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1章:祭囃子
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いけない……寝てしまっていた。
目を開けると電車の窓からは青々と茂った草が風で揺れている。赤く染まった空には点々とした鳥の群れが見える
ふと視線を車内に戻すと、いつのまにかに車内には私と一人の男性しかいなかった。
ずいぶん遠くまで来たんだなぁと呑気に考えながら、男性を見ていると彼はふいにこちらを見てきた。
しまった。ジロジロと見過ぎだと顔を逸らそうとしたが、私の行動よりも早く男性が口を開いた。
「君、ずいぶんこの世界に引きずられているね」
「え……?」
なにを言っているのかわからず聞き返すと、彼は薄い唇を少し左だけ釣り上げて笑った。
そしておもむろに立ち上がり、大股で私に近づいてきた。私の前に立つと彼はズイっと顔を近づけた。
「このままだと、君、取り込まれてしまうよ」
そうとだけ言うと、両手を私に見せつけるように出した。その後すぐに手と手が打ち付けられる音が車両内に響く。
と、同時に私の中で隠れていたはずの違和感や不快感がどっと溢れてきた。
慌てて辺りを見回す。
足下には見慣れない木で張られた床、蛍光灯はジーッと音を立て時々チカッチカと光が弱まる。規則的に揺れる吊り革はオレンジ色でどこか古びている。
窓の景色は広い田園が広がり大小の山が遠くに見える。人どころか車も走っていない。
背中に嫌な汗が伝う。
こんな景色知らない。
私は慌てて目の前の男性に視線を戻す。
彼はそんな私を見て目を細めた。
「……ここはどこですか?その、私、電車間違えてしまったみたいで……」
「ここはどこでもないよ。記憶であり、記録であり、今も続いている世界。まぁ、浮世と俗世の狭間みたいな世界かな」
なにを言っている全くわからなかった。
知らない電車に、ちょっと危ない異性と二人っきり。しかも私の前に立っており席を変えることもできない。
私はできるだけこの男を刺激しないようにハハっと笑っておいた。
その時、電車がホームに入って行ったのが見えた。私は助かったと男の横をすり抜け、どこの駅かもわからないホームに飛び出した。
車内では分からなかったが、やけに暑苦しくジメジメとした夏の夜の匂いが強くした。
こんなにも田舎に向かう電車なんかあったかな?こんなミスをしてしまうなんて、相当に疲れていたみたいだ。一刻も早く家に帰り風呂に浸かろう。
携帯で位置を確認しようと開いたがどうやら県外のようだ。ずいぶん遠くまで来たらしい。寝過ごしたにしては随分のどかだけど、まぁ、田舎ってこういうもんかなんて、呑気なことを考えていた。瞬間、後ろから声が聞こえた。
「なぁ君、この文字が見えるかい?」
声のする方を見ると先ほどの男が駅名が書かれている看板を指差していた。
お前も降りたのか……。なら、私はそのまま電車に乗っていればよかった。
なんて考えたのも束の間、男の指さす先を見た時、あまりの異質さに思考が止まった。
そこにあったのは、見たことのない……いや、見覚えがあるような気もしてしまう妙に気味の悪い文字だった。
カタカナでもひらがなでもない。
けれど、形の端々が「それらしか見たことがない自分」の視覚を掠める。
慌てて辺りを見回すが自販機の表示も、時刻表も、貼られた注意書きも、全部。“まがいもの”のような記号が並んでいるだけであった。
先ほど感じた暑さが嘘みたいに体の芯が冷え固まっていくように感じられた。
私は唇だけを動かしてつぶやいた。
「なにこれ……」
遠くで電車の走り去る音がした。
なぜこの駅で私は降りてしまったんだろうと後悔だけが取り残された気がした。
目を開けると電車の窓からは青々と茂った草が風で揺れている。赤く染まった空には点々とした鳥の群れが見える
ふと視線を車内に戻すと、いつのまにかに車内には私と一人の男性しかいなかった。
ずいぶん遠くまで来たんだなぁと呑気に考えながら、男性を見ていると彼はふいにこちらを見てきた。
しまった。ジロジロと見過ぎだと顔を逸らそうとしたが、私の行動よりも早く男性が口を開いた。
「君、ずいぶんこの世界に引きずられているね」
「え……?」
なにを言っているのかわからず聞き返すと、彼は薄い唇を少し左だけ釣り上げて笑った。
そしておもむろに立ち上がり、大股で私に近づいてきた。私の前に立つと彼はズイっと顔を近づけた。
「このままだと、君、取り込まれてしまうよ」
そうとだけ言うと、両手を私に見せつけるように出した。その後すぐに手と手が打ち付けられる音が車両内に響く。
と、同時に私の中で隠れていたはずの違和感や不快感がどっと溢れてきた。
慌てて辺りを見回す。
足下には見慣れない木で張られた床、蛍光灯はジーッと音を立て時々チカッチカと光が弱まる。規則的に揺れる吊り革はオレンジ色でどこか古びている。
窓の景色は広い田園が広がり大小の山が遠くに見える。人どころか車も走っていない。
背中に嫌な汗が伝う。
こんな景色知らない。
私は慌てて目の前の男性に視線を戻す。
彼はそんな私を見て目を細めた。
「……ここはどこですか?その、私、電車間違えてしまったみたいで……」
「ここはどこでもないよ。記憶であり、記録であり、今も続いている世界。まぁ、浮世と俗世の狭間みたいな世界かな」
なにを言っている全くわからなかった。
知らない電車に、ちょっと危ない異性と二人っきり。しかも私の前に立っており席を変えることもできない。
私はできるだけこの男を刺激しないようにハハっと笑っておいた。
その時、電車がホームに入って行ったのが見えた。私は助かったと男の横をすり抜け、どこの駅かもわからないホームに飛び出した。
車内では分からなかったが、やけに暑苦しくジメジメとした夏の夜の匂いが強くした。
こんなにも田舎に向かう電車なんかあったかな?こんなミスをしてしまうなんて、相当に疲れていたみたいだ。一刻も早く家に帰り風呂に浸かろう。
携帯で位置を確認しようと開いたがどうやら県外のようだ。ずいぶん遠くまで来たらしい。寝過ごしたにしては随分のどかだけど、まぁ、田舎ってこういうもんかなんて、呑気なことを考えていた。瞬間、後ろから声が聞こえた。
「なぁ君、この文字が見えるかい?」
声のする方を見ると先ほどの男が駅名が書かれている看板を指差していた。
お前も降りたのか……。なら、私はそのまま電車に乗っていればよかった。
なんて考えたのも束の間、男の指さす先を見た時、あまりの異質さに思考が止まった。
そこにあったのは、見たことのない……いや、見覚えがあるような気もしてしまう妙に気味の悪い文字だった。
カタカナでもひらがなでもない。
けれど、形の端々が「それらしか見たことがない自分」の視覚を掠める。
慌てて辺りを見回すが自販機の表示も、時刻表も、貼られた注意書きも、全部。“まがいもの”のような記号が並んでいるだけであった。
先ほど感じた暑さが嘘みたいに体の芯が冷え固まっていくように感じられた。
私は唇だけを動かしてつぶやいた。
「なにこれ……」
遠くで電車の走り去る音がした。
なぜこの駅で私は降りてしまったんだろうと後悔だけが取り残された気がした。
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