恥ずかしくても素直になりたい!

田端善治

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前編

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 素直になりたい。自分の本心を包み隠さずにアイツに伝えられたら、きっとこの苦しい日々から解放されるだろうに。

 
 ようやく暑さが去った秋の午後最初の授業、先生の平坦な声によって眠気に襲われる。昼休み直後の古典はどうも集中できない。私、三島英莉は高校2年なので大学受験まで少し余裕がある。基礎を固める事も重要だが、ここで多少気を抜いても今後の授業に影響はないだろう。
「~という意味です。ここ、中間で出るから覚えておきなー。」
 先生の忠告を聞き、慌ててシャーペンを持ち上げてノートを取る。チクショウ、なんというタイミング。定期試験の存在を完全に忘れてた。板書を消される前に書き写すべく、慌ただしく黒板とノートを交互に見ていると、後ろから視線を感じた。私の焦る姿をじっと見つめる奴なんてこのクラスに一人しかいない。重要なポイントまで写したところで、後ろの席にそっと振り返る。

「……また寝てやんの。」
 黒髪短髪の男子がニヤッとした表情を浮かべながら、私にしか聞こえないくらい小さな声で囁く。
「……寝てないし。ちょっとウトウトしてただけですー。」
「へー?その割に随分船漕いでたみたいだけど?三島の頭、振り子時計みたいで笑い堪えるの大変だったぞ。」
「私は先生にバレるような寝方なんてしませんよー。村井の方が揺れてただけじゃない?」
「俺はずっと起きてましたー。」
「いつも睡魔に襲われてる奴が、こんな眠たい授業で起き続けられる訳ないでしょ。」
「言ってろ。お前も同類のくせに。」
 
 うたた寝しそうになってた姿を揶揄われ、つい反応してしまう。「やーい教科書パラパラ漫画作家~」「偉人肖像画のメイクアップアーティスト~」と小学生レベルの言い合いがエスカレートする内に、頭だけでなく身体も彼の方へ向けてしまい、先生に咎められる。自分の非を認めつつも釈然とせず、渋々と前を向く。

 またやってしまった。彼と話していると私のペースが乱れて、いつもより強めの口調で話してしまう。村井こうとは中学からの同級生だ。苗字のせいで席が前後になる事が多く、おまけにクラスが5年間一緒なせいで最早腐れ縁になっている。中学の頃はたわいもない話をダラダラと続けられるくらいには仲が良かったが、学年が上がるにつれて、お互いに自分の本音を言わなくなった気がする。恐らく、同級生に付き合ってるの?などと揶揄われて恥ずかしくなったのだろう。気が付けばつい素っ気ない事や皮肉を言ってしまったり、揶揄い合う事が増えて、以前よりも距離ができてしまった気がする。所詮男友達なんてこんな関係性に落ち着くのかもしれないが、私は現状から脱却したい。

 村井に悟られないように後ろの様子をそっと伺う。下を向く彼の真剣な眼差しにドキっとする。こうして黙っていると、年相応の色気を持っている事を思い出し、普段の幼い言動の事を忘れてしまう。清潔感のあるサッパリとした短髪に程よく着崩した学ラン。身長は165cmと低めだが、足が長いのでむしろスタイルが整って見える。私の贔屓目なしに、彼はイケメンに分類されると思う。

 
 授業中に彼の様子を盗み見るようになったのは高一の春からだ。学力が近いことから同じ志望校を受験し、2人ともめでたく合格することができた。お互い志望校を伏せて、卒業式の予行練習が行われる時期に「せーの」で教え合おうと話していたのに、受験会場でバッタリ遭遇したのは良い思い出だ。
 高校は地元から電車で50分。近場に似たような偏差値の私立高校もあったので、中学の知り合いは殆どいなかった。集合時間の10分前に後者に辿り着き、昇降口に掲載されていたクラス分け表の中から自分の名前を見つけ出した後、たどたどしい足取りで教室に向かう。
 恐る恐る教室のドアを引くと、既に多くのクラスメイトが会話に花を咲かせていた。探し当てた自分の席の周りは既にグループが出来始めていて、話しかけるのに躊躇われる空気だった。近くにいた女子グループは共通のアイドルが好きだったようで推しの良さについて顔を赤らめながら大きめの声で共有しあっていた。不安に押しつぶされて俯きそうになると前から聞き慣れた声が私を呼びかけた。
 「三島おはよー。今年の1学年って14クラスもあるのに同じクラスとかすごい偶然じゃん。」
 ーー村井だ。こちらに微笑みながら手を振っていた。緊張のあまり彼の所属クラスを確認し忘れていたことに気付く。
「おっ?2人とも知り合い?」
 村井が雑談を繰り広げていた女子が笑顔で尋ねながら、私と彼を交互に見る。
「中学の時同じクラスだった奴。」
「へー本当にすごい偶然!私保志茜。茜でいいよー。」
「あっ私は英莉。三島英莉。下の名前で読んでくれると嬉しいな。」
 挨拶されたことに気付き慌てて自己紹介する。「入学式まで時間あって緊張するよね」と笑いながら気遣ってくれる。じゃあまた後でと村井が去った後、折角話しかけてくれた茜と話すことにした。
 高校の制服がセーラー服と学ランってちょっと古風だよね、中学の時はどんな制服だった?などと世間話していると、偶然にも茜と同じ趣味であることが判明した。先程まで抱えていた不安が一気に晴れ、いつもの調子が戻ってきた。近くに着席したクラスメイトに話しかける余裕も生まれ、私は順調にクラスに馴染むことができた。

