境界標の彼と終わらない怪異を

りく太

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2章:御霊様

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荒縄で両手を縛られ罪人のように姿を現した冬馬くんに、私は駆け寄るべきか、このまま見なかったことにして帰るべきか躊躇した。
だが彼はそんな私の気持ちもお構いなしに大股で車に近寄り運転席の窓をコンコンとノックした。

ガラス越しに冬馬くんと目があう。
周りの村人たちは冬馬くんや私を鋭い目つきで見ているのに対し、彼はいつも通り飄々とした顔をしていた。

よくもまぁこんな状況で堂々としていられるものだと呆れながら、運転席の窓を半分だけ開けた。
空いた窓の隙間からムッとした夏の夜風が流れ込む。

「どうしたんですか?まさか、食い逃げでもして捕まったんでますか?」

「バカ言え。そんなことをするはずがないじゃないか」

私の軽口に冬馬くんも軽く返す。

「なら、この前みたいにご神像でもまた壊したんですか?」

続けて冗談をいうと、冬馬くんの目がギラリと鈍く光った気がした。

「村人たちは“封じ神”なんて呼んでたらしいよ。何か変だなぁと思って叩いてみたんだけど、まさかこんなことになるとは思わなかったよ」

まるで昨日の天気は晴れだった、とでも言っているように彼は言った。
私は想像もしなかった回答に思わず言葉を失ってしまった。

絶句する私とニコニコともニヤニヤとも形容できる笑みを浮かべる冬馬くん。
そんな私たちの会話に痺れを切らした村人の一人が冬馬くんの腕に繋がっている荒縄を強く引っ張った。
冬馬くんは少しよろけた後「乱暴はよしておくれよ。痛いじゃないか」と嫌そうに彼らを横目で見だだけだった。

「よしておくれも、やめてくれも、こっちのセリフだ!なんだ君は。急に村に来たと思ったら、大切な御霊様を壊して!」

「御霊様なんてたいそうな呼び方をしているが、あれはただの曇った鏡だよ。それに、良くてせいぜい封じられてるのは神ではなくて怨霊くらいだ」

冬馬くんの横にいた男が、彼の肩を乱暴に掴み怒鳴った。それに対して冬馬くんは驚くでも、悪びれることもなく、至極嫌そうに眉を顰め冷たく言い返していた。
周りの村人たちはそんな不躾な冬馬くんの態度にさらに怒っていくのが見てとれた。

「え?壊したの?本当に……?」

「あぁ壊したよ。こっちはちょっと叩いただけだってのに……そんなに怒られるくらいなら、あんなもんは最初から人目につく場所に置いとくなって話さ」

「テメェ……!この野郎ッッ!!」

先ほど怒鳴った男とは別の男が冬馬くんに殴りかかろうとした。
驚きと自業自得ではないかと考えてるしまう自分とは反対に、私は思わず冬馬くんを庇うように車から飛び出してしまった。

「冬馬くん……!!!」

「ねぇちゃん、退いてくれよ。この馬鹿は殴らなきゃ事の重大さを理解できねぇみたいだ!」

「そうだとは私も思うんですけど……暴力はやめましょう!ね!その壊してしまった、御霊様……?を直せばいいんですか?」

私は冷や汗をかきながら男に話しかけると、男は少し困ったように振り上げた手を下げてくれた。

「こっちとしては、こいつが謝って、御霊様を直してくれたらそれでいいんだ、が……」

「いやだね。謝らないよ。僕は」

冬馬くんはツンとそっぽを向く。
……止めたけど、やっぱり3発くらい殴られた方がいいかもしれない。
私は彼の態度に疲れをドッと感じた。もしかしたら村人たちはこの冬馬との会話でさらに疲れているので……被害者はどちらだと頭が痛くなった。

「……直すってどうしたらいいでしょうか?鏡を一度持ち帰らせていただいて修理ができるか確認させていただいても宜しいでしょうか?」

おずおずと対応案を伝える私に、村人たちは段々と同情めいた視線で私を見るようになる。

「ねぇちゃんは関係ないだろ……こんなどうしようもない男に付き合ってたら人生ぐちゃぐちゃになるぞ……顔に惑わされてんのか?」

「いや、そういうつもりはないんですけど……」

「それに直すったって……鏡はただの依代なんだよ。解き放たれた御霊様をまずは捕まえねぇといけねぇよ……」

捕まえるっていっても、そんなおとぎ話みたいなものどうしたら……ため息をつきながら冬馬くんを見る。
冬馬くんは本当につまらなそうに自分の爪を見ながら答えた。

「そのためには名前が必要なんだとさ」

「名前?」

「そう、名前。馬鹿な奴らさ、あんなモノに名前をあげるなんて僕はごめんさ」

そう言い切ると、冬馬くんは顔を上げる。
口元の笑みはとうに消えていた。

「ねぇ、藤宮さん。君の名前を捧げてくれるかい?」
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