などの最新情報を把握することを欠かさないので、十文字国と戦争が勃発したことは勿論知っていた。このタイミングで直理から手紙が届いたということは、良い報せでないことは容易に予想がついた。

***

拝啓

 春陽の候、朝晩はまだ肌寒い日が続きますが、お父さんはいかがお過ごしでしょうか。

 ご存知かと思いますが、とうとう、十文字国との戦争が勃発してしまいました。国境付近では罪のない人々の尊い命がたくさん奪われたと聞き、憤りと悲しみとが綯交ぜになったような筆舌に尽くし難い感情が湧き上がってきました。これから先、多くの人の命を奪われることになるでしょう。何故、同じ人間同士殺し合いをしなければならないのでしょうか? 戦争は、とても、とても、悲しいことです。
 医師を目指す者として、僕は、軍医学校の依託生徒を志願し採用試験を受けました。まだ合否は分かりませんが、手ごたえを感じています。年末に帰省した時にお話しした同志の鷹山夜一たかやま よいち君も志願しました。採用されれば、軍医学校にて教育を受けることになります。手当ても支給されるとのことですので、少額ではありますが仕送りをさせていただきたく存じます。僕をここまで育ててくださったお父さんに少しでも親孝行をしたいのです。まだ採用されたと決まったわけではないのに気が早いですね。
 いずれにしても、懸命に勉学訓練に励み、一日も早く医師に成り、老若貴賤の区別なく一人でも多くの命を助けるため、精進して参ります。

 春の雨に風邪など召されぬようお気を付けください。


敬具

 光芒こうぼう五年 三月二十一日
一百野 直理

一百野 牡丹様
侍史

***


直理からの手紙を読み終えた牡丹は悄然として項垂れた。

「……何故……今、なのだ? 何故、このタイミングで戦争が勃発したのだ? 私は、今は亡き鬼灯くんや、鬼灯くんの父・四童子竜胆しどうじ りんどう氏の、老若貴賤の区別なく医師として人命を救うという遺志を引き継いで、この診療所を開いた。それが『九賀野事件』で無慈悲に命を奪われた人たちに対するせめてもの贖罪だと思ったからだ。鬼灯くんと出逢ってから起こった俄かには信じがたい話を直理に話した後、直理も、その遺志を引き継ぎたいと言ってくれた……嬉しかった……父親というのは身勝手な者だな……医師になることには大賛成なのに、軍医として戦地に赴いて欲しくない……父は、お前に死に急いで欲しくないのだよ。それならばいっそ、あの時、お前とふたりで死んでいた方が少しはマシだったのではないか?これでは、まるで……生き地獄ではないか」

 そう独り言ちながら、牡丹は、天を仰いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

霊和怪異譚 野花と野薔薇[改稿前]

野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。 静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。 『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。 一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。 語られる怪談はただの物語ではない。 それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。 やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。 日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。 あなたも一席、語りを聞いてみませんか? 完結いたしました。 タイトル変更しました。 旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる ※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。 本作は改稿前/改稿後の複数バージョンが存在します 掲載媒体ごとに内容が異なる場合があります。 改稿後小説作品はカイタとネオページで見られます

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

処理中です...