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第5章『要求する魔物』
6話
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川に架かっていた橋を渡り、2人は約束の場所である森へと向かっていた。
あれからずっとタクヤはイズミの手を掴んだまま歩いている。イズミはその手に引かれるように少し後ろを歩いていた。
そして、しっかりと握られた自分の手をじっと見つめる――。
なぜタクヤが自分の手を掴んでいるのか理解できない。
元々誰かに触れられるのは苦手であった。
しかし今、タクヤに手を掴まれていることに不快感はない。
そしてもう一度、自分の前を歩くタクヤを見上げた時、
「あっ! イズミっ、見てっ!」
突然タクヤが声を上げた。そして何やら先の方を指差している。
イズミはタクヤの声に驚いたが、言われた通りにタクヤが指差す方を見る。
「――っ!?」
思わず絶句してしまった。
タクヤが指差す先には一面に広がる花畑があった。
黄色い花がまるで金の絨毯のように余すところなく咲いている。
「すっげぇっ! 天国みたいだっ」
タクヤはイズミの手を離し花畑に向かって走り出した。そしてイズミはその場に立ち止まる。
(……天国みたい?)
イズミはタクヤの言葉を考えていた。
――天国とは、こんな所なんだろうか。自分は決して行くことはない。
だからきっと本当の天国とやらを見ることもないのだろう。
あいつは、天国にいるのだろうか。
幸せなのか? 俺は、どうしたら――。
「イズミっ。こっち来いよっ」
考え事をしてぼんやりと眺めていたイズミをタクヤが呼んだ。
花畑は、まだ落ちることのない太陽に照らされて、眩しいくらいに金色に輝いていた。
そんな中をタクヤは嬉しそうに駆け回っている。
「……ったく、子犬かあいつは」
イズミは呆れた顔になり、ぼそりと独り言をこぼす。そしてイズミも花畑の中へと入って行った。
その花は、背丈がイズミの膝より少し上くらいまであり、花とその葉によって足元が見えにくくなっていた。
イズミは花畑の中央辺りまでゆっくり歩いていくと、しゃがみ込みその黄色い花をじっと見つめる。
少し離れた場所からその様子を見ていたタクヤは、花を倒すことなく花と花の間を器用に避けながら走ってイズミの所までやってきた。
「綺麗な花だよな。町の人達は知ってんのかな」
イズミのすぐ後ろから声が聞こえた。その声で立とうとした。
その瞬間――イズミは何かに後ろから引っ張られるような感覚に襲われたかと思うと、そのまま前に倒れてしまった。イズミの体が黄色い花に埋もれる。
「イズミっ!」
タクヤは驚いてイズミを助けようと一歩踏み出した瞬間、なぜイズミが倒れたのか分かってしまった。
「……あ……」
タクヤの足元にはイズミが着ているワンピースの裾があった。
嫌な汗が背筋を伝う。苦笑いをしながらイズミを窺う。
(……やべぇ)
イズミは体を起こし、両膝をついた姿勢でゆっくりと振り返る。その顔は今までに見たことのないくらいの鬼の形相をしていた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさーいっ!」
タクヤはその場に土下座すると、頭をつけて必死に謝る。
「……殺す」
イズミは体を半回転させ腰を下ろす。そしてタクヤを冷めた目で睨みつけた。
「ごめんってばっ。ほんとごめんっ! 俺が悪かったって。ねっ、許してよ。何でもするからっ」
タクヤは上体を起こすと、膝を地面に着けたままイズミに向かって両手を合わせて謝罪する。
「ほぉ、何でもねぇ?」
イズミは膝を抱えるとじろりとタクヤを見る。
「あ……違うっ。ダメダメっ! だって、ぜってぇ『もう俺についてくるな』とかって言うに決まってんじゃん!」
「よく分かってんじゃねぇか」
タクヤが急いで否定するのをイズミはふんっと鼻を鳴らしながら不機嫌に話す。
「待って。なんか考えるから。……あっ、そうだっ! ちょっと待ってて」
タクヤはそう言うと、突然周りに咲いている花を摘み始めた。