 ーー村井の手助けのお陰で入学初日から一人ぼっちにならずに済んだ。
 
 既に男子グループの輪で楽しそうに交流している背中を横目で見て、心の中で何度も感謝の言葉を唱える。あんなに気遣いできる奴だったっけ……?入室直後に人見知りした私と違い、多くのクラスメイトにどんどん声をかける姿が眩しい。歴史の教科書に掲載されてる偉人の写真にどっちがより自然に落書きできるか競ってた村井は一体どこに行ってしまったのか。知らないところで成長していた腐れ縁を遠く感じたのと同時に、先程から視界に入る人懐っこい笑顔に胸の鼓動が高鳴った。
 新学期当日、どうやら私は恋する乙女とやらになったようだ。

 
 気付けば高校初日の授業から、彼の様子をこっそりと伺うことがクセになってしまった。本当は自分から積極的にアピールした方が良いのは頭では分かっているが、いかんせん恥ずかしさが上回る。高校デビューでキャラ変したとか思われたくないし、変に気まずくなりたくないと様々な言い訳が脳内を駆け巡るが、本音は単純。好意がバレるのが恥ずかしい。
 暫く観察していると教科書を捲る音が教室内で響き、彼に気付かれないように再び前を向く。気付けば5分も経過しており、見惚れていた自分が恥ずかしくなる。
 
 チャイムがなり、今日の授業も後一つになったところで、日直日誌の記入を進める。1人で黙々と書く気になれず、親友の茜と雑談しながら書き進める。彼女の顔を見て相槌を打っていたら、教室の前の方ではしゃいでいる男子の集団がふと目に入った。クラスの中でも活発な男子達が雑誌を読みながら何かについて話し合っているようだ。集団の中に村井の姿を発見し、思わず見つめる。性格の明るい彼はクラスの中心にいることが多く、教室内で容易に発見することができる。
 
「……んで、アンタはいつ村井に告白するの?」
 
 手元のシャー芯がボキっと折れて、ノートの上を虚しく転がっていく。
 ーー今、彼女はなんて言った…?
 
「ななななんで村井の名前が出てくるのっ!?アレよ!?アイツとはただの腐れ縁だよ!?」
「そんなに慌てたら図星ですって言ってるようなもんよー。」
「何言っちゃってんの!わっ私はどこからどう見ても冷静よ。」
「冷静な人は日誌にミミズなんて書かないと思うけど。」
 
 茜はクスクス笑いながら手に握っていたペンをクルクル回した後、ペン先で私の筆跡をビシッと指す。指摘された通り、日誌には解読不可能なグチャグチャとした線が行を跨いで引かれていた。誤魔化そうにも、ここで通用する言い訳が思い付かない。

「……茜はいつから気付いていたのよ……結構頑張って隠してた方だと思うんだけど。」
 熱くなる頬を隠しながら尋ねる。
「うーん、高一の夏とか?」
「ほぼ最初からじゃないの!?嘘でしょ!?えっ私ってそんなに分かりやすかったの……!?」
 
 衝撃の事実に頭が沸騰しそうだ。彼に好きバレしたくなくて強く当たっていた姿が、むしろ周りにバレる原因になってたとは……。今までの行動が無意味だったことに、頭を抱える。シャーペンを持つ気力も失せ、机の上にカランと落とす。もう日誌どころじゃない。誰か変わってくれ。
 
 己の軽率さに後悔の念が押し寄せてくる。悶々と考えていると、肝心なことを思い出す。
 
「……村井は私の好意に気付いてる……?」
 先程までとは段違いな声の小ささで問う。これでバレてたら羞恥のあまり登校できなくなる。
「さあどうでしょーう?自分で確かめてみなよ。こういうのは他人じゃなくて本人から直接聞くのがテンプレというか?答えを言ったら盛り上がりに欠けるじゃん。」
「小説と現実を混同しないでよっ。私にとっては深刻な問題だよ。」
「まあさっきのは冗談。でもこういうのは他人の憶測じゃなくて本人に聞くのがベストっしょ。本音なんて私も分からんし。ガンバ~」
 鬼だ。ここに私の味方となってくれる普段の親友などいない。
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