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何かが折れてしまった
しおりを挟む俺という人間は、退魔師の名門である百鬼の家系の嫡男として産まれた。
物心ついた頃から魔術や妖術や武器の扱いを覚え込まれていた。何度も血反吐を吐いたし、何度も死ぬ思いをした。
けれど俺は辞めたい、とは思わなかった。何より百鬼の嫡男としての責任があったから、あるいは魔術が好きだったからか。今となっては分からない。
何故なら今は、もう逃げ出したいと思っているからだ。
「おい金だせって早く!」
鳩尾にきつい一発が入る。口からは涎や血が混じり合い、鉄分のような味が舌の上にある。
「おいおい弱すぎだって、こんなん攻撃躱すせないなんてホントに百鬼の人間かよ」
取り巻きの二人が踏み潰すように手脚を抉る。制服は砂まみれになり中のシャツは少しだけ血が滲んでいる。
「やめ、やめてくれ」
体の力を絞り出したような声が漏れた。渾身の一声、何度も殴られたせいか肺での呼吸が妙に痛い。
その中ででた今出せる最大の声だった。
だが、
「いーやーだ!」
「ガァ!!」
このリンチの主犯である新田 和彦が遠慮なく顔に蹴りを入れてきた。
妙に顔が熱く、鼻から何か液体が出ている感覚がある。
間違いなく鼻の骨は今の一発でつぶれた。
「よっと、えーと。ひーふーみー」
倒れた俺の体の上に座り、財布の札を数え始める。
これは毎度恒例のリンチ+金取りという行事だ。
俺は退魔師学校である、ここ帝学園に通い始めたのだが実技が全く評価されず教育と指導という名目で、同じクラスの男子生徒から虐めを受けている。
毎度毎度登校すれば金は抜き取られ殴られる。初期は顔は避けていたようだが、俺が虐められているという認識が浸透した時にはそんなもの誰一人として構う者はいなかった。
「チッ!こんなもんか、明日は諭吉持ってこいよ~分かってんのか!?」
誰もこの生徒に意見することは出来ない。退魔師の名門であり、俺と違って実力の伴った新田にはそれと同じランクの生徒しか意見することは出来ない。
Cランク。
それが新田の実力を表したランクだ。
ランクとは退魔師としの強さを表す階級のことである。F~SランクまでありSランクは最強であり、今はたったの5人しかいない。
Cランクはそれ程高くない?と思うかもしれない。先に言っておこう、学生の中でCランクは本来であれば十年に一度と呼ばれるくらいの希少さである。
この学校には更に高ランクの者もいるが、今はまだ言わなくてもいいだろう。
俺はその場で意識を失った。
◇◇◇
目が覚めた時は周りには誰もおらず、屋上なので風がよく通っていた。
体中がズキズキと骨の髄まで傷んでいるにも関わらず、風のおかげかとても心地がよかった。
屋上の手すりに座り、景色を眺める。
高いところは昔から好きで、いつも屋上でリンチにあってからはここでボーっとしている。
俺は百鬼の次期当主候補だ、嫡男の時点で何があっても次期当主となることは決まっている。権力を手に入れたら最後、あいつらに俺と同等以上の痛みを与えてやる。
必ず成し遂げる。今までの借りは全て返す。
いつもボロ雑巾のようにされた俺の気持ちをあいつらにも味合わせてやる。
その為にも今は我慢だ。
すると屋上の扉が開く音が聞こえた。
「またこんな所にいて、佐久間!しっかり授業には出なきゃダメでしょ」
メッと指を前に出して俺を叱る。
彼女は新海 心という名前で、俺の幼馴染である。彼女の家の新海家と百鬼家は親同士が仲が良く、幼い頃から新海とは長い付き合いだ。
「まーた喧嘩したの!?これだから男子ってのは…」
俺のボロボロの姿を見て、新海はやれやれと溜息を漏らす。
「ほら治してあげるからこっち来なさい」
「…いつも悪いな新海」
彼女は非戦闘員であるが、サポートに秀でており退魔師としてのランクは、なんとBランクという学生の中では別格の次元にいる存在だ。
しかしながらさほど騒がれることは無かった。何故なら彼女の家は新海。百鬼家同様、退魔師の名門であるからだ。
だからこそ、より一層俺への不満が深まったのかもしれない。
腰にぶら下げているケースから霊符を取り出す。
「急急如律令」
新海は回復から味方の防御や攻撃を支援するタイプの退魔師だ。余談だが、急急如律令は術の発動速度を早める効果がある。急急如律令は急いで事をなせ、という意味があるのだ。
