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第1話 協力と崩壊
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太陽がじりじりと昇り、無人島の空気は肌にまとわりつくほど重かった。
秋山崇は、岩陰に身を潜めながら、周囲の動きに神経を張りつめていた。
昨日目覚めたとき、自分がなぜこの島にいるのかもわからなかった。
ポケットにはボロボロのメモ用紙と、不快な薬の後味だけが残っていた。
日が暮れる前、神谷と坂井という二人と合流した。
彼らもまた、同じように記憶の大半を失っており、“名前”だけしか思い出せない状態だった。
三人はしばらく島内を移動しながら、情報交換と簡易な休息場所の確保に努めた。
そして朝。昨日よりもやや気温の高い森を抜け、開けた草原に出ると、そこには倒壊しかけた小屋が建っていた。一部には焦げ跡のようなものも見えた。
「使えるものが残ってるかもしれない」
神谷がそう口にし、三人は慎重に小屋へと近づいた。だが、その手前で異変を察知し、足を止めた。
崇が手を挙げて合図を送ると、神谷も坂井も一歩下がる。
草むらがざわめき、一人の女性が姿を現した。肩までの黒髪に擦り切れたジャケット、手には木の枝を削った即席のナイフを握っている。
「……動かないで」
その声には微かに緊張がにじんでいたが、目の奥は冷静で鋭かった。
神谷が両手を挙げる。「落ち着いてくれ。こっちも怪しい者じゃない」
女性はじっとこちらを観察した後、ようやくナイフを下ろした。
「百瀬。百瀬千尋……たぶん、そう名乗ってたはず」
彼女は小さく息をついた。
その声は自信というより確認のように響き、記憶があいまいであることをほのめかしていた。
崇が頷く。「俺は秋山崇。こっちは神谷、そっちは坂井。俺たちも、ほとんど記憶がないんだ」
百瀬は眉をひそめるが、それ以上の警戒を見せなかった。
そのかわり、すっと視線を地面に落とし、小さくつぶやいた。
「……昨日の夜、叫び声が聞こえた」
「聞いた。遠くからだったけどな」
坂井が顔をしかめながら続ける。「ただの動物の声じゃない。あれは、人間の悲鳴だ」
「私、夜中に少し移動してた。焚き火の明かりが見えて、近づこうとしたけど……途中で人影が見えた。斧みたいなものを持ってて、全身血だらけだった」
一瞬、空気が止まったように感じた。
百瀬は地面にしゃがみこみ、枝で何かを描く。円で囲まれた「X」の印。
「これ。小屋の扉に刻まれてた。中には誰もいなかったけど、血痕が残ってた。……もしかして、人を殺して、その痕跡として印を残してるんじゃないかって思った」
「そんな……まさか、誰が? なんのために?」
神谷の声が震えた。
「わからない。でもこの島には、あちこちに監視カメラが設置されてる。見られてるのは確か。……それに、果実をいくつか見つけたけど、その中に一つ、変な匂いのする実があった。私は食べてない。でも、その近くに動物の死骸が落ちてた」
「毒があるのかもしれないな」
崇が呟くように言った。
百瀬は疲れたようにその場に腰を下ろし、空を仰いだ。
「でも、もう一人じゃ限界だった。合流できて少しホッとしてる」
崇は頷きながら、背後の小屋に目をやった。
「とりあえず今日は、ここを拠点にしよう。焚き火と見張り役を分担しながら休息を取る。情報を集めて、この島の状況を把握するのが先だ」
神谷が手早く落ち枝を集め、坂井が石を使って焚き火の土台を組み始めた。
夕方になるころには、簡易な焚き火と寝床が整った。
四人は小さな火を囲みながら、言葉少なに夜を迎える準備をしていた。
だが、平穏は長く続かなかった。
「……様子見てくる。焚き火の光、少し目立つ気がする」