「何してんだ?」
イズミはタクヤの行動が全く理解できず訝しそうに首を傾げる。
「まぁ見てなって」
タクヤはイズミを見ることなくその場に腰を下ろすと、楽しそうに花で何かを作り始めた。
イズミもそれ以上は何も言わず、ただタクヤが作る物をじっと眺めていた。
「よーしできたっ。イズミイズミ、じっとしてて」
10分が過ぎようかとしていた時、突然タクヤが声を上げ、立ち上がる。
膝を抱えたままぼーっと眺めていたイズミはその声に驚いたが、タクヤに言われた通りそのまま動かずじっとする。
タクヤはイズミのすぐ目の前で膝をつき、イズミの頭の上で何かをしている。
「よしっ、完璧っ。……すっげぇお姫様みたいだっ」
タクヤはイズミを見つめ嬉しそうに笑う。イズミの頭には黄色い花で作った花冠が飾られていた。
「10年振りくらいに作ったから上手くできなかったけど、文句言うなよ。頑張って作ったんだから。……うん、似合うっ。さっきの青い花と合ってて良かった。ほんとイズミお姫様みたいだ」
タクヤは柔らかい表情でじっとイズミを見つめている。
「あのなぁ、お前が満足してどうすんだよ……」
イズミは自分を嬉しそうに見つめるタクヤを呆れた顔で見上げる。
「あ、そうだっ。イズミ、せっかくお姫様みたいに綺麗なんだからさ、今くらいその言葉遣いなんとかしろよ」
イズミの言葉を全く無視して更に注文をつける。
「はぁ? 何でだよ。別にいいだろ」
「ダメダメ。どうせなら完璧にしなきゃっ」
「…………」
タクヤに強く言われ、イズミは口元に手を当て何やら考え始めた。
「――イズミ?」
イズミが考え始めてから2、3分程経った時、微動だにしないイズミを不思議に思い、タクヤが覗き込む。
「ちょっと待て。今考えてんだ、言葉遣いとやらを」
しかし、そう言ってイズミはタクヤを手で制し、再び黙り込む。
「…………」
珍しく真面目に考えているイズミに驚いて、タクヤもそのまま黙り込んだ。
「…………」
「…………」
しかし、それから5分経ってもイズミは黙って考え込んでいる。
「イズミ……。もういいよ。そのままでいいからさ」
タクヤは困った顔でイズミを覗き込む。
「何で?」
イズミは不思議そうな顔でことんと首を傾げた。
「はぁ……分かったよ。俺が悪かったって。だからもう考え込まなくていいから」
タクヤは溜め息を付き項垂れると、ポンッとイズミの肩に手を置いた。
「そうか?」
大きな目をぱちぱちさせながらタクヤをじっと見上げる。
普段とは違う、いや普段以上に可愛く見えるイズミの顔を見てタクヤは思わず顔を赤らめる。
そしてふと何かを思いつき、
「あ、そうだっ。イズミ、ちょっと待ってて」
と声を上げ立ち上がると、どこかへ走り出してしまった。
残されたイズミは自分の頭に飾られた花冠にそっと触れてみた。
(……お姫様みたい?)
自分が着ている白いワンピースを見つめ、そして周りに咲いている黄色い花に目を向ける。
(……俺には合わないな)
そして視線を自分の手へと移す。
今でもはっきりと覚えている。血で真っ赤に染まったこの手を――。
イズミは気が付いていなかったが、自然と涙が溢れ、頬を伝っていた。
あれからずっとタクヤはイズミの手を掴んだまま歩いている。イズミはその手に引かれるように少し後ろを歩いていた。
そして、しっかりと握られた自分の手をじっと見つめる――。
なぜタクヤが自分の手を掴んでいるのか理解できない。
元々誰かに触れられるのは苦手であった。
しかし今、タクヤに手を掴まれていることに不快感はない。
そしてもう一度、自分の前を歩くタクヤを見上げた時、
「あっ! イズミっ、見てっ!」
突然タクヤが声を上げた。そして何やら先の方を指差している。
イズミはタクヤの声に驚いたが、言われた通りにタクヤが指差す方を見る。
「――っ!?」
思わず絶句してしまった。
タクヤが指差す先には一面に広がる花畑があった。
黄色い花がまるで金の絨毯のように余すところなく咲いている。
「すっげぇっ! 天国みたいだっ」
タクヤはイズミの手を離し花畑に向かって走り出した。そしてイズミはその場に立ち止まる。
(……天国みたい?)
