憂悶日和

喜島 塔

文字の大きさ
13 / 18

13

しおりを挟む
 嗚呼、いけない。またまた話が脱線してしまった。スーパーマーケットの精肉コーナーで背後から声を掛けられたというお話の途中でしたね。残念なことに、それは、気の所為ではなかったのです。私は、気がつかなかった振りをして、どうにかやり過ごそうとしたのだけれど、私に声を掛けた相手も、意地になっていたのでしょう。背後から、肩をポンポンと叩かれちゃあ、愈々、気付かない振りをすることもできなくなっちゃった。私は、とうとう諦めて、恐る恐る振り向くしかなかった。もう逃げ場はなかったのだから。

(誰?)

 心の声が危うく口を衝くところでした。どこかで見たことがある気はするのだけれども、一向に思い出すことが出来ない。嗚呼、困った、困った。小学校か中学校か高校の同級生である、というところまでは消去法で当たりを付けました。相手は私のことを憶えておいでのようなので、無下に扱うこともできないし。嗚呼、参った、参った。
「ああ、久しぶり! 何年ぶりかなあ!」
 私は、少しでも相手の情報を引き出すように探りを入れた。幸い、私の予想は的外れではなかったようで、相手は、私が、自分のことを憶えていたと勘違いしたらしく、満面の笑みを浮かべながら、
「やっぱり『みゃあ』だ。変わってないから、すぐに分かったよ」
 と言った。『みゃあ』と私のことを呼ぶということは、相手は高校時代の友達ということで間違いないだろう。高校時代の担任の先生の活舌が悪く、私のことを『宮田みやた』と呼ぶときに『みゃあた』と聞こえることから、つけられた渾名だ。それはそうと、変わっていないというのは、褒め言葉なのか、貶し言葉なのか? 高校時代にブスだと思われていたとしたら、それは貶し言葉になるだろうし、可愛いと思われていたなら褒め言葉になる。どちらでもなく、あの時と変わらないと言っているのなら、若々しいという褒め言葉となるだろう。でも、十代の女子高生の姿のまま五十の婆さんに成るなどということはあり得ないことだから、相手が、久しぶりの友と会って懐かしい記憶が蘇り、脳か視覚に重大なバグが発生している、と考える他、無さそうだ。
「本当? ありがとう。もう、五十の大台に乗ったけどね」
 私は、相手の顔を、つぶさに観察した。早く相手が誰なのかを見極めなければならない。私は、まるで、刑事にでも成ったかのように、記憶の糸を手繰り寄せ、記憶の断片を繋ぎ合わせて、推理し犯人を特定しなければならなかった。
「ううん。みゃあは、あの頃のまま変わっていないよ。私は変わっちゃったでしょう? もう、おばさんだよ。髪の艶もなくなってパサパサだし。子供二人も産んで育てるとさ、自分の手入れなんてしている余裕なんてなくてさ、気付いたら、すっかり老け込んじゃったよ」
 下方から、「ママ、早く帰ろうよ」という声が聞こえてきた。ハッとして視線を下方に移すと、小柄なの後ろに、艶々の茶色みがかった髪を、ピンク色のシュシュでポニーテールにした小さな女児が隠れていた。小学校低学年、或いは、幼稚園児くらいなのだろうか。出産や育児と縁のない人生を送ってきた私が、女児を見て、何歳くらいの子かなんて分かる筈が無い。しかし、その女児こそが、真犯人を特定する重要な証拠となったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...