そう言って坂井が立ち上がり、森の方へ消えていった。
それから30分、1時間。彼は戻らなかった。
「遅いな。何かあったのかもしれない」
神谷が立ち上がりかけた時だった。
――バキィン。
音の方向に全員の視線が向いた。
森の闇の中から、何かを引きずるような足音が聞こえてくる。
坂井だった。だが、その様子は明らかにおかしかった。
「……坂井?」
崇が声をかけると、彼は無言で顔を上げた。
その瞳は、どこか焦点が定まっておらず、唇の端には微かに泡が浮かんでいた。
そして、手には石で作った即席の刃物。
「うぅ……あは、は、は……誰も……オレの邪魔、するな……」
「離れろ!」
神谷がとっさに叫び、百瀬を庇うように前に出る。
坂井は叫びながら突進してきた。動きはふらついていたが、明らかに殺意があった。
三人は焚き火を挟んで散開し、応戦の体勢を取る。崇は手にしていた枝を構えた。
――次の瞬間、坂井が足を取られて転倒した。
運が良かった。それがなければ、誰かが傷を負っていたかもしれない。
倒れた坂井は、そのまま激しく痙攣を始めた。
泡を吹き、身体をのけぞらせながら、目を見開いたまま動かなくなった。
「……死んだ?」
百瀬が呟いた。
神谷が恐る恐る近づき、脈を確認する。
「……もう、ダメだ。死んでる」
三人はしばし、その場から動けなかった。
「果実のせいかもしれない」
崇がポツリと言った。「変な匂いがすると言ってたやつ……あれを食べたんじゃないか」
「でも、どうしてあんなふうに……」
神谷が呆然と呟いた。
百瀬は腕を組みながら、小さく震えていた。
「……この島、やっぱり普通じゃない。人を殺すように仕組まれてる。……そう思わない?」
崇は静かに頷いた。
「これ以上の犠牲を出さないためにも、まずは情報だ。この島の全体像、隠された意図……わかる限り、探っていこう」
夜の焚き火は、坂井の遺体を照らしていた。
その姿は、静かに、そして不気味に横たわっていた。
秋山崇は、岩陰に身を潜めながら、周囲の動きに神経を張りつめていた。
昨日目覚めたとき、自分がなぜこの島にいるのかもわからなかった。
ポケットにはボロボロのメモ用紙と、不快な薬の後味だけが残っていた。
日が暮れる前、神谷と坂井という二人と合流した。
彼らもまた、同じように記憶の大半を失っており、“名前”だけしか思い出せない状態だった。
三人はしばらく島内を移動しながら、情報交換と簡易な休息場所の確保に努めた。
そして朝。昨日よりもやや気温の高い森を抜け、開けた草原に出ると、そこには倒壊しかけた小屋が建っていた。一部には焦げ跡のようなものも見えた。
「使えるものが残ってるかもしれない」
神谷がそう口にし、三人は慎重に小屋へと近づいた。だが、その手前で異変を察知し、足を止めた。
崇が手を挙げて合図を送ると、神谷も坂井も一歩下がる。
草むらがざわめき、一人の女性が姿を現した。肩までの黒髪に擦り切れたジャケット、手には木の枝を削った即席のナイフを握っている。
「……動かないで」
その声には微かに緊張がにじんでいたが、目の奥は冷静で鋭かった。
神谷が両手を挙げる。「落ち着いてくれ。こっちも怪しい者じゃない」
女性はじっとこちらを観察した後、ようやくナイフを下ろした。
「百瀬。百瀬千尋……たぶん、そう名乗ってたはず」
彼女は小さく息をついた。
その声は自信というより確認のように響き、記憶があいまいであることをほのめかしていた。
崇が頷く。「俺は秋山崇。こっちは神谷、そっちは坂井。俺たちも、ほとんど記憶がないんだ」
百瀬は眉をひそめるが、それ以上の警戒を見せなかった。
そのかわり、すっと視線を地面に落とし、小さくつぶやいた。
「……昨日の夜、叫び声が聞こえた」