イズミはタクヤの言葉を考えていた。
――天国とは、こんな所なんだろうか。自分は決して行くことはない。
だからきっと本当の天国とやらを見ることもないのだろう。
あいつは、天国にいるのだろうか。
幸せなのか? 俺は、どうしたら――。
「イズミっ。こっち来いよっ」
考え事をしてぼんやりと眺めていたイズミをタクヤが呼んだ。
花畑は、まだ落ちることのない太陽に照らされて、眩しいくらいに金色に輝いていた。
そんな中をタクヤは嬉しそうに駆け回っている。
「……ったく、子犬かあいつは」
イズミは呆れた顔になり、ぼそりと独り言をこぼす。そしてイズミも花畑の中へと入って行った。
その花は、背丈がイズミの膝より少し上くらいまであり、花とその葉によって足元が見えにくくなっていた。
イズミは花畑の中央辺りまでゆっくり歩いていくと、しゃがみ込みその黄色い花をじっと見つめる。
少し離れた場所からその様子を見ていたタクヤは、花を倒すことなく花と花の間を器用に避けながら走ってイズミの所までやってきた。
「綺麗な花だよな。町の人達は知ってんのかな」
イズミのすぐ後ろから声が聞こえた。その声で立とうとした。
その瞬間――イズミは何かに後ろから引っ張られるような感覚に襲われたかと思うと、そのまま前に倒れてしまった。イズミの体が黄色い花に埋もれる。
「イズミっ!」
タクヤは驚いてイズミを助けようと一歩踏み出した瞬間、なぜイズミが倒れたのか分かってしまった。
「……あ……」
タクヤの足元にはイズミが着ているワンピースの裾があった。
嫌な汗が背筋を伝う。苦笑いをしながらイズミを窺う。
(……やべぇ)
イズミは体を起こし、両膝をついた姿勢でゆっくりと振り返る。その顔は今までに見たことのないくらいの鬼の形相をしていた。
「ごめんなさいっ、ごめんなさーいっ!」
タクヤはその場に土下座すると、頭をつけて必死に謝る。
「……殺す」
イズミは体を半回転させ腰を下ろす。そしてタクヤを冷めた目で睨みつけた。
「ごめんってばっ。ほんとごめんっ! 俺が悪かったって。ねっ、許してよ。何でもするからっ」
タクヤは上体を起こすと、膝を地面に着けたままイズミに向かって両手を合わせて謝罪する。
「ほぉ、何でもねぇ?」
イズミは膝を抱えるとじろりとタクヤを見る。
「あ……違うっ。ダメダメっ! だって、ぜってぇ『もう俺についてくるな』とかって言うに決まってんじゃん!」
「よく分かってんじゃねぇか」
タクヤが急いで否定するのをイズミはふんっと鼻を鳴らしながら不機嫌に話す。
「待って。なんか考えるから。……あっ、そうだっ! ちょっと待ってて」
タクヤはそう言うと、突然周りに咲いている花を摘み始めた。
「何してんだ?」
イズミはタクヤの行動が全く理解できず訝しそうに首を傾げる。
「まぁ見てなって」
タクヤはイズミを見ることなくその場に腰を下ろすと、楽しそうに花で何かを作り始めた。
イズミもそれ以上は何も言わず、ただタクヤが作る物をじっと眺めていた。
「よーしできたっ。イズミイズミ、じっとしてて」
10分が過ぎようかとしていた時、突然タクヤが声を上げ、立ち上がる。
膝を抱えたままぼーっと眺めていたイズミはその声に驚いたが、タクヤに言われた通りそのまま動かずじっとする。
タクヤはイズミのすぐ目の前で膝をつき、イズミの頭の上で何かをしている。
「よしっ、完璧っ。……すっげぇお姫様みたいだっ」
タクヤはイズミを見つめ嬉しそうに笑う。イズミの頭には黄色い花で作った花冠が飾られていた。
「10年振りくらいに作ったから上手くできなかったけど、文句言うなよ。頑張って作ったんだから。……うん、似合うっ。さっきの青い花と合ってて良かった。ほんとイズミお姫様みたいだ」
タクヤは柔らかい表情でじっとイズミを見つめている。
「あのなぁ、お前が満足してどうすんだよ……」
イズミは自分を嬉しそうに見つめるタクヤを呆れた顔で見上げる。
「あ、そうだっ。イズミ、せっかくお姫様みたいに綺麗なんだからさ、今くらいその言葉遣いなんとかしろよ」
イズミの言葉を全く無視して更に注文をつける。
「はぁ? 何でだよ。別にいいだろ」
「ダメダメ。どうせなら完璧にしなきゃっ」
「…………」
タクヤに強く言われ、イズミは口元に手を当て何やら考え始めた。
「――イズミ?」
イズミが考え始めてから2、3分程経った時、微動だにしないイズミを不思議に思い、タクヤが覗き込む。
「ちょっと待て。今考えてんだ、言葉遣いとやらを」
しかし、そう言ってイズミはタクヤを手で制し、再び黙り込む。
「…………」
珍しく真面目に考えているイズミに驚いて、タクヤもそのまま黙り込んだ。
「…………」
「…………」
しかし、それから5分経ってもイズミは黙って考え込んでいる。
「イズミ……。もういいよ。そのままでいいからさ」
タクヤは困った顔でイズミを覗き込む。
「何で?」
イズミは不思議そうな顔でことんと首を傾げた。
「はぁ……分かったよ。俺が悪かったって。だからもう考え込まなくていいから」
タクヤは溜め息を付き項垂れると、ポンッとイズミの肩に手を置いた。
「そうか?」
大きな目をぱちぱちさせながらタクヤをじっと見上げる。
普段とは違う、いや普段以上に可愛く見えるイズミの顔を見てタクヤは思わず顔を赤らめる。
そしてふと何かを思いつき、
「あ、そうだっ。イズミ、ちょっと待ってて」
と声を上げ立ち上がると、どこかへ走り出してしまった。
残されたイズミは自分の頭に飾られた花冠にそっと触れてみた。
(……お姫様みたい?)
自分が着ている白いワンピースを見つめ、そして周りに咲いている黄色い花に目を向ける。
(……俺には合わないな)
そして視線を自分の手へと移す。
今でもはっきりと覚えている。血で真っ赤に染まったこの手を――。
イズミは気が付いていなかったが、自然と涙が溢れ、頬を伝っていた。
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