境界標の彼と終わらない怪異を

りく太

文字の大きさ
1 / 25
1章:祭囃子

1

しおりを挟む
いけない……寝てしまっていた。

目を開けると電車の窓からは青々と茂った草が風で揺れている。赤く染まった空には点々とした鳥の群れが見える

ふと視線を車内に戻すと、いつのまにかに車内には私と一人の男性しかいなかった。
ずいぶん遠くまで来たんだなぁと呑気に考えながら、男性を見ていると彼はふいにこちらを見てきた。
しまった。ジロジロと見過ぎだと顔を逸らそうとしたが、私の行動よりも早く男性が口を開いた。

「君、ずいぶんこの世界に引きずられているね」

「え……?」

なにを言っているのかわからず聞き返すと、彼は薄い唇を少し左だけ釣り上げて笑った。
そしておもむろに立ち上がり、大股で私に近づいてきた。私の前に立つと彼はズイっと顔を近づけた。

「このままだと、君、取り込まれてしまうよ」

そうとだけ言うと、両手を私に見せつけるように出した。その後すぐに手と手が打ち付けられる音が車両内に響く。
と、同時に私の中で隠れていたはずの違和感や不快感がどっと溢れてきた。

慌てて辺りを見回す。
足下には見慣れない木で張られた床、蛍光灯はジーッと音を立て時々チカッチカと光が弱まる。規則的に揺れる吊り革はオレンジ色でどこか古びている。
窓の景色は広い田園が広がり大小の山が遠くに見える。人どころか車も走っていない。

背中に嫌な汗が伝う。
こんな景色知らない。

私は慌てて目の前の男性に視線を戻す。
彼はそんな私を見て目を細めた。

「……ここはどこですか?その、私、電車間違えてしまったみたいで……」

「ここはどこでもないよ。記憶であり、記録であり、今も続いている世界。まぁ、浮世と俗世の狭間みたいな世界かな」

なにを言っている全くわからなかった。
知らない電車に、ちょっと危ない異性と二人っきり。しかも私の前に立っており席を変えることもできない。
私はできるだけこの男を刺激しないようにハハっと笑っておいた。

その時、電車がホームに入って行ったのが見えた。私は助かったと男の横をすり抜け、どこの駅かもわからないホームに飛び出した。
車内では分からなかったが、やけに暑苦しくジメジメとした夏の夜の匂いが強くした。

こんなにも田舎に向かう電車なんかあったかな?こんなミスをしてしまうなんて、相当に疲れていたみたいだ。一刻も早く家に帰り風呂に浸かろう。
携帯で位置を確認しようと開いたがどうやら県外のようだ。ずいぶん遠くまで来たらしい。寝過ごしたにしては随分のどかだけど、まぁ、田舎ってこういうもんかなんて、呑気なことを考えていた。瞬間、後ろから声が聞こえた。

「なぁ君、この文字が見えるかい?」

声のする方を見ると先ほどの男が駅名が書かれている看板を指差していた。
お前も降りたのか……。なら、私はそのまま電車に乗っていればよかった。
なんて考えたのも束の間、男の指さす先を見た時、あまりの異質さに思考が止まった。

そこにあったのは、見たことのない……いや、見覚えがあるような気もしてしまう妙に気味の悪い文字だった。

カタカナでもひらがなでもない。
けれど、形の端々が「それらしか見たことがない自分」の視覚を掠める。

慌てて辺りを見回すが自販機の表示も、時刻表も、貼られた注意書きも、全部。“まがいもの”のような記号が並んでいるだけであった。

先ほど感じた暑さが嘘みたいに体の芯が冷え固まっていくように感じられた。
私は唇だけを動かしてつぶやいた。

「なにこれ……」

遠くで電車の走り去る音がした。
なぜこの駅で私は降りてしまったんだろうと後悔だけが取り残された気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

処理中です...