「聞いた。遠くからだったけどな」
坂井が顔をしかめながら続ける。「ただの動物の声じゃない。あれは、人間の悲鳴だ」
「私、夜中に少し移動してた。焚き火の明かりが見えて、近づこうとしたけど……途中で人影が見えた。斧みたいなものを持ってて、全身血だらけだった」
一瞬、空気が止まったように感じた。
百瀬は地面にしゃがみこみ、枝で何かを描く。円で囲まれた「X」の印。
「これ。小屋の扉に刻まれてた。中には誰もいなかったけど、血痕が残ってた。……もしかして、人を殺して、その痕跡として印を残してるんじゃないかって思った」
「そんな……まさか、誰が? なんのために?」
神谷の声が震えた。
「わからない。でもこの島には、あちこちに監視カメラが設置されてる。見られてるのは確か。……それに、果実をいくつか見つけたけど、その中に一つ、変な匂いのする実があった。私は食べてない。でも、その近くに動物の死骸が落ちてた」
「毒があるのかもしれないな」
崇が呟くように言った。
百瀬は疲れたようにその場に腰を下ろし、空を仰いだ。
「でも、もう一人じゃ限界だった。合流できて少しホッとしてる」
崇は頷きながら、背後の小屋に目をやった。
「とりあえず今日は、ここを拠点にしよう。焚き火と見張り役を分担しながら休息を取る。情報を集めて、この島の状況を把握するのが先だ」
神谷が手早く落ち枝を集め、坂井が石を使って焚き火の土台を組み始めた。
夕方になるころには、簡易な焚き火と寝床が整った。
四人は小さな火を囲みながら、言葉少なに夜を迎える準備をしていた。
だが、平穏は長く続かなかった。
「……様子見てくる。焚き火の光、少し目立つ気がする」
そう言って坂井が立ち上がり、森の方へ消えていった。
それから30分、1時間。彼は戻らなかった。
「遅いな。何かあったのかもしれない」
神谷が立ち上がりかけた時だった。
――バキィン。
音の方向に全員の視線が向いた。
森の闇の中から、何かを引きずるような足音が聞こえてくる。
坂井だった。だが、その様子は明らかにおかしかった。
「……坂井?」
崇が声をかけると、彼は無言で顔を上げた。
その瞳は、どこか焦点が定まっておらず、唇の端には微かに泡が浮かんでいた。
そして、手には石で作った即席の刃物。
「うぅ……あは、は、は……誰も……オレの邪魔、するな……」
「離れろ!」
神谷がとっさに叫び、百瀬を庇うように前に出る。
坂井は叫びながら突進してきた。動きはふらついていたが、明らかに殺意があった。
三人は焚き火を挟んで散開し、応戦の体勢を取る。崇は手にしていた枝を構えた。
――次の瞬間、坂井が足を取られて転倒した。
運が良かった。それがなければ、誰かが傷を負っていたかもしれない。
倒れた坂井は、そのまま激しく痙攣を始めた。
泡を吹き、身体をのけぞらせながら、目を見開いたまま動かなくなった。
「……死んだ?」
百瀬が呟いた。
神谷が恐る恐る近づき、脈を確認する。
「……もう、ダメだ。死んでる」
三人はしばし、その場から動けなかった。
「果実のせいかもしれない」
崇がポツリと言った。「変な匂いがすると言ってたやつ……あれを食べたんじゃないか」
「でも、どうしてあんなふうに……」
神谷が呆然と呟いた。
百瀬は腕を組みながら、小さく震えていた。
「……この島、やっぱり普通じゃない。人を殺すように仕組まれてる。……そう思わない?」
崇は静かに頷いた。
「これ以上の犠牲を出さないためにも、まずは情報だ。この島の全体像、隠された意図……わかる限り、探っていこう」
夜の焚き火は、坂井の遺体を照らしていた。
その姿は、静かに、そして不気味に横たわっていた。
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