霊符から式が消え、俺の体中の治癒が完了した。折れた骨も、切り傷や擦り傷も全てなかったかのように消えていった。
「新海、ありがとな」
「この位なんて事無いわよ」
いい幼馴染だ。だが、それ故に自分が惨めに感じてしまう。彼女は正しく優しい。だが、今の俺にとってそれはどんな暴力よりも深いところを抉りとる。
復讐なんて考えている限り、新海の目を見て話すことなんて出来ない。
いつからだろう、俺が新海の事を名前で呼ばなくなったのは。
いつからだろう、作り笑いが様になってきたのは。
いつからだろう、嘘を言っても心がざわめかなくなったのは。
いつからだろう、退魔師として生まれたことが苦痛だと感じるようになったのは。
ダメだ、次期当主候補がこんな弱くては。皆に示しがつかない。
屋上から降りた頃には、学校の授業は終わっておりそのまま家に帰ることにした。
「ねぇ佐久間、いっつも喧嘩して楽しいの?」
楽しい訳がない。元より喧嘩ですら無く、一方的なものだ。術比べや稽古とは訳が違う。
「まーな」
「私も男の子だったら佐久間と一緒に喧嘩してあげられるんだけどな」
「辞めとけよ、お前攻撃の術使えないだろ?」
「む!使えるもん、直接的なのはまだ使えないけど」
帰り道、新海と一緒に帰ることとなった。
よく考えれば二人で帰ることはとても久しぶりだった。虐めが始まった時くらいだ、一緒にいると虐めの事がバレてしまうという問題と、一緒にいることが気に食わないという勝手な相手の言い分で一緒に登下校しなくなったのは。
あの時は「そろそろ年頃だし一緒に学校に行くのやめない?」と俺が言った時は「そっか、やっと意識してくれたんだね」と訳の分からん事をいいながら笑顔でオッケーしてくれた。
「そーいやさ、茜ちゃん元気?最近噂になってるけど」
「あー、ランク測定でお前と同じBランクになってたからな、我が妹ながら恐れ入るよ」
「ほんと、私と違ってオールラウンダーだから独りで何でも出来るし。もう甘えてこないんだろうな~」
「もうって、お前昔から敵視されてただろ」
何故か茜は新海の事を毛嫌いしていた。理由を聞いたらにぃ様といつも引っ付いていて、気持ち悪いって言っていたが茜もよく分からん奴だ。
昔話、多分それが懐かしくてとても楽しかったから、帰りの時間はとても短いように感じた。
「ねぇ佐久間!明日から一緒に学校に行かない?」
「…まだ無理だわ、もう少ししたらな」
まだあいつに仕返しを出来ていない。まだ虐められているのだ。そんな不安定な状況の中、新海と近づくのは得策ではない。最悪新海にも害がおよぶ。
少なくとも次期当主候補から次期当主に任命されてから。そうだな、力がないことには何も始まらない。
◇◇◇
「───次期当主は百鬼 茜に任命します」
帰ってきた矢先、大事な話があると親族を広間に呼び寄せ、義妹の茜は次期当主に任命された。
突然と出来事に頭が追いつかない。
何でだ?次期当主は嫡男の俺の筈だろ?
可笑しい。
夢か?そうだ、夢に違いない。
本来なら俺が次期当主になって、あいつらにやり返す筈だったのに。何でだ、どこで可笑しくなったんだ?
分からない、頭が真っ白だ。
大事なもの、大事にしてきたもの、プライド、そして未来。
──全てがこの瞬間に折られた。
「兄上、私と貴方の差が分かりましたか?」
やめろ、そんなこと言わないでくれ。
いつだって茜は俺のことを慕ってくれたじゃないか。
「これで貴方はこの家での居場所がなくなりましたね」
これからのこと…考えたくもない。全く実力もない退魔師の俺が、これから生きていくことなんて出来るはずがない。
「貴方のことを私が養ってあげましょうか?」
見下した目。今まで上に立っていたと思っていた俺が、義妹に見下された。
そんな目で見ないでくれ、俺と茜は仲が良かったじゃないか。
「佐久間さん、貴方に期待を向けるのは金輪際ありません。大器晩成だと考えて待ってきましたが、はっきり言ってもう望みはないでしょう。咲かない花をいつまでも育ててあげるほど百鬼家はやさしくないのです」
母上に告げられた言葉はどこまでも残酷で冷徹で容赦がなかった。
辞めてれ。
もう俺を追い詰めないでくれ。
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