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春が訪れ、麗らかな光を浴びながら御所染色の桜が当然のことのように帝都内の名所で艶やかな花を咲かせようとしていたが、人々は毎年あれほど心待ちにしていた桜に目もくれず寧ろその呑気さに苛立ちすら覚えていた。人々の関心は、花でも団子でもなく、帝都内に狂い咲きする号外だった。
『武力行使による死傷者多数』
『十文字国 和平交渉申請却下』
『戦争勃発』
二百余年続いた平和な時代で育った千時丸帝国の民衆にとって戦争とは恐怖以外の何物でもなかったが、十文字国の一方的な暴力に抗うことなく制圧される様を指を咥えて眺めていることができるほど負け犬精神は持ち合わせていなかった。皆、皇帝の千時丸桂樹 様のことを、この文化的で美しい国を誇りに思い愛しているのだ。それに、戦争という最悪な事態に対する策を講じてこなかったわけではない。民衆は、この国を護るために立ち上がった。
*
帝都から遠く離れた北十六区の『一百野診療所』の院長である牡丹の元へ、一通の手紙が届いたのは、帝都で開戦に関する号外が狂い咲きした日の翌々日のことだった。差出人は、息子の直理だった。丁度、午前中最後の患者の診察を終えた牡丹は、おそるおそる封を切った。腐っても、元財界人である牡丹は、新聞を定期購読し政治経済、医療などの最新情報を把握することを欠かさないので、十文字国と戦争が勃発したことは勿論知っていた。このタイミングで直理から手紙が届いたということは、良い報せでないことは容易に予想がついた。
***
拝啓
春陽の候、朝晩はまだ肌寒い日が続きますが、お父さんはいかがお過ごしでしょうか。
ご存知かと思いますが、とうとう、十文字国との戦争が勃発してしまいました。国境付近では罪のない人々の尊い命がたくさん奪われたと聞き、憤りと悲しみとが綯交ぜになったような筆舌に尽くし難い感情が湧き上がってきました。これから先、多くの人の命を奪われることになるでしょう。何故、同じ人間同士殺し合いをしなければならないのでしょうか? 戦争は、とても、とても、悲しいことです。
医師を目指す者として、僕は、軍医学校の依託生徒を志願し採用試験を受けました。まだ合否は分かりませんが、手ごたえを感じています。年末に帰省した時にお話しした同志の鷹山夜一君も志願しました。採用されれば、軍医学校にて教育を受けることになります。手当ても支給されるとのことですので、少額ではありますが仕送りをさせていただきたく存じます。僕をここまで育ててくださったお父さんに少しでも親孝行をしたいのです。まだ採用されたと決まったわけではないのに気が早いですね。
いずれにしても、懸命に勉学訓練に励み、一日も早く医師に成り、老若貴賤の区別なく一人でも多くの命を助けるため、精進して参ります。
春の雨に風邪など召されぬようお気を付けください。
敬具
光芒五年 三月二十一日
一百野 直理
一百野 牡丹様
侍史
***
直理からの手紙を読み終えた牡丹は悄然として項垂れた。
「……何故……今、なのだ? 何故、このタイミングで戦争が勃発したのだ? 私は、今は亡き鬼灯くんや、鬼灯くんの父・四童子竜胆氏の、老若貴賤の区別なく医師として人命を救うという遺志を引き継いで、この診療所を開いた。それが『九賀野事件』で無慈悲に命を奪われた人たちに対するせめてもの贖罪だと思ったからだ。鬼灯くんと出逢ってから起こった俄かには信じがたい話を直理に話した後、直理も、その遺志を引き継ぎたいと言ってくれた……嬉しかった……父親というのは身勝手な者だな……医師になることには大賛成なのに、軍医として戦地に赴いて欲しくない……父は、お前に死に急いで欲しくないのだよ。それならばいっそ、あの時、お前とふたりで死んでいた方が少しはマシだったのではないか?これでは、まるで……生き地獄ではないか」
そう独り言ちながら、牡丹は、天を仰いだ。
『武力行使による死傷者多数』
『十文字国 和平交渉申請却下』
『戦争勃発』
二百余年続いた平和な時代で育った千時丸帝国の民衆にとって戦争とは恐怖以外の何物でもなかったが、十文字国の一方的な暴力に抗うことなく制圧される様を指を咥えて眺めていることができるほど負け犬精神は持ち合わせていなかった。皆、皇帝の千時丸桂樹 様のことを、この文化的で美しい国を誇りに思い愛しているのだ。それに、戦争という最悪な事態に対する策を講じてこなかったわけではない。民衆は、この国を護るために立ち上がった。
*
帝都から遠く離れた北十六区の『一百野診療所』の院長である牡丹の元へ、一通の手紙が届いたのは、帝都で開戦に関する号外が狂い咲きした日の翌々日のことだった。差出人は、息子の直理だった。丁度、午前中最後の患者の診察を終えた牡丹は、おそるおそる封を切った。腐っても、元財界人である牡丹は、新聞を定期購読し政治経済、医療などの最新情報を把握することを欠かさないので、十文字国と戦争が勃発したことは勿論知っていた。このタイミングで直理から手紙が届いたということは、良い報せでないことは容易に予想がついた。
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拝啓
春陽の候、朝晩はまだ肌寒い日が続きますが、お父さんはいかがお過ごしでしょうか。
ご存知かと思いますが、とうとう、十文字国との戦争が勃発してしまいました。国境付近では罪のない人々の尊い命がたくさん奪われたと聞き、憤りと悲しみとが綯交ぜになったような筆舌に尽くし難い感情が湧き上がってきました。これから先、多くの人の命を奪われることになるでしょう。何故、同じ人間同士殺し合いをしなければならないのでしょうか? 戦争は、とても、とても、悲しいことです。
医師を目指す者として、僕は、軍医学校の依託生徒を志願し採用試験を受けました。まだ合否は分かりませんが、手ごたえを感じています。年末に帰省した時にお話しした同志の鷹山夜一君も志願しました。採用されれば、軍医学校にて教育を受けることになります。手当ても支給されるとのことですので、少額ではありますが仕送りをさせていただきたく存じます。僕をここまで育ててくださったお父さんに少しでも親孝行をしたいのです。まだ採用されたと決まったわけではないのに気が早いですね。
いずれにしても、懸命に勉学訓練に励み、一日も早く医師に成り、老若貴賤の区別なく一人でも多くの命を助けるため、精進して参ります。
春の雨に風邪など召されぬようお気を付けください。
敬具
光芒五年 三月二十一日
一百野 直理
一百野 牡丹様
侍史
***
直理からの手紙を読み終えた牡丹は悄然として項垂れた。
「……何故……今、なのだ? 何故、このタイミングで戦争が勃発したのだ? 私は、今は亡き鬼灯くんや、鬼灯くんの父・四童子竜胆氏の、老若貴賤の区別なく医師として人命を救うという遺志を引き継いで、この診療所を開いた。それが『九賀野事件』で無慈悲に命を奪われた人たちに対するせめてもの贖罪だと思ったからだ。鬼灯くんと出逢ってから起こった俄かには信じがたい話を直理に話した後、直理も、その遺志を引き継ぎたいと言ってくれた……嬉しかった……父親というのは身勝手な者だな……医師になることには大賛成なのに、軍医として戦地に赴いて欲しくない……父は、お前に死に急いで欲しくないのだよ。それならばいっそ、あの時、お前とふたりで死んでいた方が少しはマシだったのではないか?これでは、まるで……生き地獄ではないか」
そう独り言ちながら、牡丹は、天を仰いだ。
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